小さな幸せと大きな幸せのために

増田朋美

小さな幸せと大きな幸せのために

ある日、杉ちゃんとジョチさんは用事があって富士宮にいった。二人が用事を済ませて、身延線に乗るために富士宮駅にいったところ、一人の少年が、切符売り場の前で困った顔をして立っている。身長は、3尺と、4寸くらいしかない小さな少年だったから、まだ幼稚園児くらいかなと思った杉ちゃんは、

「おい、お前さんは、何をしているんだ?」

と、声をかけてみた。振り向いた彼の顔をみて、杉ちゃんもジョチさんもびっくりした。身長は確かに3尺4寸程度しかないけど、顔つきはちゃんと成人男性の顔だったからだ。しかも40代から50代くらいの立派な大人である。

「はあ、お前さんは、つまるところピグミーなんだね。それで、切符売り場の前で何をしているんだよ。」

杉ちゃんがいうと、

「はい、富士へ帰りたいのですが、切符の販売機に手が届かなくて困っています。」

と、彼は答えた。

「杉ちゃん、ピグミーとは差別用語です。アフリカでは、禁止されてる言葉でもありますから、やたらと使わないように。それなら、駅員に頼んだらいかがですか?」

ジョチさんはそういうのであるが、

「それができたら苦労しないよね。だから、困っているんでしょ。それにしても、日本には熱帯雨林があるわけじゃないから、ピグミーは、存在しない。お前さんは何で背が低くなった?」

杉ちゃんがでかい声で聞いた。

「ええ、子どものときから、ムコ多糖症にかかって、それが原因だとおもいます。」

と、彼は答えた。

「なるほど。ムコ多糖症というと、知的障害が合併するといいますが、それは無かったようですね。そうなると、日本では非常に珍しいですね。そういうことなら、背負ってさしあげますから、切符を買ってください。」

ジョチさんはそう言って彼を背中に背負った。これによって彼はやっと切符売り場のボタンに手がとどき、切符を買うことができた。

「どうもありがとうございます。」

彼はジョチさんの背中から降りた。

「あの、失礼ですが、本日のお礼を差し上げますので、お二人のお名前と住所を教えていただけないでしょうか?ほんとに、それ以外に個人情報を悪用することはありませんから?」

「いやあ、お礼は必要ありませんよ。こんなことは当たり前のこととして、きちんと実行できるようにしないと。」

ジョチさんは、そういう彼にお礼を断ろうとしたが、

「でも、うちの会社の上司が黙っていないと思います。」

と彼はいった。

「上司ということは、どこかで働いていらっしゃるのですか?それは感心ですね。ちなみにどちらの会社で?」

ジョチさんがきくと、

「はい、子どもの新聞という会社です。」

と、彼は答えた。

「はあ、それはつまり佐藤絢子さんが、経営している会社じゃないか。」

と、杉ちゃんがいった。

「ええ、社長と知り合いなんですか?」

彼がまた聞くと、

「知り合いといえば知り合いだけどね。それで、佐藤絢子さんは元気なんだね。それならなおさらお礼はいらないよ。」

杉ちゃんはそう答えるが、

「でも、人に何かしてもらったら、何か返すのは、社長の方針なんですよ。僕もこのような姿ですし、誰かの助けをもらわなければいられない状態なんだから、必ずそうなったら、お礼をしろって。」

絢子さんも変な会社を作ったものだと杉ちゃんもジョチさんもおもった。お礼なんて、本来は必要ないものだ。それを、必ずしなければならないなんて、余計に人種差別をさせてしまうようなきがする。

「そういうことなら仕方ないね。もらうか。僕の名前は影山杉三で、こっちは、親友のジョチさんこと、曾我正輝さん。住所は、」

「普段、杉ちゃんも僕も自宅にいないことが多いですから、製鉄所に送ってもらうようにしましょう。こちらがその住所です。」

ジョチさんはメモ用紙に、自分の名前と製鉄所の住所をかいた。

「ちなみに製鉄所はあくまでも施設名で鉄を作る所ではありません。行き場のない女性たちが勉強や仕事をするための場所を提供している福祉施設です。」

「へえ、そんな施設があるんですか。それなら、取材させていただきたいですね。どんな人がきているのか、興味があります。」

ジョチさんが住所を渡すと、彼はそういった。

「いやいや、みなさん重い事情を抱えていますからね。簡単に報道関係者の方に取材をさせるわけにはいきません。」

「それより、お前さんの名前は何ていうのかな?」

ジョチさんの答えに杉ちゃんが、割って入った。

「はい。秋山と申します。秋山和哉。よろしくお願いします。」

彼はようやく名前を名乗ってくれた。

「秋山さんですね、了解いたしました。じゃあ、いつも一時間に一本か2本しかないけど、そろそろ電車が、参りますから、いきましょうか?」

ジョチさんがそういうと、秋山さんはにこやかにありがとうございますといった。そして、車椅子エレベーターで杉ちゃんたちと一緒に、ホームへいった。杉ちゃんには、駅員が乗車手続きをしてくれた。ジョチさんは、秋山さんにも、ヘルプマークをもったらどうかといったが、秋山さんはそれは苦手だと答えた。

