第3話 路地裏(2)
大きい街道沿いには両側にテントの店が立ち並ぶが、すぐ後ろにも店が並んでいる。こちらは建物の中にある店舗となっている。
その中には毎朝とてもいい香りを街に漂わせて朝を告げる役割を担っている店があった。
お店の名前は『ル・コール』。
夫婦で切り盛りしている。
お店のお客は各テントの店主や近所に住む人がほとんど。
「今日もいい香りだな」
「ありがと、マデラ」
「じゃ、また来るよ」
「いつもの2本ちょうだい」
お客はひっきりなしに出入りする。
「まいどーっ!」
マデラの大きい声が店内に響く。
店舗入り口から一番遠い場所の隅で男が2人こそこそと会話をしていた。
「ウチの洋梨使ってくれないか?リックさんよ」
「ふむ…試作してみるから持ってきてくれ。不味いモノが出来ても文句はナシだぞ」
「こらそこーっ!あんたんとこの果物とウチのパンは相性悪いんだよっ。やめときなっ。あんたも、ウンウン言ってんじゃないよ!」
お客からの注文にパンを袋に入れつつ、旦那の足を蹴り上げた。
「ぐおっ」
「んじゃ、またあとで」
そそくさとその場を離れ、『ル・コール』を出る果物屋店主。
そんな毎日が繰り広げられるパン屋なのだが、忙しいのは朝だけなのである。
店舗の前にあるテントにそれぞれの店主が準備を済ませるころには天幕が下ろされて、街道からは店が見えなくなってしまうからだ。
そうなると、街道を歩く人が店に訪れることはまず無い。
そんなわけで昼にパンを買いに来るのはこの店を知っている者に限られてしまっていた。
だから『ル・コール』は夕刻になると早々に閉店してまう。
次の日の準備があるからだ。
表向きはそういうことにしている。
内緒の話なのだが、実は宵のうちに訪れる子供たちにパンを与えているのである。
家を持たない、街をねぐらにするストリートチルドレンだ。
そんなストリートチルドレンのために食べ物を分けてくれる数少ない店舗のひとつなのだ。
ただ、表の入り口からは入らないようにと言っている。
なぜなら、ストリートチルドレンは兵士に報告して孤児院に連れていかなければならないという決まりがあるからなのだ。
店舗の裏口に行くには街道から2軒奥に入った裏道から小道に入る。その先はT字の袋小路となっており、突き当りを右に曲がると勝手口がある。そこから子供たちは入るようにしている。
『ル・コール』に来る子供達には三つ決まりがある。
①表から入らないこと。
②パンは一人1個。
③大人になって稼げるようになったら支払いに来ること。
かわいそうに思ったマデラが軽い気持ちで始めてしまったら、考えていたよりもずっと人数が多くて驚いたという次第。
「ほっとけないし、止めるわけにいかないし、なんとかなるじゃろ!ガハハハッ!」
マデラかあさんの温かさが子供たちにゆっくりとしかも確実に伝わっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます