第4話 空白の剣士 その四

 発光は一瞬で収まった。

 一堂はゆっくりと目を開けたり、眼前で横にした腕を下ろす。


「……嘘……こんなの見たことも聞いたこともないよ……」


 夕陽のような目を限界まで見開いたハルナは、両手のひらで口を覆い隠す。

 光が収まった先にいたのは、白金色を基調に、青や黒で色づけされた装甲で全身を覆ったエインツの姿だった。


 視線を外したのは一瞬。

 高速移動や転移系の魔法の残滓ざんしは見当たらない

 目の前にいる、白金の装甲の中身はエインツ以外に考えられなかった。


 その姿形は、鎧騎士というより人型機動兵器。ロボットと呼ぶのが相応しい見た目をしている。

 人間の両目に当たる部分は、平行四辺形の外側両端を釣り上げた形をしていた。デイスプレイのような黒地の中で、赤光を放っている。


「あ……あり得ない。あり得ないよ。!」


 狼狽しているカトレアが、言葉を震わせるのも無理はなかった。

 オリハルコンが実用化されて二十年経ったが、創れるのは剣や盾。軽鎧の胴体部分くらいだ。


 全身を隙間なく覆い尽くす装甲など、前代未聞のことである。


「……参ったわ。只者ではないと思っていたけど、まさかこれほどとはね」


 チェルシーは頬を少し引きつらせながらも、不敵に微笑む。

 多少はあれど、慄く五人を前にエインツは、腕や脚など。各部の稼働具合を確かめるべく、準備運動を兼ねて身体を動かしていく。


「ふむ。……今までの使用時よりもずっと動きやすいな。心の強さが性能に影響すると聞いているが、本当のようだな……」


 最初にオリハルコンを試してみた時と、今との違い。挙げられるものとしてエインツは、ハルナへの想いを真っ先に思い浮かべた。

 というより、現状で心の強さに影響を与え得る要素はそれしか思いつかない。


 護衛を募集している以上、ハルナに何らかの脅威が迫っているのは確か。

 詳細は不明だが、それらからハルナを守ってみせるという思いが、エインツの心の強度を高めているのは間違いない。


 エインツは、装甲越しにハルナの顔をみた。互いの視線が直接重ならない分、ハルナが顔を背けることはなかった。


(さて、ここからどう力を示すべきか)


 採用するに当たって、否定材料は無い方が良いに決まっている。

 反論の余地を残さないくらいに完封しなければ、もし採用されなかった時に悔いが残ってしまう。


 今の姿を見せるだけでは不十分だ。

 この結論に達するまで、さほど時間を要しなかった。


(その為には……)


 エインツは、立ち尽くすカトレアを視界に収める。


「カトレアだったな? 俺に向かってお前の最強の攻撃魔法を撃ってくれ」


 言いながらエインツは、右手のひらを上向きにした状態で、親指以外の指で招く仕草をした。


「えっ……私?」


 名指しで請われるとは思っていなかったのだろう。

 周囲を見渡した後でカトレアは、自らの胸に右手を置いた。


「カトレアが他にいるのか? 遠慮は要らん。お前の最強魔法を俺にぶつけてこい」


 握った右拳をエインツは、自分の胸に叩きつけた。ガン、と硬い物同士がぶつかり合う音が響く。


「……で、でも、それじゃアンタが無事じゃ済まないよ」

「心配するな。この姿になるのは今回が初めてではない。少し前に実験済みだ。全ての属性の上級攻撃魔法を受けて来たが、せいぜいがかすり傷程度で済んだ。遠慮は要らない」


「アンタはそうでも、屋敷に被害が……」

「屋敷はわたくしの魔法で守るわ。だから遠慮しなくて良いわよカトレア。……エインツ様。本当によろしいのですね?」

「ああ。どんと来い!」

「では……日光による鉄壁サンライトウオール


 カトレアの左肩に右手を置いた後、ハルナは光属性の最強防御魔法を無詠唱で発動させた。


 それも、エインツ以外の全員と屋敷の全て。木の一本から地面に至るまで、満遍まんべんなく黄色い壁が顕現する。


(へぇ……初心なだけではないようだな。流石は俺の嫁だ)


 剣一筋。魔法に詳しくないエインツであるが、それでもハルナの魔法技量がとてつもなく高いことは理解出来た。

 魔法を施すべき対象が多いほど、難易度は上昇する。


 なおかつ、今回のような防御魔法だと、隙間や強度に偏りがあってはならない。

 それを息をするように、詠唱や魔法陣を一切用いることなくやってのけた。これが攻撃魔法だったら……


 魔法に関する知識こそ、一般人よりちょっと知っている程度のエインツだが、ベテランから初級者まで。数多くの魔法使いを見てきた。

 その経験からすると、ハルナの魔術師としての技量は突出している。

 エインツは確信をもって結論づけた。


「これだけ大規模広範囲の防御魔法を、無詠唱で構築するなんて。……流石はお嬢様です」


 同業のカトレアが尊崇の念とともに、エインツの言いたいことを補完する。


「カトレア、準備出来たわ。遠慮なくやって」

「……分かりました、お嬢様。……死んでも恨まないでよ」

「心配するな」

「してないわよっ!」


(随分と嫌われたものだ)


