第13話 いつか芽吹くもの その一/学校案内
惑星ヤイーロに存在するレスタヴィア王国の王都クレイン。
ベルティス伯爵家の本邸が所在するこの街は、五日前に魔帝の杖の手による魔法攻撃を受けた。
敵の攻撃目標は、ベルティス家の屋敷そのものであった。
敷地外から魔法弾を撃ち込まれたのだ。
しかし、魔帝の杖の攻撃がある事を前提にしている為、屋敷の警備を担う衛視はもちろん、他の使用人も落ち着いた行動を見せたようだ。
敷地内に着弾こそしたものの、人的な被害は無かった。実行犯の三人は、カインとカトレアの二人が制圧したという。
襲撃当日こそ、法執行機関や軍隊による厳重な警備が街中に敷かれたが、魔帝の杖には絶対に屈しない。という意識は、ほとんどのレスタヴィア国民の心に根ざしている。
翌日にはいつも通りの日常が戻った。
これは不当な暴力に屈しない事を誓う、民意の表れであった。
「どうでしょうか。我が学園の設備は?」
四月からハルナの入学が決定している、王立クレイン高等学院も例外ではない。
王立の名を冠している通り、レスタヴィア王家が管理運営している学院もまた、日常の中にあった。
王立高院の歴史は深く、格式は高い。生徒はもちろんの事、教職員ですら院内では制服の着用が義務づけられている。
年齢は三十代前半だろうか?
入学志望のエインツの学院案内を務めている、見た目は体育会系の制服を着こなしている男性教師が、一通りの説明を終えた段階でエインツに問い掛けた。
彼の目はどこか、油断ならない相手を品定めしているかのようである。
その理由の一つとしてはやはり、魔帝の杖が暗躍しているという背景があった。
エインツは今、チェルシーの護衛を務めているも同然である。必要以上に身構えてはいないが、必要な分だけ気を張り詰めてもいる。
学院見学に訪れただけの子供が纏う気配では無い。
案内の教師は顔にこそ出さないが、それを感じ取っていた。
普通ではないエインツに疑いの目を向けるのは、生徒を守る立場として当然の事であった。
(ふぅん……)
チェルシーやカインほどではないが、彼も中々の実力を持っていそうだ。
一方のエインツも、男性教師の視線には気がついていた。その上でエインツは、男の実力をそう判断していた。
エインツとハルナとニクスが、惑星アカーションからヤイーロに戻って三日が経過した。
エインツの剣を鍛造する上で、足りない材料の調達なども想定していたが、その心配は杞憂に終わった格好だ。
必要だったのは、超がつくほどの希少金属を材料に使うだけあって生じた、天文学的な値段のみ。
たがそれは、全額をベルティス伯爵家が支払ってくれる事で解決した。が、ラルシェが疑問を呈したように、必要経費の一言で済ませるには過大な金額であった。
普通、資産が潤沢な貴族家であっても、一介の傭兵相手に支出をするくらいなら、身元がしっかりしている家の使用人に投資するのが原則である。
その原則の例外を適用してまで、エインツに有限の資金をつぎ込むのは、それだけエインツを特別視している事の表れだ。
そこは魔帝を討伐したパーティーの二人を先祖に持つ、武の名門貴族であるベルティス伯爵家らしいと言える。
「学校というより、街を歩いている気分だな」
「そうでしょうとも」
案内の教員は誇らしげに胸を張る。
「当院は格式と同時に、生徒の自主性を重んじています。生徒からの要望に答えるには、各種教室や運動施設だけでは足りませんので」
水族館などのような特殊設備が必要な施設を除き、学院内には書店やカフェなどの店舗が存在している。
これらの店舗は単に金を支払い品物を購入するだけでなく、学生なら申請すれば職業体験も出来る。
エインツは彼から、そのような説明を受けていた。
店舗の経営者は学院外の人間だが、これらはの施設は、学院の実地教育の場も兼ねているという訳だ。
これからの王国を担う若者に、各分野での即戦力となって貰う為の教育を施す。
王立高院の理念の表れだ。
皆が鉛筆片手に机に向かっている。
俺が思っていた学校の姿と違う。面白そうだ。というのがエインツの現時点での感想だった。
「エインツ君が当院で学びたい事は何でしようか?」
教師が核心とも言える質問を言った。
生徒の自主性を重んじるとは言っても、もちろん規則は存在する。
その一つが、王立の学院だけあって、この学院には調理の店員を除いた全員に、ドレスコードが課されている事だ。見学に訪れた者であっても例外ではない。
今日のエインツはベルティス家の衛視が着用する、黒い制服を纏っていた。
「俺は剣術と魔法剣、それと天文学。この三つを学びたいです」
「素晴らしい事です。その若さで学びたい事を明確にしているとは」
