第3話 空白の剣士 その三

「ま、まぁ、いきなりのプ、プロポーズというか……告白は一先ず保留にしておくとしてェ……」


 モジモジと動揺の仕草こそしているものの、瞬きがやけに多いハルナから拒絶の意思は感じられない。

 予期せぬ初めてのことに直面し、どう対処すれば良いか分からない。

 そんな印象だ。


 一目惚れ昇圧のただ中にいるエインツは当然、初心うぶな反応と仕草で恥じらうハルナを愛おしく思った。


 今はこの反応を見れただけで十分。

 あまりしつこいと、嫌われてしまう結果にしかならない。

 冷静でなければ生き残れない。戦場に身を置き続けた者としてエインツは、自分の心を御する手綱を引いた。


 自らの心を落ち着かせる。

 それはエインツだけでなく、ハルナも同様だった。

 ハッと、何かを思い出したかのようにハルナは、服の中に右手を入れた。胸の谷間に仕舞っていたロケットをハルナは引き抜き、開く。


「お父様……」


 ハルナが、祈りを捧げるような小声で、そう呟く。

 数瞬ほどハルナは、ロケットの中身と無言で向きあっていた。

 チェルシーも。衛視の二人も。どこか沈痛な面持ちでハルナを見つめている。


(……何かを抱えているのは、俺もハルナも同じ、か)