 エインツの言葉に、間髪入れずにカトレアは食って掛かるも、風に舞う羽毛が手に当たったかのように。エインツは欠片も気にせず続ける。


「俺が惚れた女の前で死ぬとしたら、庇う時だけだ」

「フン……カトレア・ロゼが氷の精霊に命じる。冷たき物よ。彼方より来たれ。我が頭上に結集せよ」


 カトレアが詠唱を中断する。

 口上通り、カトレアの頭上では氷の塊が生まれ、その大きさを急速に増大させていく。


 名前を口にするだけで、タイムラグなく撃てていた氷弾と違い、発動に時間を要する魔法のようだ。

 魔法は強力であればあるほど、発動までに時間が掛かるのが常だ。そこは昔となんら変わっていない。


 だからこそ、先ほどのハルナの無詠唱の凄さが際立っている。

 そこにどんな仕掛けがあるにせよ、エインツからすれば、また一つ新たな魅力が加わったことを意味していた。

 エインツが一人でときめいている間に、カトレアの魔法が完成する。


「おっと。先にこっちを片づけないとな」


 エインツは背中の剣を抜き、カトレアの頭上を見上げた。直径六メートルはあろうかという、魔力で造り出した巨大な氷の球体が浮いている。

 これが直撃しようものなら、局所的な災害である。


「……」


 エインツは剣に気力を貯めていく。

 魔術師が外部で魔力を錬成し、魔法とするのに対し、戦士は内からの気力を武器や防具にまとって戦う。

 気力も魔力も大元は同じらしいが、内から力を引き出すか。外から力を呼び込むかの違いが、戦士と魔術師の職を線引きしている。


 戦場での迷いやもたつきは、死に直結する危険性をはらんでいる。

 十六歳にして、十年の戦士としての経験を持つエインツは、瞬く間に気力を剣と全身に纏わせた。


「我が命に従い、敵を討て! 氷塊の彗星アイスコメット!」


 カトレアが唱え終えると同時に、破壊と凍結が形を成した物が、エインツ目掛けて放たれた。

 トンの単位である重さの氷塊が降って来るとなれば、常人なら逃げるしか生き残る手段はない。


「ピピイッ!」


 光の壁の向こうにいるニクスの声を、エインツは「やっちまえ!」と解釈した。


「言われなくてもなっ!」


 エインツはその場で跳んだ。

 個々人の力量に左右されるが、気力で覆われたエインツの身体は、通常を遥かに凌ぐ跳躍力を発揮する。


「オラァァァァァァァァッ」


 雄叫びを上げながらエインツは、剣による刺突を繰り出した。気力で武器や防具を覆う技は、気箔きはくと呼ばれている。


 金箔などのように、武防具に貼りついていることがその名の由来である。気箔が付与され攻撃力が飛躍的に向上したエインツの剣は、水に剣を突き立てたかのように、何の抵抗もなく氷塊に刺さった。


 だが、剣が刺さっただけでは、落ちる氷の塊が止まる筈もなく、その重量は未だに圧倒的だ。強化されたエインツの力を以ってしても、支えきれる物ではない。


気爆壊オーラブレイク!」


 なのでエインツは、剣が突き立ったと同時に、剣を通じて大量の気を送り込み、内部から破壊する。気爆壊という技を繰り出した。

 次の瞬間、彗星とエインツの愛剣は、柄を残して四散した。


 直後、大小様々な氷の雨霰あめあられとなって、魔法だった物は落下する。


 エインツはそんな中、膝を曲げて着地。

 ため息を一つ挟んで、柄だけとなった剣を見下ろしながら立ち上がる。


(今までありがとうな。……あばよ)


 剣を失いはしたが、陽光を浴びて輝く氷のつぶての中で、エインツが屹立きつりつしている光景は、天が勝者を祝福しているかのようだった。


「ピイッ!ピイッ!」


 その光景を目の当たりにしたニクスは、枝の上で飛び跳ねながら、嬉しそうに万歳をしていた。


 ハルナは嬉しさと戸惑いが入り混じる、何とも言えない表情で。

 チェルシーは永遠の好敵手ライバルと遭遇したように、不敵に微笑み。

 衛視二人と執事は、あ然とするばかり。


 五人の人間は、演劇鑑賞しているかのように、それぞれの表情で押し黙っていた。


 屋敷に降る氷はハルナの魔法が。

 エインツに落ちる氷は、エインツの拳が防ぐ。


「……解除」


 氷の粒子しか漂っていないのを確認してからエインツは、オリハルコンの装甲を解いた。

 そこにはかすり傷一つ負っていない、エインツの姿があった。

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