第19話 いつか芽吹くもの その七
「そのだらしのない顔止めなさいよ。お嬢様の護衛なんだからね」
「そうだ。お嬢様がベルティス伯爵家の令嬢なのは周知の事実。伯爵家の家名に泥を塗る気か?」
「……」
事前の予想通り、カインとカトレア。エインツへの当たりが特に強いこの二人と一緒にいる事によって、せっかくのハルナとの外出が行軍の様相を呈している。
ありがたい忠告が、エインツから見て円形の卓の左側に座るカトレアと、右側のカインの順に掛けられた。ハルナはエインツの対面に着席している。
二人の声には明らかに、隠しきれない拒絶感。薄い敵意が込められている。
(この前の事、まだ根に持ってやがるな)
俺は味方の筈なんだけどなぁ……
レスタヴィア王国の王都クレイン。この街の目抜き通りにある、喫茶店の屋内席にてエインツは、心の中で嘆息した。
ハルナとレイモンドとサクアとのお茶会がお開きとなった後でエインツは、使用人の食堂にて朝食を摂った。
その後、取り決めた時間通りに、ニクスを肩に乗せたエインツとハルナ。カインとカトレアの四人は玄関広間に集合。屋敷を出て、幾つかの用事を済ませた後で今に至る。
本日二度目となるお茶の席。
エインツ以外の三人は紅茶を注文したのに対し、エインツはブラックコーヒーを飲んでいる。が、四人がいる空間は、朝のお茶会と真逆と言って良いくらいの緊張感に包まれている。
「三人共、もっと和やかに飲めない? 他のお客も雰囲気に当てられているわよ」
襲撃を警戒するという理由から、四人は奥まった壁際の席に座っている。
だが、ハルナが言う通り、特にカインから発せられる緊張感は、店内の人間全員に伝播している。
ハルナ以外の三人はそれぞれ武装し、衛視の制服を着ている事も関係しているのだろうが、カインの警戒心の高さも影響しているのは間違い無い。
カインとカトレアの二人は元孤児だとエインツは耳にしていた。
レイモンドとサクアに拾われたが故、他の使用人よりベルティス家への忠誠心が高く、それでいて厳格な性格をしている。
悪く言えば、融通が利かない。
その傾向はカインに顕著だった。
ハルナが言うには、カトレアはまだ聞き分けがあり、服飾品などにも興味を示しているという。
それでもカトレアが、衛視の職務に忠実で生真面目なのは見ての通りだった。
採用試験にてエインツに食って掛かったのも、二人の生い立ちと、ここに来た経緯が由来となっている。
説教にしか聞こえない、先ほどのエインツへの忠告も素の姿なのである。
「全てはお嬢様の安全の為です。いくらお嬢様のご指示でも、いつ襲撃があるか分からない街中では、警戒心を解く訳にはいきません」
「う、うん……」
兄であるカインの言葉にカトレアは、困惑気味に紅茶を飲んだ。それでいてカインは、周囲への警戒兼威圧を怠らないと来ている。
先日、魔帝の杖の襲撃があったばかりなので、カインの言葉は威圧感だけでなく説得力も備えていた。
いついかなる時も、ベルティス家の者の安全が最優先。その為には、自らの命を楯にする事すら厭わない。
長年の業務の中で身についてしまった、カインにとっての鉄の掟なのだ。
ハルナはベルティス家第一なカインの人生を、心の底から案じていた。
聞けばカインは休日であっても、基本私用での外出はせず、緊急事態に備えて屋敷内に留まっているという。
レイモンドとサクアに拾われなければ、野垂れ死にしていた可能性はある。
それだけに、ベルティス家に忠義を抱くのは仕方が無いとしても、過剰なのはどこかに歪みを生じさせる。
その一つが、ハルナとカトレアの心配として表れていた。
遊びたい盛りの年齢であるカインが、滅私の道をひたすら突き進んでいる。
同年代だからこそ分かる、カインにはもっと自分の人生を謳歌してもらいたいという気持ち。
かといって、人の心を好き勝手にしてはならないという常識。
この二つの気持ちの狭間でハルナは、思い悩んでいた。
「じゃあ、一休み出来たから。そろそろ出ようか」
そう言ったハルナがどこか申し訳無さそうなのは、自分らの存在が、和やかな店の雰囲気を損ねた事からだろう。
「では、私が会計をします」
言って、ハルナが気を揉んでいる原因であるカインが椅子から立ち上がった。
辺りを伺うようにしながら伝票を手に、会計に向かうカイン。
「申し訳ありません、お嬢様。兄が失礼な事を言ってしまい……」
「良いのよ。もう少し柔軟であればなお良いのは確かだけど、彼の忠誠心が心強いのも確かだから」
困った素振りが浮かぶ顔でハルナは、それでもカインに敬意を表した。
(自分の事を棚に上げて、人に護衛の心構えを説くなっての!)