 男としてではなく、一人の人間としてエインツは、ハルナに心引かれた。

 おそらく彼女は、自分の意志と責任で道を選び、その生き方を貫こうとしている。他人に流されるのではなく、自分の頭で考え、自分の足で立って歩いている。

 その気高さに惚れ込んだのだとエインツは、自らの心理を解き明かす。


「……今はあくまで、わたくしの護衛を務めるに相応しい実力があるかどうか。それを確かめさせてもらう場です」


 ハルナの行いは、ルーティンであったようだ。

 強風で崩れた髪型を直すように。

 想定外の色恋沙汰を受けて、乱れた心をかなり立て直したハルナは、落ち着いた口調で語る。


「予定の変更はありません!……エ、エインツ様にはこれから、カインとカトレアの二人と模擬戦をしてもらいますっ!」


 大分冷静さを取り戻したとはいえ、エインツと目が合ったことで、告白された時の興奮がぶり返したのだろう。

 素早いがやや乱暴な頭の動きで視線を外しつつ、なおも泰然としているエインツがよほど恨めしいのか。試験内容を告げた後でハルナは、不満げに頬を膨らませる。


「エインツ様、こちらをどうぞ……」


 エインツを案内した執事が、一振りの木剣を手に立っていた。

 執事の顔をよく見ると、額の血管が僅かに浮き立っていた。それでも丁寧な言葉遣いを崩すことなく執事は、木剣をエインツに差し出す。


「なるほど。ハルナは使用人たちに愛されているんだな」

「愛……ゴホンゴホン……」


 わざとらしい事この上ない咳払いをしてハルナは続ける。


「試験はどちらかが降参するか。戦闘不能になるか。あるいは、わたくしかお母様が止めた時点で終了とします」

「了解した」

「他に聞きたいことはありますか?」

「いいや。無い」

「なら始めます。よ、よろしいですか?」


 エインツの方に顔を向けながらも、全てのやり取りにおいてハルナは、エインツの顔を直視しなかった。


「ニクス。離れていろ」

「ピイッ」


 エインツの言葉を受け、ニクスが定位置から飛び立ち、近くの木の枝に降りた。

 エインツがそれを見届けた直後、カインの左手にあった物が眩い光を放つ。


「ほぉ……」


 一瞬で光は消えた。

 代わりに現れたのは、白金色プラチナに輝く盾だった。


「お嬢様。こちらも準備が整いました」

「分かったわ。……それでは、始めっ!」


 ハルナが開始を告げると同時に、先に仕掛けたのは、怒り心頭のカインとカトレアの二人だった。

 衛視としての立場を考えれば、当然の流れであった。


 金髪に青色の目。顔立ちもかなり似ていることから、エインツは兄妹という二文字を頭の中で思い浮かべる。

 並大抵の腕前ではない、カインの木剣と打ち合いながら。


 カインは短めで均等な長さ。カトレアはボブカットの髪型をしている。

 カトレアの胸部が少し膨らんでいることと、身長を除いた体型は、二人ともほぼ同じ。鍛え上げられた体つきをしている。


 鬼気迫る表情のカインが木剣で仕掛け、エインツの注意を引く。

 そこへ怒りの視線を隠すことなく寄越しているカトレアが、そこは五百年前と変わらない、氷の初級攻撃魔法である氷弾アイスバレットで攻める。


 二対一の利を生かし、なおかつ連携が取れた攻め方だ。


 数の上でエインツは不利だが、実戦において多数対少数の形となるように攻めるのは、至極当たり前の戦法だ。


 むしろ、不利な状況を打開してこその護衛である。微塵も不平を漏らすことなくエインツは、兄妹の攻撃に対処していた。


「貴様っ! どういうつもりでお嬢様に告白などしたのだァ!」


 憤怒を顔に張りつかせたカインが問う。

 怒りを抱えながらもしかし、剣筋は冷静そのものだ。

 それでいて、木剣では絶対に貫けない盾も左手に備えている。


 剣の腕については、確実にエインツが上回っているけれど、数の不利と盾のせいで有効打を与えることが出来ない。


「一目で気に入ったから告白したまでだ」

「立場を考えろと言っている! まだ決定ではないが、仕える人間が主に告白するなどと」

「どこの封建時代の話をしている?」


 カトレアの氷弾をエインツは、木剣で弾く。そこへカインが間髪入れずに、木剣による刺突を繰り出す。

 エインツは体を捻ることで躱した。


「今は恋愛に身分の垣根は無いのだろう? 例え王族であったとしても、市井の人間と婚約する時代だと俺は聞いたがな」

「小賢しい……」


 幾ら鍛えようと限界はある。

 無酸素運動の連続に加えて、舌戦も繰り広げたのだ。

 息が荒く乱れた二人は、示し合わせたかのように距離を取った。


 連携が取れない今、単独で仕掛けてもほとんど意味は無い。

 カトレアの魔法攻撃も止む。


(さて、どうするか?)


 酸素を取り入れつつエインツは、思考を巡らす。


 実戦ならば、目的あっての持久戦を繰り広げたところで問題はない。

 たが、これは護衛の採用試験である。

 採用するに足る実力を示さなければ、ハルナの隣に立つことは出来ない。


 エインツはハルナをちらりと見る。

 ハルナもエインツを見ていた。

 二人の視線が交錯し、一瞬で赤面したハルナが慌てて目を逸らす。


 男に免疫が無いにもほどがある。

 その様にエインツは、微笑むと同時に、自らの気持ちを再確認する。


 髪と目の色が、アリーシャと同じだからではない。本気でハルナ本人を好きになった。

 理屈ではない。


(もう、この気持ちについてはどうにもならんな。……ハルナの隣を誰かに譲るつもりは無い)


 それにはやはり、己の実力を認めさせなければならない。

 出し惜しみは無しだ。

 エインツは腰の鞄から、白金の立方体を左手で取り出した。

 大きさはエインツの手のひらほど。


「「「「「!……」」」」」


 エインツ以外の五人は揃って驚愕し、絶句する。

 一介の冒険者では不可能と言っても過言ではないくらい、入手が困難な代物であったからだ。


「俺は居場所が欲しいのでな。……それが惚れた女の隣というのなら最高だ。絶対に手に入れる!」


 オリハルコン精神感応金属

 エインツが時を越える前には、間違いなく存在しなかった金属である。

 その名の通り強度はそのままに、持ち主の意思や心の強さに反応して、姿形を変える金属だ。


 科学技術と錬金術。魔法技術の粋を結集し、二十年前にオリハルコンは完成したとエインツは入手時に聞いていた。


 現在、オリハルコンの開発に成功しているのは一つの会社のみ。もちろんその製造方法は企業秘密である。

 会社の中でも、極々限られた者しか知らない。


 エインツが手にしている、手のひら大の地金インゴットでも、一億円の家が余裕で建てられるほどの金額が必要となる。


 それをどこの組織にも属さない、一介の冒険者であるエインツが持っている。

 エインツとっておきの隠し玉に、五人が言葉を失うのは必然だった。


「命じる!」


 エインツが、オリハルコンを握りしめながら叫ぶように言った。


「俺に守護の力を!」


 魔法と違い、オリハルコンを扱うにあたって、口上に定型は無い。それどころか、所有者の強い思いと要求が伝われば良く、無言でもなんら問題は無い。


 そう教わったエインツだが、あえて言葉にしたのは、単に気分の問題であった。


 エインツが告げた瞬間、一瞬だが目眩ましになるほどの光。カインの盾が現れた時と同じ光が、エインツのオリハルコンから迸った。

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