第12話 置いてきた心と得た心 その七

「俺が新しい剣に求めるものは、第一に頑丈さ。次いで魔法剣の威力を、出来る限り増幅させる事の二点だ。」


 金属の知識についてラルシェは、右に出る者がいない生き字引だ。揺るぎない確信を胸にエインツは、ラルシェに問うた。


「ふむ……」


 エインツの注文にラルシェは、座ったまま腕を組み、顎に右手を当てる。

 ラルシェの思考を邪魔しないよう、エインツは押し黙った。


 エインツらのパーティーにラルシェは、賢者として参加していた。気質も含め、思案する姿は板についていた。


「……ならばアダマンタイト合金だな」

「アダマンタイト合金?」


 剣士であるエインツには、武器の素材である金属の種類について、ある程度の知識はあった。

 そんなエインツでも、アダマンタイト合金という名前は初耳であった。現世に蘇った後でも、ラルシェの口から聞いた事は無い。



「そう。私がオリハルコンを研究する中で開発した金属だ。強度と耐腐食性だけならオリハルコンを上回る」

「オリハルコンを上回る金属が……」


 淡々としたラルシェの説明に、エインツが驚いた直後「えっ!」という、聞き覚えのある女の声が微かに耳に届いた。

 無理も無いだろう。

 硬さでオリハルコンを凌ぐ金属があるなど、ラルシェの近くにいたエインツであっても初耳だったからだ。


 その声をはっきり知覚しながらも、エインツはあえて聞き流す。

 ラルシェの発言で生じた疑問。それの解消を優先させた。


「オリハルコンより硬いのであれば、それを謳い文句に売り出しても良さそうなものだが。……アダマンタイト製の武防具なんてあったか?」


「エインツが知らないのも当然だ。一切売りに出していないのだから。その理由として、アダマンタイト鉱自体が極めて希少というのがある。鉄や金と違って、鉱山を掘れば出てくる物ではないんだ」


「鉱山を掘っても出てこない金属?……隕鉄か」

「流石は天文しか学の無い、エインツだけの事はある。その通りだ」

「ほっとけ!」


 悪態を吐きつつエインツは、軽口を言い合いながらも、信頼している仲間たちと冒険していた頃を思い出していた。

 懐かしさが募る一方で、やるせなさもこみ上げてきた。グラハムやアリーシャたちはすでに故人であり、生きているのはエインツとラルシェしかいない。


 ラルシェも同様の事を思っているのか。

 端正な顔には陰りが見えたが、そこは長く生きているからなのだろう。

 陰りは一瞬で見えなくなった。


「……今あるアダマンタイト隕鉄は、私が偶然発見した物だけだ。発見した付近も入念に捜索したが、見つかっていない」


「なるほど。秘密にしていたのは、オリハルコンと違って、アダマンタイトの物は大量生産出来ないからという事か」

「それもあるが……ここから先は企業秘密と言うほどでもないが、他言無用で頼む。お前の主にも後で言っておいてくれ」


 言いながらラルシェは、ハルナがいる部屋の扉を見つめる。には、ラルシェも気がついていたようだ。


 ハルナはグラハムとアリーシャの子孫。

 エインツと違いラルシェには、五百年もの長い時間を過ごしてきた記憶があるからだろう。

 まるで自分の子供の成長を、慈しむかのような目と微笑みを向けていた。


「了解だ」

「……オリハルコンより硬いアダマンタイトの存在を隠してきたのは、お前が言った通り、量が極めて少ないからだ」

「少量じゃあな。下手に使おうものなら、本当に必要な時に、アダマンタイトが無いなんて事になりかねないし」


「そういう事だ。そして、もう一つの理由がアダマンタイトでは硬すぎるんだ。オリハルコンは、使い手の思い通りに形を変える金属というのが売りだ。その為、精神を読み取る魔法が掛けられている」

