第7話 剣魔探求 その二/謎の男

 ハルナの声に真剣さは無いが、気楽さも感じられなかった。


「……ちょっと待ってくれ。自動操縦に切り替えるから」

「うん。ゆっくりでいいよ」


 少なくとも、宇宙船を操縦しながら話すようなことではないな。

 心で唱えながらエインツは、自動操縦装置に入力していく。


(ハルナが真っ先に聞きたい事、か。……やっぱりあれだろうな)


 この時間を利用してエインツは、過去の経験を元にハルナが最も知りたいであろう事に当たりをつける。自動操縦装置の入力は手早く済ませた。


 作業を終え、間違いが無い事を確認したエインツは、反時計回りに椅子を回転させて、ハルナと対面の位置で固定する。


「ハルナが聞きたい事と言えば、まずはオリハルコンの事か?」

「……うん。そうだね。やっぱりその事から聞きたいかな」

「当然だ。今の俺の最大の力と言っても差し支えない訳だし。護衛される側としては気になって当然だ。最初にオリハルコンを使った時の反応もそうだった……」


 オリハルコンの開発者が揃って、発動後のエインツの姿に驚愕していた。あり得ない物を目にした時の、全員の顔は今でも覚えていた。


「その場にいた皆が揃って絶句し、目を白黒させていたな」

「……前にも言ったと思うけど、誰だってそうなると思うよ。誰も成し得なかった事を目の当たりにしたんだから」


 空想の中で納得したようにハルナは、言った後で二度頷いた。


「それに、エインツのオリハルコンの大きさなら、一億シルバは下らないはず。それにこの最新鋭の宇宙船だもの。合わせれば二億シルバ以上は確実にするから」


「そんなにするのか!?」

「え! 知らずに使っていたの?」

「ああいや……確かに、無名の冒険者にそんな大金が用意出来る筈もないか。ハルナたちが驚く訳だ」

「それはもうびっくりだったよ!」

「下手すれば、奪ったと思われても不思議じゃないかもな」

「わ、わたくしはそんな事、欠片も思っていないからね」


「分かっている。でなければ俺を雇う筈がない。で、金の話に戻すと、オリハルコンも琥珀の翼号も。ハルナには信じられんかもしれんが、実は俺は一シルバも出していないんだ。二つともある男から譲り受けた物だ」

「え?……一億以上の物を、二つも譲って貰ったって……」


 今もまたハルナは、呆気に取られた顔を浮かべる。

 無理もないとエインツは思った。

 豪邸に匹敵するくらいの物を、おいそれと他人に譲り渡すなど、極めて特殊な事である。

 誰もが口を揃えるだろう。


「昔、一緒に戦った仲間がエルフでな。そいつは俺が生まれるずっと昔から、いろんな金属の開発に没頭していたんだ」


 エインツは過去をぼかして説明する。

 ハルナを護衛するにあたって、五百年前に生まれていること自体に何の意味もないからだ。

 エインツの過去の名前が知れ渡っているだけに、それに縛られて今を生きたくないというのもある。


「そのエルフの人が、エインツにオリハルコンと宇宙船を譲ったって事ね……ということは」

「そう。そのエルフ……ラルシェ・ソーリアがオリハルコンの開発に唯一成功し、創業した会社がソーリア・メタルカンパニーという訳だ」

「……エインツって本当に何者なの? ソーリア社長の事はもちろん知っているわ。そんな凄い方と知り合いだなんて」

「……そこは秘密だ」


 一頻り考えた後でエインツは、腕を組みながら言った。

 オリハルコンの誕生は今から二十年前の事で、エインツの年齢は十六歳。

 ラルシェとの出会いを語るには、どうしても五百年前の話をしなければならず、無理が生じてしまうからだ。


「無理に暴いても仕方ないし。……とりあえずお茶でも飲みながら話そうよ」


 ため息を一つ挟んだハルナが、やや疲れたような顔で仕切り直しを提案する。


「俺は構わないぜ」

「じゃあ、そうしよ。わたくしが淹れるからさ」


 言ってハルナは立ち上がった。

 その足で休憩室兼寝室へ向かい、部屋の扉を開ける。

 エインツはハルナの後に続いた。


「エインツは、本当にわたくしと同年代なの? って、そう思わずにはいられないところがあるよね。思考が妙に落ち着いていると言うか」

「……年齢は、ハルナの一個上で間違いないけどな」


 鋭い指摘を口にしつつハルナは、茶葉の用意をし始めた。

 エインツは動揺を抑えながら、二人分のカップとソーサー。スプーンを食器棚から取り出し、ティーポットの近くに置く。


 紅茶の淹れ方をエインツは知らない。

 ハルナに任せるしかないが、エインツは全てを信用する気にはなれなかった。


「…………」


 エインツは半眼で、ハルナの手元に細心の注意を向け続けた。

 訝る視線に気がついたハルナは、やや狼狽しながら声を上げる。


「や、やだなぁ。そんなに警戒しないでよぉ。……あの後で、お祖父様とお祖母様に叱られたから、今回は魔法なんて使わないし。この茶葉は、ちゃんとした専門店で買った物だから、ね?」


