第12話 裏門(1)

「ファランクス!!」

横並びで3人が盾を前に出して衝撃に備える。

昔からの重装歩兵による密集陣形が『ファランクス』そのものである。

戦場においては歩兵が槍を持っているのだが、ここは町の中。

剣を盾と盾の隙間から出すよりも完全防御で壁を作ることに専念した。

3人の壁の両脇に門番が移動してハルバード(槍)を水平に構えた。

「くるぞーっ!カウント5・4・3・2・1、アタック!!!」

男たちが足と腕に力を込めて吠える。

「「「うおおおおおおおっ!!!」」」


ドガガガッ


「「「あーれ~っ」」」

荷馬車の突進になすすべもなく跳ね飛ばされてしまった。

その時に盾が兵士の腕を離れ、荷馬車の下に潜り込んだ。

荷車の車輪前に斜めに突き刺さる。

盾は地面を支点にして荷車を宙に持ち上げた。

高い位置から落ちた衝撃で荷車の車輪が外れた。

そのまま土ぼこりを上げながら門の外までガリガリと音を立てながらすべっていった。


横になった荷車と馬。

10m先に飛ばされた御者ぎょしゃはピクピクと動いている。

荷車から男が3人痛みをこらえながら出てきた。

「くそ、ついてねぇ」

ボスがぼやく。


荷馬車で突進してきた者たちが荷車から出てきたのを見て、切れた兵士が叫ぶ。

「死ぬかと思ったわ。こんにゃろうー!」

転がっていた体制から器用に体制を立て直してダッシュした。

兵士の1人は脳震盪を起こしてしまったらしく、立てない。

門番2人と兵士2人が飛び掛かって、ダークブラウンチュニックを着た男たち2人を拘束しようとするが、激しく抵抗されている。

彼らも逃げるのに必死だ。



暗い街の外から現れた男がひとり。

人さらいと兵士がもつれているのを見ていた。

このアイボリーチュニックを着た男は馬が倒れている方向から1人スッと荷車の中に入った。

「ルートぼっちゃん。マルです。助けに来ましたよ」

ぼそぼそと耳元で囁くが返事がない。

ペシペシと頬を軽く叩いても反応が無い。

この男はルートをファイヤーマンズキャリーの方法で担ぎ上げた。

うつ伏せになったルートの腋の下から自分の首を差し入れた後、肩の上に相手を担ぎ上げる方法だ。

そして裏門の様子を荷車の中から息を殺してジッと見ていた。



門番、兵士、人さらいがもめている所に走ってくる男がひとり。

Sランク冒険者のエノーズである。

「おおおおおおおお!」

突進したエノーズはコイツと決めた逃げる男に飛び掛かった。

「さっきはよくもやってくれたなぁ!」

「さて、なんのことかな」

お互いが両手をつかみ合い、力比べの様相を呈してきた。

「おまぇのせいでなぁ…おまぇのせいでなぁ…ちょっと漏れちまったじゃねぇか!」

「何の話だ」

「小便の話だ!」

「ゆるくなって、しまりのないヤツのことは知らん!」

「てめぇ…ケツの穴から手ぇ突っ込んで前歯カタカタ言わせたろかぃ」

力はエノーズが勝ち、ボスはヒザを地面につかざるを得ない状態に追い込まれていた。


このタイミングを見計らっていたアイボリーチュニックを着た男は荷車からルートを担いで脱出。

夜の中に紛れていった。

しばらくすると木の葉のこすれる音と馬が走り去ってゆく音が夜の向こう側から聞こえてきたが、裏門周辺での出来事により気にする者はいなかった。



これより少し前。

倉庫街の一部屋で柱に繋がれて動けないエノーズがダンゴムシのように丸まっていた。

ひとりの若い兵士が大きな音に気付き、倉庫街にきたのである。

ドアが開いているので中をのぞくと何かが地面に転がっているのに気が付いた。

それが「んーん-ん-」と唸っているので、暗い部屋の中でも人間と分かった。

「大丈夫ですか?」

さるぐつわをはずすとエノーズが叫んだ。

「人さらいだ!少年を連れて出ていった。追わなきゃならん。縄をほどいてくれ」

若い兵士はナイフを持っていたが、使わなかった。

「すいません、上の人に聞いてきます。それまで待っていてくださいね」

すっくと立つとそそくさと出ていこうとした。

「え、ちょ待てよ。ナイフ持ってるよね、君」

「ええ。でも上の人の了解を得ないと」

すでに姿は無かった。

「まって…、もう我慢の限界もきてんだよ。ロープぐらい自分の判断で切ってくれよ~」

涙目になるエノーズ。


すると若い兵士と交代するかの如くアイボリーチュニックを着た男が扉から入ってきた。

その男はエノーズの顔の近くまで寄ってきて、言った。

「エノーズさん、先ほどの男たちは裏門に向かいました。」

「誰だおまえ。知らない顔だが、なぜそのことをオレに言う?」

「わたくしはバツと申します。とある命によりここに来ております」

「そのバツさんがなんで俺の名を?」

「Sランクの方は少ないので全員の顔を覚えているのですよ」

「ほう…とゆっくり話したいのもやまやまだが、とにかくロープを外してくれ!もう限界なんだ」

アイボリーチュニックを着た男がロープをザクっと切った瞬間、ぎゅっと縛っていたロープがふわりと緩んだ。


「あっ…」


下半身に生暖かい液体が少し広がった。





















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