第5話 空白の剣士 その五/歓迎会殺人未遂事件
「俺が持てる力は全て出しきった。後はそちらの判断次第だ。……ニクス」
この場で出来る最大の実力を示せた。
エインツは、防御魔法を解除したハルナの前に移動。自負しかない胸を張りつつ、ニクスの名を呼んだ。
もし不合格であった場合、ハルナと添い遂げることは改めて考えよう。
「ピイッ」
そうも考えるエインツの肩に、飛来したニクスが止まる。
「選考に時間が掛かるとか。他にも候補者がいるというなら、いくらでも待つぜ。じっくり考えて決めて、くれ……」
「……」
全員を見渡しながら語るエインツは、最後に自分の胸元の高さにある、ハルナの顔を見た。
そこで始めて、彼女が申し訳無さそうな表情で、柄だけになったエインツの剣を見つめていることに気がついた。
「この剣のことなら気にするな。寿命が来たのが今だったというだけの話だ」
「で、でも、わたくしがカトレアに言わなければ折れなかったのに」
「それを言うなら、最初に撃つように言ったのは俺だ。その責任を誰かのせいにするつもりなど無い。それに、むしろ今壊れた方が良かったくらいだ。ダンジョンの奥深くで壊れることを考えたらな」
「そ、それは確かにそうですが、戦士の方にとって武器は命と聞いています。せめて弁償だけでも……」
「それは不要だぜ」
責任感が強い。
エインツは、ハルナの新情報を頭の中でつけ加えながら説明を続ける。
「確かに戦士にとって武器は命だ。そこは何ら間違えていない。しかし、同時に俺たちは、いつかその命が壊れることも知っている。当然だな。戦場では現実を見ないと生き残れないからだ……」
「あぅ……」
エインツは断言する。
ハルナの美しい銀髪の頭を、優しく撫でながら。
償いをすると言っているのだ。
この程度のことは許容するだろう。そう思ってのことだった。
肯定とも否定ともつかない。そんな表情でハルナは、手を払うことなく、エインツを上目遣いに見る。
軽々しくお嬢様の頭を撫でるな!
使用人の三人から、並々ならぬ怒気を感じるも、エインツが怯む筈もない。
「だから気にするな。降るなと言っても雨は降る。そのことにいちいち腹を立てても仕方がないだろう?」
「……」
口を閉ざしているハルナの顔には、若干の申し訳無さが残っているものの、自責の念は大分消え失せている。
エインツがそう思った直後だった。
「……うん。私は合格にするわ。是非ともエインツ君に、私の大切なハルナを守ってもらいたいわ」
心から納得したようにチェルシーは、エインツに合格の言葉を告げた。
「うし!」
「ピイッ!」
エインツとニクスは、間を置かずに右手と右翼でハイタッチを交わした。
「奥様っ、それは……」
チェルシーの鶴の一声に、カインがすかさず異を唱えようとするも、
「あら? 何か文句でもあるのかしら?」
「う……」
目だけが笑っていないチェルシーの笑顔を前に、カインは固唾を飲み込むしかなかった。
「カイン! 奥様の決定だ。出過ぎた真似をするでない」
「は。申し訳ありませんでした」
執事の叱責が飛ぶ。
カインは、頭を下げて引き下がるしかなかった。
「ごめんね。エインツ君。カインには後で教育しておくから」
「あー俺は別に気にしてませんよ。むしろ俺がカインの立場なら同じことをするでしょうし」
「……」
エインツの口から、戦いを避ける為の言葉が発せられると思っていなかったのか。
カインはまたしても押し黙る。
戦うことが生業であるとはいえ、好戦的である必要などない。
率先して敵を作りに行く行為は、命を縮めこそすれ、長生きに繋がることは決してない。エインツは、戦いの中で死にたい訳ではないのだ。
「……それで。当のハルナはどうなのかしら? 私は合格と思っていても、護衛を必要としているのは貴女よ。私はその決定に従うわ」
「わたくしは……」
ハルナは目に見えて悩んでいた。
不採用ならいざ知らず、エインツを護衛として採用するということは、自分のことを好きだと言って憚らない男を側に置くということ。
全くの想定外であっただろう事態に、心が追いついていない。
観察する限りでは、そんな風に見えた。
それを招いた
「……わ、わたくしは、彼を護衛に雇います。彼の力は、今のわたくしには絶対に必要ですからっ……」
告白されるという想定外さえ無ければ、ここまで悶々としなくて済んだのにっ!