「ええ。彼には私も期待していますの」
エインツと教師の会話に、エインツの左横を歩くチェルシーが加わる。
チェルシーの出で立ちは、ほぼ紺色一色のツーピースのスーツで纏められており、髪型や化粧も彼女の侍女がしっかりと整えている。
妖艶さをほのかに残しながらも、全体的には優美そのものだ。
五百年前の生まれという事情は伏せてあるものの、エインツに両親や親族がいない事はベルティス家には伝達済みである。
その為、本日の見学にはチェルシーが保護者役として同伴していた。
「ほう。チェルシー様も彼に期待しておられるとは」
「ええ……色々とね」
言ってチェルシーはエインツに微笑みながら、左目をウインクさせた。
早く孫の顔を見せて。
二十歳と十五歳の二児の母親とは思えないほど、若々しい顔にはそう書いてある。
(この人、絶対に人の恋愛で楽しんでいるよな……)
ハルナの父親はきっと、真面目で心優しい人だったのだろう。そうでないと、遊び人気質の妻とのバランスが取れないから。
このような理由でエインツは、勝手に想像を巡らせる。
半分味方だけど半分愉快犯。エインツはチェルシーをこう位置づけている。
ハルナと結ばれる為には、絶対に敵に回せない。エインツの立場を熟知しているからこそ、こうまで露骨な言動が取れる。
駆け引きや、立ち位置の見極めの上手さは貴族らしいと言えるのか?
(ならこっちは、せいぜい楽しませてやるだけ。望むところだ)
「いかがでしょうか? エインツ君の希望は剣術を中心に学びたいと伺っておりますが、受験の意思のほどは?」
奇妙な理由から、ハルナへの想いを滾らせるエインツは、男性教師の言葉を受け現実に戻る。
「……叶えたい望みがあるので。元より受験するつもりでした」
「ありがとうございます。……それでしたら入学案内にある通り、エインツ君が最も学びたいか、得意とする科目での試験を受けていただきます」
「では、剣術で」
エインツは一番腕を磨きたくて、最も得意と自負する、剣術の試験を口頭で申し込む。
王立学院の入学試験は、個々人の才能を埋もれさせない事を本題に掲げている。
その為、生徒の自主性を重んじるだけでなく、貴族や平民を問わない、幅広い国民から生徒を募っている。
加えて、十人十色の言葉通り、得手が異なる受験生に対応出来る教育体制が構築されている。
試験制度もそれに沿ったものであり、剣術だけでなく、料理や音楽。各種スポーツなど。試験内容を生徒が選べるようになっている。
もちろん、一般教養の試験を希望する事も可能だ。
学院の都合が合えばの話だが、学校案内を受けた当日に試験を受ける事も可能となっていた。
そこは教員層が厚い、王立高院ならではの柔軟性の高さと融通の良さである。
因みにハルナは、圧倒的な魔法の実力を教師陣に示す事で合格を果たしたと、エインツは本人から聞いていた。
チェルシーの護衛も兼ねているエインツは、左腰に
アダマンタイトの剣が届くまでの代用として、ベルティス家から借り受けた剣である。
「再度お聞きしますが、本日試験を受けていく事に変わりありませんか?」
教師は真っ直ぐにエインツの目を見て、心変わりが無いかを問う。
「変わりありません」
学校案内の手続きの際にエインツは、出来るなら今日の内に受験したいと、対応した職員に伝えてあった。
機を逃せば、二度と取り戻せない事も起こり得る。その事をエインツは、実体験から思い知っていたからだ。
「君の気持ちに変わりない事を確認しました。剣術担当の教師に確認したところ、今日はもう剣術の授業が無く、いつでも対応可能と伺っております」
「奥様は……」
「チェルシーさんで良いって言っているでしょ。君は特別」
封建時代の考え方が抜けきっていないエインツは、外部の目もあるという事で、畏まった呼び方をした。が、チェルシーは微笑みながら窘める。
君の個性を抑えつけるのは勿体ない。
屋敷を出る前にチェルシーは、エインツにあらかじめ告げてあった。
「……チェルシーさんはそれで問題ありませんか?」
「ええ。問題無いわよ」
普通の主従関係とは明らかに違う。
満面の笑顔でチェルシーは言ったが、教師は二人の関係が分からないようだ。
首を少し傾げながら、軽く眉間に皺を寄せていた。
「では問題ありませんので、試験を受けさせて頂きます」
戦闘が仕事だからこそ、不必要な争いは避けるし、始めて会う人間を簡単には信用しない。
そんな考えを持つエインツは、丁寧な言葉遣いで答えた。
「では剣術道場へご案内します」
エインツとチェルシーは、男性教師の後に続いて歩き出した。
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