第9話 路地裏(8)
橋の上から黒い川を見下ろしているSランク冒険者。
建物に囲まれた周辺は薄暗く、じめっとした場所だ。
衛生的に良くないのはわかるが、仕方ないのだろう。
「こんなところに住んでいるのか…」
空気がよどんでいて、溜息ですらつきたくない。
しばらくするとライアが橋の下の川と並行に続いている歩道から出てきた。
少し離れたところにある梯子を登ってSランク冒険者の元へと走ってきた。
「ごめんなさい、エノーズさん」
差し出した両手の中にはニセ金貨が薄暗い中でも存在感を放っていた。
エノーズはゆっくりと手を近づけて持ち上げた。
「おう。さっきも言ったが、こいつは買い物には全く使えない。よかったよ返してもらえて。下手したら俺が捕まっちまう」
人差し指と親指でコインの上下をはさんで空にかざした。
それをしたから見上げる感じでライアは聞いた。
「実はそれがあればしばらく食べることに困らないかなって二人で話してたんだ」
右腕はそのままで視線をライアに落とした。
「なるほど。たしかに本物ならしばらく食うに困らないだろうな。しかし、こいつは違う」
「あの、それってなんですか」
「知りたいか?これはカギでもあり、通行許可証でもあり、証明証でもある。他にもいろいろあって大切なものなんだ」
「金貨だよね?」
「金貨であって、金貨でない。そういう代物なのさ。まだ君には早い。はっはっは」
「あの…こんなこと頼める筋合いではないことは分かってるけど、ルート助けてもらえませんか」
「本来なら財布盗られた側の俺が手伝う義理もないのだが…」
ふるえるライアのあたまに左手をポンと置いた。
「いいモン見せてくれた礼だ。手伝ってやるぞ。それとルート助け出したら俺と一緒に来い。そして鍛冶師になれ!」
「はぁ?!なんで?」
がしがしと頭をさすった後で、にっこーっと笑いかけるエノーズ。
「伝説があるんだよ。たしか…『その者、青き衣をまといて金色の鋼に振り下ろすべし。 失われし大地との絆を結び、それぞれの地に光の平穏をもたらさん』だったかな?」
「なんですかソレ」
「オレの防具触ったら光っただろ。あんなこと初めてだったんだ。」
背中をむけてふるふると震えて喜びをかみしめているようだ。
「光ったってとこしかあってない…」
「そしてなにより、こいつが『ブルーベル工房』製ってとこがミソなのさ。ライア。お前の親は鍛冶屋か鉱石屋か炭鉱夫やってなかったか?」
「……」
両親が行方不明になって、祖父母に育ててもらった記憶がよみがえる。
祖父母も亡くなり、両親の友人だというルートの父親に引き取ってもらって生きてきた。
ルートとは幼馴染だったので兄妹のように育ててもらっていたが、ある日事件が起こって二人で屋敷を飛び出してしまった。
そんな記憶が一気に感情とともに吹き出してしまった。
ぼろぼろと涙が溢れて止まらない。
エノーズはライアを見てギョッっとなった。
「なにか悪い事聞いちまったかな」
声を出して泣きたくなるのを我慢しながら、かすれる声で
「父さんと母さんいなくなった…おじいちゃんおばあちゃんしんだ…」
そうなのだ。
そういう理由があってストリートチルドレンになっているのだ。
考えが浅かった。
エノーズは自分の言動を悔いた。
「すまん」
苦虫を嚙み潰したような顔であやまった。
「父さんと母さん鍛冶師だった…。おじいちゃん鉱石屋してた…」
涙を両腕で交互にふき取り続けている。
エノーズはしばらく左手をライアの頭に置いたままじっとしていた。
まじめな顔をして、ライアと同じ目線までしゃがむと両肩に手を置いて告げた。
「鍛冶師になれ、ライア」
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