ハルナを横目で見ながらエインツは、心中で軽く憤った。
護衛である以上、任務中は気を緩めてはならないのは確かだ。百人に聞けば百人がそう言うだろう。
しかし、過度な警戒は威圧でしかない。
恐らくこの場にいる全員が無害な人々であり、その人らからすれば、痛くも無い腹を探られているに等しいのではないか?
「……」
思うところはあるが、エインツは小さく短い息を吐いて場をしのいだ。
ハルナの前を歩きながらエインツは、喫茶店の扉を引き開けた。
レスタヴィア王国で最も人口が多い、王都クレイン。この街の中央に
立ち並ぶ家屋は、魔法で強化されたレンガ造りの建物がほとんどだ。また、王城がある景観を損なわない為に、建築物の高さが制限された街並みが広がっている。
喫茶店を後にした四人は、通りを挟んだ向かい側にある高級化粧品店に向かった。
用があるのはもちろん、ハルナとカトレアの女二人だけだ。
高級な化粧品をカトレアが、私には不釣り合いなどと言っているのに対し、ハルナは半ば強制の強引さでカトレアに幾つもの化粧品を見繕っていた。
当然、女性の店員もハルナの側に立っており、お似合いになると思いますよと褒めそやしている。
(こりゃ時間が掛かりそうだな……)
若干の呆れ混じりにエインツは、
ハルナにはやはり生き生きとしていてほしい。俺の隣で。
エインツは思いを再認識する。
「もっと集中して護衛しろ。お嬢様の安全が掛かっているんだぞ」
そんなエインツに、通常運転でカインが苦言を投げ掛けて来た。
高級化粧品店だけの事はある。
広めの店内は商品棚が少なく、ゆとりがある設計だ。
ハルナの様子を見やすいという点で、護衛しやすい造りとなっている。
他の客の護衛と思われる、明らかに戦い慣れているとしか思えない男らの姿も店内にあった。
護衛の監視が行き届きやすい店内だけあって、男二人は横並びで出入り口付近に立ち、ハルナたちの様子を見ていた。
そこへカインが、エインツを咎める言葉を口にした。
「……そっちこそ。もう少し態度を緩めたらどうだ。お前はどうにも威圧的過ぎる」
売り言葉に買い言葉では無い。
ハルナには笑顔でいてもらいたい。
エインツは、彼女の心労を取り払いたい思いから、苦手な相手であっても交渉を持ちかけていた。
「私語は慎め」
「私語じゃ無い。俺は仕事に関係する話をしているんだ。ハルナは特に仕事中毒のお前を心配している。休日くらい自由に過ごしてみたらどうだ?」
「フン……」
聞き飽きた。そう言わんばかりにカインは一笑に付した。
「休日をどのように過ごそうと人の勝手だろう。他人に指図される謂れはない」
やはりそう返すか。
想定のど真ん中を突く答えが、カインの口から発せられる。
「私とカトレアは、レイモンド様とサクア様に拾われなければ、あのまま果てていたかもしれない。私が今この場所にいられるのはお二人のおかげだ。その恩は計り知れない。だから私は一生をかけてそれを返さなければならない」
エインツの口を塞ぐのではなく、この件についての追及を諦めさせる。
胸襟を開くというよりは、これ以上の問答をする気は無いと言わんばかりにカインは、反論の余地が無いような身の上話をした。
「だから私の人生に口を出すな。軽い気持ちでやっているお前とは違うんだ」
「……少し違うな」
カインの後半の言葉をエインツは、冷静な頭で受け流して言った。
「俺は別に、お前の人生を操作する気など欠片も無い」
「何!?」
若干苛立った口ぶりでカインは、頭を左に向けエインツを見た。
初めて俺という奴を見る気になったか?
あくまで冷静にエインツは言葉を選び、声にする事に努めた。
その目はハルナを主に見据えている。
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