「……」


 相槌を打つ余地の無かったエインツは、話の腰を折らない事にした。


「相性が悪いのか。アダマンタイトでは、精神読の魔法ですら形を変えないくらい硬い。だが、エインツが求める強度面で、これ以上に最適な金属を私は知らない」

「なるほどな。魔法で形を変える事と、その中で最も硬い事を両立するのがオリハルコンという訳だな?」


「その通り。ただ、形を変えるのは魔法の力だが、オリハルコン自体は現代の金属工学抜きには造れない。幾らエインツであろうと、その方法までは教えられんが」

「そこはラルシェの研究の成果だ。盗む気なんて最初から無い」


「私は、社員の生活を守らなければならない義務がある。……脇道に逸れたが、強度だけならアダマンタイトの方が上なんだ。それで最高の剣を用意させてもらう」


「……それについてだが、俺から言いたい事がある」

「何をだ?」


 現世に蘇ってからというもの。オリハルコンに琥珀の翼。現代知識。


 全てにおいて困窮していたエインツにラルシェは、十分過ぎる施しをくれた。

 その事をありがたいと思う一方、ラルシェとは上下関係の無い、対等な仲間関係でいたいという考えは常にあった。


 恐縮というほどではないが、オリハルコンよりも希少な物を用意してくれる。

 その事にエインツは、間接的にはなるが対価を払いたいと考えていた。


「最高の剣を用意してくれるのはありがたいし、拒否する理由など無い」


 今や大金持ちだからな。という言葉をエインツは、心中で呟くに留めた。


「だが、これからは金でも何でも。対価をきちんと払わせてくれ。……と言っても、護衛の為の必要経費という事で、金を払うのはベルティス家になる。その分はハルナの身の安全で返すという契約だ」


「社長として見たら、信じがたい契約内容だな。……まぁ、双方が納得済なのであれば、部外者が口出しする事ではないか」

「それについては、ハルナの母親も協力してくれているから問題無い」

「……しかしだ。仕える相手を呼び捨てにするのはまずくないのか?」


「俺の立場はあくまで、ギルドからの派遣だ。ベルティス家の使用人になった訳ではない。それについてはちゃんと許可と言質を得ている。……ほとんどの使用人は不服であるようだが」


「それは当然そうなるだろう。……しかし多少の破天荒に目を瞑ってでも、エインツの力が必要という事か」


 瞬時の内にラルシェは、断片的な情報から正解を導き出したが、整った金毛の眉の間にはしわが寄っている。


「……それよりも驚いたのが、エインツが魔法剣を会得しようとしている事だ。私たちが魔法剣を覚えればもっと強くなれると言っても、一向に聞かなかったのにな」


「……人は変わるという事だ。あの時ああしていればと、未来で言ったところで過去は微塵も変わらない。この半年で思い知った。変えるのは今しかないとな」

「その言葉、過去のお前に聞かせてやりたいよ」


 そう言ってラルシェは、昔を懐かしむように遠い目で窓の外を見た。


 五百年の時を越えて蘇った人間すら教え導く。

 そんな啓発本などある筈も無い。

 この半年でエインツは、一生分の思案をしたのではないか? そう思えるくらいに己と向き合い続けた。


 図らずもエインツは、剣士である自分と一生縁が無いと思っていた、哲学者の生き方をせざるを得なかった。

 さもなくば、数奇な現実に、心が押し潰されてしまう未来しか待っていなかっただろうから。


「分かった」


 これ以上は探らない。

 ラルシェは言外にそう伝えながら、話題を変える。


「すまんが、もう一つの希望である、魔法剣を強化する事については力になれん。魔法具で対応するしかないな」

「気にするな。頑丈な剣を用意してくれるだけで十分だ。後はこっちで何とかする」


「エインツたちは、いつまでアカーションにいるんだ?」

「明後日に帰る事になっている。予定は特に無い」

「なら……」


 ラルシェは上着の衣嚢いのうから手帳を取り出し、付箋を貼りつけた箇所を開いた。

 染みついた習慣は変えられない。

 デジタル機器で溢れる現代においてもなお、ラルシェは昔と同様、紙と手書きを貫いている。


「明日の午後一時四十五分から、契約についてハルナ嬢を交えて話し合いたい。可能か?」

「一分の単位まで指定するとは」

「それが社長というものだ」

「分かった。少し待ってくれ。本人を呼んでくる」


 エインツは立ち上がり、ハルナの寝室の扉まで行くと、軽く三回ノックした。

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