 媚を売るようなハルナの笑顏に、一筋の冷や汗が流れる。

 エインツが打ちのめされたハルナの魔法料理。特に魔素濃度が高く、魔素中毒の主因となったのが、ハルナの土魔法で育成された野菜のサラダであったそうだ。


 使い切れなかった、かなりの魔素が野菜に残留していたらしい。

 素材が植物という共通点があるだけに、エインツはハルナの茶汲み作業を、ダンジョン内に点在する罠と同列に見ていた。


「ピィ?」


 ガラス製のティーポットの中で、湯の色が艷やかな赤茶色に染まっていく。

 エインツの右肩で、ハルナの作業を眺めていた、見た目の形はフクロウであるニクスが頭を傾げた。


「これは紅茶って言うのよニクス」

「ピピッ?」


 エインツの重圧から逃れるようにハルナは、ニクスに語りかける。


「……これまでエインツとニクスのやり取りを見てきたけど、どう見てもニクスは人の言葉を理解している。それに、火の光のような体色はまるで……」

「ああ。他の魔導士も言っていたから間違い無いだろう。ニクスは不死鳥フェニックスだ。……どういう理由でニクスが俺のところに来たのかは、俺も知らない。気がついたらいたんだ」


 詮索しているという意識があるからだろう。言いにくそうにしているハルナの言葉の続きと本当の事を、エインツが淡々と口にした。


「……深くは聞かないけど、オリハルコンの事といい。エインツがただの冒険者とは思えないな」


 護衛の任務に必要とはいえ、エインツは嫌いな物や弱点など。ハルナの個人的な情報について、本人やチェルシーから聞き及んでいた。

 なのにエインツ自身の事ついて、ハルナはほとんど知らない。

 互いを信頼しなければ成立しない関係において、この状態が好ましいとはとても言えない。


「俺は……」


 本当はこの時代の人間ではない。

 その事を言うべきかどうか、エインツの心は揺れた。


「……でも誤解しないで。エインツの事を信用していない訳じゃないから。これは単にわたくしのワガママだから。エインツは全力で守ってくれればそれで十分」

「すまんな。もちろん全力は尽くさせてもらう」

「うん。信じてる」


 欠片も疑う事なくハルナは微笑んだ。

 この笑顏だけは絶対に裏切らない。

 固く誓うエインツだった。

 

「良い匂いだな。まるで果物のようだ」

「ありがと。今回はわたくしのお気に入りの茶葉にしたからね。……じゃあ、このお茶菓子をもって、お茶にしよう」


 操縦室に戻り、航宙図などを置く台を囲んでのお茶会が始まった。

 飛行しながら機体は高度を上げ、高層雲の域を上昇していた。地表は遥か眼下に広がっている。

 エインツは計器の様子を確認しつつ、紅茶を口へと運ぶ。


「……うん。美味いな」

「ありがと。でも、わたくしのは見よう見真似だから。誰であろうと、執事やメイドが淹れる紅茶はもっと美味しいよ」

「これよりもか。機会があれば飲んでみたいものだ。……いや、飲まない」


 少し考えた後エインツは、確信をもって一秒前の発言を撤回した。


「? どうして?」


 ハルナは首を傾げる。


「わたくしのよりも確実に美味しいよ?」


 言ってハルナは、味を確かめるようにゆっくりと紅茶を口に含む。


「……俺にとって、ハルナの淹れてくれた紅茶が一番美味いものであってほしいからだ」


 ブーッ!

 エインツが発した、一方的な惚気を受けてハルナは、紅茶を口から噴いた後でゲホゲホとむせた。


「大丈夫か?」

「だ、誰のせいだと思っているのよ! いきなり真顔でそんな事を言わないでよ」

「本心だから仕方が無い」


 言葉では不満を表白しながらも、ハルナの顔にはそれと違う表情が浮かんでいる。


「もう!……でも、ここまではっきり堂々と言い切る男の人は初めて。パーティーとかお茶会などで、わたくしに話しかけてくる貴族の男ときたら」

「……ああ、やたらプライドが高い貴族の男特有の、鼻につく物言いか」


 エインツは空想しながら口を開く。二人の顔は、軽く苦虫を噛み潰したかのようだった。

 五百年前の話になるが、エインツは一度だけ貴族の男の護衛として、とある貴族の誕生日パーティーに参加した事がある。


「うん。そう。どこか心に響かないんだよね。言葉を聞けば大体は分かるかな。その人の中身が。……良くも悪くもエインツは真っ直ぐ過ぎ」


 エインツの言葉は心に響く。

 ハルナの言葉は、そう解釈する事も可能だった。


「……俺は後悔したくないだけだ」


 自惚れる気のないエインツは、明言を避けた。


「ふうん? ま、その気持ちはよく分かるかな」


 エインツとハルナは、過去やわだかまりを流し込むように紅茶を飲んだ。

外では空の青に、宇宙の闇が混ざりつつあった。

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