そうこうしているうちに、電車は富士駅についた。また杉ちゃんを駅員におろしてもらって電車を降りると、秋山さんは、これから米之宮浅間神社を取材するように言われていると言って、杉ちゃんたちとは、別の出口から、富士駅をでていった。

それから数日が経って。

「こんにちは。」

製鉄所に誰かが訪ねてくる声がした。

「あれ、誰だろう?」

杉ちゃんが、玄関先に出向くと、

「こんにちは、秋山です。この間はありがとうございました。これ、ほんのお礼だけど受け取ってください。本当は宅急便で送ろうかとも考えましたが、それができなかったので、直接こちらにお伺いしたほうがいいのではないかと思いまして、こさせていただきました。」

と言って、全身汗びっしょりになった秋山和哉さんが、両手で丸いものの入った風呂敷包を抱えて、製鉄所の玄関にやってきた。

「はあ、一体何を持ってきたんだよ。」

杉ちゃんがいうと、

「はい。チェリモヤと言う果物が手に入ったものですから、それを持ってきました。これです。」

と秋山さんは言った。

「チェリモヤ、ああ、あのチェリモヤね。良く高級な果物が手に入ったね。でも、悪いけど、残念ながらいま取込み中なので、又後で持ってきてくれるか。」

と言って、杉ちゃんは、奥の部屋に戻ろうとするが、それと同時に、水穂さんが偉く咳き込んでいる声が聞こえてきた。杉ちゃんは、すぐ戻らなくちゃと言って、車椅子を方向転換させようとした。

「そういうことなら僕が手伝いますよ。どっちへ動かせばいいんですか?」

秋山さんは、床の上にチェリモヤをおいて、杉ちゃんの車椅子を方向転換させようとしたが、3尺と4寸程度しか身長がない秋山さんに、車椅子を動かせさせることは無理だった。なんだか、秋山さんが車椅子を方向転換させるには、背伸びをするような姿勢でしなければならず、それは難しいことでもあった。

「もう気にせんでくれ。余計な手伝いは、いらないから。速く、水穂さんところに戻らないとさ、水穂さん大変なことになるから。」

杉ちゃんがそう言うと、相手は反応がなかった。なんだろうと思ったら、秋山さんの大きな褐色の目は、細かく震えていて、涙がにじみ出ているのだった。

「こんなところで泣かないでくれよな。泣くのは外へ出てやってくれるかいな?」

杉ちゃんに言われて、秋山さんはそうですねと言ったのであるが、同時に水穂さんが、激しく咳き込んでいるのが聞こえてきた。ああまたやってら、とはしれない杉ちゃんは、車椅子で部屋に戻っていったのであるが、それと同時に、秋山さんが、

「僕は足だけは速い、、、。」

と小さな声で呟いて、製鉄所の中に鉄砲玉の様に飛び込んでいった。杉ちゃんがちょっと待てと言ってもきかなかった。秋山さんは、なぜかわからないけれど直感で、水穂さんのいる場所を見つけ出してしまい、布団の上で、激しく咳き込んでいる瑞穂さんを見つけ、大丈夫ですかと声をかけながら、背中を叩いたり、さすったりし始めた。秋山さんは、急いで枕元にあった吸飲みを見つけ出し、水穂さんにこれでいいんですねと確認を取って、中身を飲ませた。中身を飲んでもらうと、しばらくは咳き込んでいた水穂さんであったが、数分でおさまってくれて、咳き込むのをやめてくれた。