喉から手が出るほどエインツの力が必要だが、そのエインツが自分の心をこれでもかとかき乱してくる。
完全に納得していないが、背に腹は代えられない。
ハルナの頭からは、憂いが煙のように立ち昇っているようであり、濃橙の目には非難の感情が込められていた。
もちろんエインツは、ハルナの視線を受け流す。
「その言葉を聞いてホッとしたぜ。よろしくな。ハルナ」
「よ、よろしく……」
視線を逸らし、口を尖らせているハルナだが、エインツが差し出した右手を拒絶することなく握手を交わす。
ともあれハルナとチェルシーが、エインツを護衛として採用すると決めた。
この決定を覆せる筈もない。
使用人三名は固く口を閉ざしていた。
「想定より前倒しにはなっちゃったけど、これで一段落ね。……エインツ君はこの後に予定はあるかしら?」
満面の笑みでチェルシーは問う。
「いえ。特にありませんけど」
「なら良かった。ベルティス家には、雇い入れた者には必ず歓迎会をしなければならないという決まりごとがあるの。料理は我が家の料理人が作るから、味は折り紙つきよ」
「それは楽しみです」
「あっ!……だったら、エインツ様の剣に対しての、せめてもの償いとして……」
エインツの剣のことを未だ引きずっている様子のハルナが、水を得た魚のように声を上げた。
「まぁだ言ってるのか? 剣については気にしなくていいと言っただろ。それに、ギルドからの派遣とはいえ、俺はハルナに雇われたんだ。様づけはいらないって」
「あっ! そ、そうね……」
エインツから指摘を受けたハルナは、短い呼吸を挟む。
「様づけはもうしないとしても、剣のお詫びとしてわたくしが、エインツに手料理を振る舞いたいのだけど、駄目かな?」
「「「「え!」」」」
「マジか!」
ハルナが口にした直後、エインツ以外の四人は揃って絶句するも、好きな女の子の手料理が食える。
そのことに一瞬で有頂天になったエインツは、四人の反応が耳に入らなかった。
年端もいかない頃から剣を握り、五百年の時を越える。数奇の中の数奇な人生を歩んで来たエインツとはいえ、実際の年齢は思春期真っ只中の十六歳である。
想い人の手料理が食べられるという状況に、心踊らない訳がなかった。
「……ま、頑張りなさい」
しかしチェルシーは、生贄を見るかのような赤い瞳でエインツの顔を見た。
「?」
「ピ?」
この時のエインツは、チェルシーの意味深な態度の理由が分からなかったが、数時間後にその訳を知ることとなった。
「……そ、そういうことか……」
エインツの前に差し出された、ハルナの料理の品々は食べる人をもてなす精神に溢れ過ぎていた。
ハルナ曰く、料理が冷めてしまわないようにとの思いから、ステーキの鉄板には火が残り、スープは煮えたぎっている。
火の魔法を用いているそうだ。
逆にアイスクリームは溶けないよう、氷の魔法でカチコチに凍りついていた。
トマトなどのサラダの野菜は、どれもが普通の切り方ではない。
ハルナが土魔法を用いて作った野菜が使われているという。聞けば、どの野菜も尋常ではない大きさに育つのだとか。
「ハルナは魔法のことしか考えてないからね。料理も魔法を使用して作った物ばかりよ」
(いや、普通の調理法を教えてやれよ!)
エインツは心の中でツッコミを入れた。
火や氷の魔法で調理された品に、土の魔法で育ち過ぎた野菜。
魔法の源である魔素を大量に浴び、含有しているハルナの料理は、一皿ずつが攻撃魔法のようなものだ。
食べないという選択肢は、
「あら? あんなにハルナの手料理を楽しみにしていたのに食べないの? 食べ物と悔いは残さないが、エインツ君の信条じゃなかったっけ?」
チェルシーを経由した、エインツ自身の言葉によって封殺された。
(ええい!
意を決してエインツは、料理か攻撃魔法か知れない物を口に入れていく。
好きになった女の子の手料理を残すなども以ての他。
味つけ自体は普通の料理をエインツは、意地で完食する。
しかし、エインツが覚えているのはここまでであった。
何の前触れもなく、エインツの意識は途絶えた。
目が覚めた後で聞いた話では、完食したエインツは白目を剥いて倒れたらしい。
(うん。……今後ハルナには、ごく普通の調理をさせよう)
その話を聞いたエインツは、固く心に誓うのであった。
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