第6話 置いてきた心と得た心 その一
護衛が雇い主に一目惚れ。
雇い主の手によって、護衛が生死の堺を彷徨う。
ベルティス家長女ハルナの護衛任務は、前代未聞の幕開けとなった。
二日遅れでのエインツの初任務は、ハルナの護衛と、実技試験で壊れた剣の調達である。
剣が無い状態でも生き延びられるようにとの理由から、実戦でも通用するくらいにエインツは、徒手格闘もこなせる。
だが、エインツが最も得意とする武器はやはり剣であった。
試験で砕け散った剣は、エインツのために造られた特別な一振りであった。が、五百年もの時間の中で、蓄積した劣化には勝てなかった。
ハルナの命も掛かっているが故、今のエインツに求められる剣は、特に強度の面で高い信頼性が求められる。
そのような要求に応えられる剣が、市販されている可能性は極めて低く、オーダーメイドの一択しかない。
特注生産の伝手があるエインツはこれから、その伝手を担っている男に会いに行こうとしていた。
土魔法大系を構成する系統の一つ。金属系魔法についての知識を深められるかもしれないとの理由から、同行する気満々のハルナを連れて。
「エインツ君、ハルナの事をお願いね。あの子は、私の大切な人の忘れ形見なのだから……」
娘を想う母親の顔でチェルシーは、カトレアと談笑しているハルナを見た。
ハルナの父親が故人であること。
ベルティス家のみならず、平和を尊ぶ全人民にとって、不倶戴天と呼べる敵がこの時代に存在していること。
そしてハルナが抱えている事など。
護衛としてエインツは、ハルナを取り巻く環境についてチェルシーから、一通りの説明を受けていた。
「任されました。俺の力の限り、ハルナを守り抜いてみせます」
「うん。エインツ君の力に関しては信頼しているわ」
試験の時とは違い、簡素な白いドレス姿のチェルシーは柔らかく微笑んだ。が、次の瞬間には、
「だ・け・ど」
娘を想う母親としてチェルシーは、薄皮一枚の笑顔をエインツに差し向ける。
ゆっくりと区切る物言いは、一言ひとことが五寸釘のようであった。
「二人きりだからといって、ハルナに手を出そうものなら、宇宙の果てまで追い詰めてあげるわ」
「ま、任せてくださいよ……」
(契約書まで書いたのになァ)
汗だくの心中でエインツはぼやいた。
エインツはまだ、ハルナから告白の返事をもらえていなかったのだ。
ごめんね。告白の返事はもう少し考えさせて……
ハルナの返事に衝撃を感じなかったと言えば嘘だが、完膚なきまでに振られた訳でもないし、自分の思い通りに事が進まないのは許さない。という考えをエインツは持ち合わせていない。
「その言葉が聞けて良かったわ。でも、勘違いしないでね。正式な交際であれば、私は大歓迎なんだから。早く孫の顔を見てみたいしね」
エインツに釘を刺したことで、
「その意味では、私はエインツ君の味方なんだから」
「もちろん。一日でも早く、チェルシーさんに孫の顔を見せられるよう、努力しますよ」
「ええ。お願いね」
他の者。特にハルナに聞こえないよう、二人が顔を寄せ合い小声で話す様は、明らかに怪しかった。
「むぅぅ……」
そんな二人を恨めしそうに、頬を膨らませながらハルナが睨む。どちらかというとチェルシーの方を。
「お・か・あ・さ・ま!」
流石は母娘と言うべきか?
