第11話 置いてきた心と得た心 その六
「久しぶりだな。ラルシェ」
アカーションの青い夕焼けの時間帯を経て、夜の帳が降りた午後七時過ぎ。
ノックの音に気がついたエインツは、来訪者の姿を画面で確認。宿泊している五つ星ホテルの部屋に、かつての仲間であり、緑色の目を持つラルシェ・ソーリアを招き入れた。
「最後に会ってから、一週間も経ってないんだ。久しぶりというほどでもないだろうに」
「……細かいところは何百年経っても変わらんな。何か飲むか?」
今も昔も。エインツのお目つけ役のような立場のエルフは、唯一無二のオリハルコンを製造する会社の社長として、濃紺の高級スーツ。黒光りする革靴などを完璧に着こなしていた。
ラルシェの髪型は、背中の中ほどまである金髪を一本に纏めたものだった。
細く尖った耳が特徴である顔が美形なのは、エルフのお約束。
会社の顔である社長として、完璧という他ない見た目をしている。
パーティーを組んでいた昔のよしみで、ラルシェがエインツに譲渡したのは、オリハルコンと琥珀の翼だけではない。
五百年前の文明の知識しか知らないエインツに、現代で必要とされる知識を授けたのもまた、七百年以上生きているラルシェだった。
そんなラルシェにエインツは、部屋の片隅に置かれている、小型のワインセラーの側に立ちながら言った。
「いやいい。私にはまだ、お前の話を聞くという仕事が残っているのでな」
「真面目か!」
「……ところで、お前が護衛しているという、貴族の方の姿がどこにも見えないのだが……」
「ああ。ハルナならあそこだ」
エインツは振り返らずに、背後の扉を左親指で指し示した。
襲撃に備えた、窓の無い寝室への扉。
ハルナは今そこで、ベルティス家から届いた超速達星間郵便の返信を書いている。
ニクスもエインツの肩を離れ、長椅子の上で羽を休めていた。
「ラルシェが来る数分前に、実家からの報せが部屋に届いてな。テレビでも報道されていたが、ヤイーロで襲撃テロ事件があったらしい。間違い無くその関係の連絡だろう」
「そのニュースなら知っている。また魔帝の杖の仕業だろうとな」
「幸い、ベルティス家には何の被害も無いらしい……」
エインツとラルシェは揃って、深いため息を一つ吐いた。
軽い頭痛すら覚える。
二人は近くにある、テレビを見る為に備えつけられた、ニクスがいるL字型のソファーに腰を下ろした。
五百年前、惑星ヤイーロを二分するほどの戦争があり、その片方が極悪非道。冷酷を地で行く、魔帝と呼ばれる独裁者が率いる勢力だった。
苦闘の末に魔帝は、エインツらの手によって討ち取られたが、魔帝の残存勢力の全てがいなくなった訳ではない。
残存勢力は魔帝の杖を名乗り、五百年が経過した今でも一つの惑星を拠点に、星海同盟内で今回のようなテロ事件を起こし続けている。
中でも連中は、魔帝を打倒した、エインツらのパーティーメンバー全員を最も憎んでいる。
その恨みは五百年経った今でも晴れる事はなく、その子孫にまで及んでいる。
グラハムとアリーシャの子孫であるハルナは当然、その目標の一人だ。
連中からすれば当然の事であっても、こちらからすれば無論、断固拒否の一手だ。
ハルナの護衛依頼が出された理由の一つである。
「今更だが、お前も気をつけろよ」
エインツは、かつての仲間であるラルシェに警告を発した。
「分かっている。こそこそとした手段しか取れないような愚図共に、殺られるつもりなど無い。……本題に移ろう」
この話を続けたくない事。
本当に忙しい事を理由にラルシェは、話題を切り替えた。
エインツはそう判断したが、自身にとってもその事に異論は無い。
「ああ。ラルシェに要件があるのは剣についてだ」
「剣か」
「そうだ。この前の護衛採用試験の時に壊れてしまってな。ハ……いや、護衛任務を行う為にも、頑丈な剣がいるんだ」
「……なるほどな」
ラルシェはエインツの目を見据える。
顔には出さないが、エインツの心にはまだ、デートの甘い余韻が残っていた。
「惚れた女を守る為にも、ってところか」
「……相変わらず隠し事が通用しないな。その通りだ」
「お前こそずっと同じで、自分の気持ちに真っ直ぐだ。ご……昔と変わっていない事に、逆に安心する」
「……」
ハルナが近くにいる事からエインツは、ラルシェにメールでまの生まれである事実を秘密にするよう伝えていた。