「ご迷惑をおかけしてすみません。せっかくご来客で来てくださったのに。」

水穂さんが申し訳無さそうに言うと、

「いいんですよ。こういうときは、あんまり喋らないほうがいいです。それより、よく休んでください。寝る姿勢としては、横向きになって寝るといいそうです。」

秋山さんは優しく言った。

「お前さん手際が良いねえ。」

部屋にやってきた杉ちゃんが、でかい声でそういった。秋山さんはその杉ちゃんの言葉には返答せず、まず初めに、水穂さんを横向きにして布団の上に寝かせ、

「暑くても、エアコンの下では掛物があったほうが良いと言うことですので、掛ふとんはあったほうが良いですよ。」

と優しく言って、掛ふとんを、水穂さんにかけた。このときは、咳き込んだだけで、朱肉のような内容物は一切出てこなかった。そうなる前に、秋山さんが止めてくれたのだ。

「お前さんはどっか、病院にでも勤めてたのか?」

杉ちゃんがそうきくと、

「いえ違いますよ。病院に侏儒症の人間が勤められるはずは無いじゃありませんか。ただ、介護施設で働いていたことがあっただけです。」

と、秋山さんは答える。

「でも、介護施設だって、お前さんみたいなピグミーは雇えないだろう。だってお前さんの身長は、4尺も無いじゃないか。」

杉ちゃんがそう言うと、

「はい。そうなんですが、それは普通の介護施設だったらそう思うと思います。だけど、そうじゃない人を収容する施設もあるじゃないですか。そういう人たちは、こちらの方みたいな病気されても治療できないでいるんですよね。だって、自分で意思を示すこともできないですからね。よく、犬や猫と同じだとか、いろんなことを言われましたけど、でもそうじゃないんですよ。ちゃんと、芸術的なものに感動したり、人間の心は持っているんですよ。」

秋山さんはそう説明した。

「そうなんだねえ。つまるところ、知的障害とか、そういう人たちの施設で働いていたってことか。僕らもそうだけど、なんかそういうやつって、施設に閉じ込められる以外、社会参加する方法って無いもんかなあ?」

「そうなんですよ。それは、他の人からも言われていまして、いろんな人達が歴史上でもそれを試しましたよね。でも、それはできないで終わってしまう人が本当に多いですけど。だから家の会社である子どもの新聞では、知的障害がある人に記事を書かせたこともあるんです。」

杉ちゃんがそう言うと、秋山さんはそういった。

「そうなんだ。それでお前さんも、施設をやめて、その新聞の記者になったわけか。」

杉ちゃんが又いうと、

「ええ、そういうことなんですよ。子どもの新聞では、一般的な新聞だけではなくて、障害のある人にも記事を書いてもらって、それを出版するのも仕事にしてるんですね。本当に単純な記事だって良いんです。例えば、暑いので熱中症に気をつけましょうとしか書いていない記事もあります。だけどそれだって、知的障害のある人にとっては、本当におっきな第一歩になることもあるんです。具体的にいつどこで誰が何をどの様にどうしたとか、全く書いていない記事もあるけれど、それを書くには、普通の人の何十倍も苦労していることもありますから。」

「そうなんだねえ。お前さんは、そういう仕事をしていたわけか。それで、ここの取材を申し込んできたのか。さっきも、チェリモヤ持ってきて、こないだのお礼と言っていたが、あれ、ホントは違うでしょう。そうじゃなくて、取材をさせてほしいから、それで持ってきたのと違う?」

秋山さんは、にこやかに答えるので、杉ちゃんはその魂胆をでかい声で言ってしまった。秋山さんは、バレたかと言う顔をしたが、

「でも、ここをもっと世の中に紹介したほうが、社会問題に理解をしてくれる人たちが増えるかもしれません。一度だけで良いですから、こちらを、利用している人にインタビューさせてもらえませんか?」

と、先程の涙を打ち消す様にいった。

「うーんそうだねえ。だけどさ。お前さんも、知的障害のある人の施設で働いたことがあるっていうんだからわかると思うけど、ここにいる水穂さんは、知的障害では無いが、深刻な事情を抱えていて、ちゃんとした治療が受けられないでいるんだ。それは、お前さんが扱った人だって同じ何じゃないのか?ほら、病気の治療させても本人にはわかるまいっていう気持ちがどうしても発生するだろう?それと同じなんだよ。わかるかい?」

杉ちゃんの話に、秋山さんは、少し考えて、

「でも、それを伝えていくことも大事だと思うんです。僕たち報道官は、いろんなところで悪いやつだと言われていますけど、でも、それだって、真実を伝えるために必要だから報道するんでしょう。確かに不安を煽るとか、そういうこともあるかもしれないけど、僕らはただの地方新聞だし、そのようなことはしないつもりですよ。」

と答えたのであった。その熱意がある話し方に、杉ちゃんは大きくため息を付き、

「じゃあ、水穂さんではなくて、他の利用者の取材をしていってくれ。」

と、言った。ありがとうございますと頭を下げた秋山さんは、すぐに玄関先へ向かって走っていき、改めてチェリモヤとカバンを持ってきた。すぐにチェリモヤを杉ちゃんに渡し、タブレットを取り出して、なにか確認すると、