母親とそっくりな口調でハルナは、チェルシーに食って掛かる。
「エインツに変な事を吹き込まないでください!」
「だってぇ、あの通りイライジャは奥手だしねぇ。私は早く安泰となったベルティス本家を見てみたいのよ」
「う……お、お兄様だってその内、素敵な女性を見つけて来ます。お母様は焦り過ぎです! 卒業間近とはいえ、私はまだ中学生なのですよ!」
ハルナにはイライジャという兄が一人いて、ハルナが中学三年生であることも、エインツは聞き及んでいた。
初対面の時はスタイルの良さと、貴族令嬢としての威厳もあって、成熟した大人のような印象をエインツは抱いていた。
しかし、こうして見ると年相応の、年下の女の子にしか見えない。
「もうこの話はお終いです! 行きましょうエインツ」
自分の人生を勝手に語られた。その事への不満を隠さないハルナは踵を返し、振り返る事なく琥珀色の宇宙船に向かった。
「お、おう……それでは行って来ます」
「ええ。……しつこいようだけど、ハルナの事をよろしくね。私か、カインやカトレアも同行させたいところだけど、そうも言っていられないのよ。最近どうも奴らの動きが活発になっているようだしね」
「分かっています。魔帝の杖、ですね」
エインツが、五百年の空白に陥る直前に戦っていたのが、今も昔も魔帝と呼ばれている冷酷かつ強大な独裁者であった。
魔帝の本名は不明だ。
魔帝自身が、自分の名前を忌み嫌っていたからだと言われている。男であること以外は、全てが謎の人物だ。
パーティーと共に立ち上がったエインツは、激闘の末に魔帝の心臓を剣で貫くも、魔帝の魔法と刺し違えてしまう。
仲間の一人であったアリーシャに介法されながら、彼女の泣き顔を目の当たりにしたところまでは覚えている。
そこでエインツの意識は途絶え、半年前に目を覚ましたら五百年もの時を越えていた。肉体年齢はそのままで。
だからエインツは、五百年の空白の理由を今も知らない。
そして、エインツの知らない間に魔帝軍の残党で結成されたのが、魔帝の杖を名乗る狂信集団だった。
現在は一つの惑星全土を領土とし、魔帝の復活を願っているのだとか。
パーティーメンバーの一人だったグラハム・ベルティスは戦後、アリーシャ・グランゼと結婚。四人の子供を授かった。
グラハムとアリーシャは、ハルナたちの遠い祖先にあたると同時に、魔帝の杖からすれば最も憎く、この世から消し去りたい血筋の一つであるとの事。
無論、ベルティス家の側からすれば、断固阻止しなければならない話だ。
ベルティス家が、ハルナの護衛依頼を告知した理由の一つである。
「反吐が出るくらい忌々しいけど、連中はベルティス家を目の敵にしているからね。それに組織だって動いている。私たちの動きが把握されていると思って行動する必要があるわ」
「肝に命じておきます」
「ええ。頼んだわよ」
「お嬢様に何かしようものなら、奥様だけでなく俺たちもお前を追い詰めてやるからな」
「その時は、あたしの魔法であんたを氷漬けにしてやるんだからね!」
「フ……来ると良いな。そんな未来が」
チェルシーと、カインとカトレアの兄妹の敵意に見送られたエインツは、オリハルコンと同様、伝手で譲り受けた宇宙船に乗り込んだ。
休憩室兼寝室にある搭乗口の扉を閉め、ロックされた事を確認した後、コクピット内の操縦席に着席する。
「シートベルトは締めたな?」
シートベルトを締めつつエインツは、左斜め後ろの席に座るハルナに声掛けした。
「ええ! 締めました!」
エインツはチェルシーの共犯。
そう考えているとしか思えないハルナの腹の虫は、まだおさまっていなかった。
そっぽを向くだけではなく、両目を閉じると同時に腕組みをしていたからだ。
しかし見たところ、シートベルトはきちんと締めている。怒ってはいるが節度はきちんと守っているので、今は余計な声掛けをしない方が良いだろう。そうエインツは決めた。
「よし。
「ピイッ!」
エインツの号令に、ニクスが右翼を突き上げた。
エインツは右手でエンジンのスロットルレバーを。左手で操縦桿を保持している。
その名の通り、琥珀色に輝く宇宙船が、ベルティス家専用の宇宙船離発着施設から浮き上がった。
「凄い。本当にこんな機械で空を飛べるんだ……」
食い入るようにハルナは、徐々に遠ざかっていく地表を見下ろしていた。
「ハルナは、宇宙船に乗るのは今回が初めてか?」
「……それもお母様情報かしら?」
窓から顔を離したハルナが、ジト目でエインツを見やる。
「そう睨むなよ。……見れば分かるって。俺が初めて宇宙船に乗った時と一緒の反応だったからな。俺のじだ……いや何でもない」
「俺のじだ?……変なエインツ」
俺の時代に宇宙船は無かったと、エインツは言いそうになった。
まだまだ買い手を選ぶとはいえ、宇宙船が民間人でも買えるようになって、十五年あまり。
肉体年齢十六歳。見た目はハルナと同世代のエインツが、口にするような言葉ではない。
危うく口を滑らせそうになったエインツに、ハルナは首を傾げる。真冬にひまわりの花を目にしたかのような、不思議なものを見る目でエインツを見ていた。
無言で数秒見つめた後ハルナは、おもむろに口を開く。
「エインツ。貴方の事を、もっとわたくしに教えてくれないかしら?」
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最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
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