「しかし、お前と再会したあの時は本当に驚いた」
声の大きさを下げて、ラルシェが口を開く。
「……俺も、まさかこんな事になるなんて思わなかったさ」
この五百年間ラルシェは、毎年必ず魔帝と最後の戦いを繰り広げた地を訪れ、命を落としたとされるエインツに黙祷を捧げてきた。
それはオリハルコンの開発に成功し、ヤイーロからアカーションに本拠を移してからも、欠かす事なく続けたという。
五百年の節目に当たる今年も、同じ祈りを捧げる筈だったが、ラルシェはそこで驚愕の事態に直面する。
エインツが落命した場所に、当時の姿と若さを保った状態で倒れているところを発見したのだ。
傍らにニクスを伴って。
これには七百年以上生きてきたラルシェであっても、驚きを禁じ得なかった。
「本当に、何があったんだろうな。……あの時の俺は、確実にこれは死ぬ。そう思いながら意識を手放した。それで目が覚めたと思ったら、お前の顔があって、五百年もの月日が流れていた事を知った。……訳が分からなかった」
「だろうな。色々と調べたが、未だに仮説の域を出ないものばかりだ。不覚にも、最後の戦いの時、私は意識を失い、気がついた時には全て終わっていた。だから、最後の時に何があったのかは、私には分からんのだ……」
沈痛な面持ちでラルシェは目を閉じ、その口は何かを噛み締めていた。
回復魔法でも治せない。それほどの重傷であったのは確か。あの時のエインツに死以外の未来は無かった筈だ。
だからこそ、泣きじゃくるアリーシャの姿は記憶に焼きついている。
(俺はアリーシャを愛していた……)
疑いようが無い本音をエインツは、心の中で呟く。
愛している。
最後の言葉はアリーシャに聞こえていたか? それ以前に声になっていたかどうかすら、今となっては分からない。
その直後にエインツは、意識を手放したのだから。
叶わなかった愛と一緒に時を越えたからこそエインツは、二度と後悔しない生き方をすると決めた。
それを貫く為には、過去は重荷でしかない。忘れてはいけないものを除き、エインツは過去を引きずらないと決めた。
だからエインツは、過去の名前を捨てたのである。
「……ま、分からんものは分からん。」
分からない事に囚われても仕方が無い。
思考の末に辿り着いた境地。その一端をエインツは口にする。
「今を全力で生きるだけだ」
「……お前が死んだと思っていたこの五百年、俺は一心不乱にオリハルコンの開発に尽くしてきた。あの時オリハルコンがあれば、お前はアリーシャと……」
時は巻き戻らない。
誰もが知っている事実だからこそ、ラルシェは半ば贖罪の意味で五百年もの月日を過ごしてきた。
広過ぎる宇宙のどこかで起こる、エインツのような悲しみを起こさない為にと。
酒の席でエインツは、ラルシェからの独白を聞かされていた。
「よせよ。もう終わった事だ。……俺を見ろラルシェ。
「……見えん」
グラハムとアリーシャの子孫を守る。
護衛依頼を受けてからハルナと出逢うまでは、その思いが全てだった。
アリーシャへの想いを全て精算出来ていなかった。それは確かな事である。エインツも否定するつもりは無い。
だが、ハルナに会遇した瞬間。それまでどこかくすんで見えていた世界が、一瞬で鮮やかに色づいた。
予期せぬ事も含め、ハルナとの初デートは最高に楽しかった。
未だ回答待ちとはいえ、この温もりのある思いは間違い無く真実だ。
「ニクス……」
気がつくとニクスは、エインツの事をじっと見つめていた。
「ああ。忘れてはいない。どんな理由があるにせよ、お前も俺の大事な家族だ」
椅子から立ち上がったエインツは、語り掛けながらニクスの元へ向かう。
撫でるエインツの指をニクスは、嬉しそうに受け入れていた。
その状態でエインツは、ラルシェの方を向いた。
「だから、お前がオリハルコンを造ってくれたからこそ、ハルナの護衛採用試験に合格する事が出来て、今の俺がいる。それが正解だ」
「……誰かがエインツと同じ目に遭わないようにと開発したものが五百年後、どういう訳か蘇ったエインツの役に立つ。……何だこの状況は?」
「知らん。とにかく今は、今起きている問題の解決が最優先だ」
言ってエインツは、大いに脱線してしまった話を元の軌道に戻した。
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