「それでは早速、利用者さんたちにインタビューしてもよろしいでしょうか?」

と言った。杉ちゃんがどうぞというと、秋山さんはタブレットを持って、製鉄所の食堂へ行った。食堂は単に食事をするだけの場所ではなく、利用者たちが、勉強を教え合う場所でもある。通っている学校が違っても、内容さえ同じであれば、勉強を教え合うことは、非常によくあることだった。秋山さんが、失礼いたしますと言って食堂へ入ると、二人の女性が勉強を教えあっていた。ふたりとも制服を着ているが、色が違うため他校であるとわかる。

「こんにちは、子どもの新聞という地方新聞の記者ですが、少しこちらの施設について取材させてください。まず初めにお二人の年齢を教えてください。」

秋山さんが、利用者に声を掛けると、

「あたしは、60歳。」

と赤茶色のスカートを履いた利用者が言った。

「63歳です。」

青いスカートの利用者が言った。

「それでは、お二方はどちらの学校へ通われていますか?」

秋山さんが聞くと、

「望月学園です。と言っても、まだ一年坊主ですけど。」

赤茶色の利用者が言った。

「あたしは、前田高校。あそこは学年で呼び合うことはしないから、学年はありません。今、2年目になります。」

と青色の利用者が言った。

「どちらも通信制の学校ですね。どうして、通信制の学校に入ろうと思ったんですか?」

秋山さんは、二人の話をメモしながらそういった。

「ええ、家の事情で、家事をしなければならなかったので、中学校を出たあと、高校へ進学ができなかったんですよ。だから、60歳になって、子育てが終了して、やっと自分の時間だなと言うときに、高校へ行こうと思ったの。」

赤茶色の利用者はそう答えた。

「あたしは、自分で言うのも何だけど、重い精神疾患にかかってしまって、高校へ行くことができなかったから、今症状が落ち着いてきてそれで学校に通ってるの。おかしな話だけど、精神疾患は、時間が立たないと解決しないのよね。それはね、ある意味、親と同じ年になってみないと、親のしてきた苦労というか、そういうことがわからないから、それまではずっと反撥しっぱなしってことかなあ。」

青色の利用者も答えを出してくれた。

「でもあたしは、学校に行こうとは思ったけど、恥ずかしくて高校に行ってもいいかどうか、ずいぶん悩んだのよ。それを後押ししてくれたのは、水穂さんだったのかな。今でしか勉強することはできないってはっきり言ってくれたから、それであたし、高校に行こうと思った。」

赤茶色の利用者は納得する様に言った。

「だけど、人って誰かに頑張れって応援してもらわないと、一歩も何も出ないものなのよね。あたしも、学校に行く資格なんか無いんじゃないかってずっと思い続けてきたし。それは、誰かのせいじゃないのよ。それは病気の症状なの。だけど、それも時には、全てに従うのでなく、時には症状に言われることと正反対のことをしなければならないときもあるのかもしれない。あたしも、水穂さんが応援してくれたから、今のあたしがあるかな。」

青色の利用者は、しみじみと言った。

「そうですか。水穂さんと言う方は、お二人に取ってそんなに重大な方だったんですね。それでは、意思表示できない人間と同じだと杉ちゃんさんはおっしゃっていましたけど、」

「何言ってるの!あたしたちが今があるのは水穂さんのおかげなのよ。」

秋山さんがそう言うと赤茶色の利用者がその言葉を遮っていった。

「そうそう、彼が、あたしたちの話を聞いてくれなかったら、あたしたちは前に進めなかった。本物の抜苦与楽というのは、こういう人の事を言うのかしら。」

青い利用者もそういった。秋山さんは、タブレットに、手書き入力で抜苦与楽と打ち込んだ。

「そうなんですか。わかりました。本当はそういうところもっと詳しく聞きたいんですけど、それはしてはいけないって、杉ちゃんさんから言われていますので、これ以上はきかないことにします。でも、そういう人物がいたってことを、記事の何処かに入れておきたいと思います。」

「そうなのよ。彼にとっては全然たいしたことないように見えるけど、あたしたちは、おっきな一歩につながったんだから、そこを忘れずに書いてね。」

二人の利用者たちはそう言っていた。秋山さんは、大事なものは表に出ないと、タブレットに打ち込んだのだった。


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小さな幸せと大きな幸せのために 増田朋美 @masubuchi4996

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