第21話

「これは我が謹製の魔術書だ! このいずれかを君達二人に一つずつ進呈しよう!」


 その言葉と共に並べられる魔術書。様々な属性のそれが机の上を占領した。


「でも私、魔法使えないですよ?」


「魔術書はスキルを使用者に刻印するもの。魔法とは関係無い」


 安心しろと不敵な笑みを浮かべつつ、バシレイオスは言葉を重ねていく。

 

「この魔術書こそ我々錬金術師の最高傑作なのだ!」


 その言葉を皮切りに段々とバシレイオスのボルテージが上がっていった。


「魔術書は魔力を流すだけでその者にスキルが刻印され! あたかも生まれ持った才能かのように力を使用することができる! それはまさに人類による神の模倣! いや……神の御業を人の身で自由に操るという時点で、神を超えたと言っても過言ではない!」


 そう言って笑うバシレイオス。


 好きな事になると早口になるタイプか。

 気持ちは分かる。


 言っていることは長々として少し分かりにくいが。

 要は、誰でも魔術書さえあればスキルが使えるという事だろう。


 わざマシンみたいなものだ。


「この都市を創り上げた黎明の錬金術師達はこの魔術書によって力を獲得し! ダンジョンの攻略を進めていった!」


 バシレイオスの演説は魔術書の説明から歴史の説明へと移り変わり、長話の典型をなぞり始める。


「そしてその技術は脈々と受け継がれ、今日まで絶え間なく洗練されてきた。ここに並ぶどれもが一級品の魔術書だ。それを君達にそれぞれ一つずつ進呈しよう」


 ここから更に長くなる事を覚悟していたが、上手くバシレイオスは区切りを付けてくれた。

 途中で喋り過ぎに気が付いたのかもしれない。歳の功か。


 それはそれとして魔術書を貰えるのはかなり助かる。

 これからの戦闘にアレンのスキルだけでは心許ないと思っていた所だ。


「ありがとう。助かるよ」


「魔人を倒した功績で誰からも褒賞を貰わないなんてことはあってはならない。これは私からの心ばかりのお礼だよ」


 そう言って微笑み、バシレイオスは魔術書を示した。


 炎属性、水属性、雷属性、地属性、氷属性、風属性、他にも多数。

 攻撃系統、防御系統、バフ系統、デバフ系統と。


 あらゆる系統の魔術書がそこにはある。


「何か取りたいやつあるか?」


 正直選びきれない程の量だ。


 エルフィを見た。

 もしエルフィが迷って選べないのであれば強いものをいくつか選ぼうと思ったのだが。


 エルフィの視線は一つに向けられていた。


「これにします」


 雷属性、デバフ系統、『精神絶雷エレクトロキューション』 


 敵をスタン状態にする近接技だ。


「なるほど……いいな」


 行動不能にさせるタイプの技はそれだけで戦略、戦術に大きな幅をもたらしてくれる。


 しかも『精神絶雷エレクトロキューション』はこれさえ当てれば格上相手にでさえ勝機を見いだせる強力な技だ。


 ……意外だ。この一瞬でこの数の中からこのスキルを見つけ出したセンス。

 エルフィってもしかして戦略、戦術的な才能があるのか?


 しかし後衛が使う技ではない。

 前衛のタンクがよく使うサポートスキルだ。

 エルフィは後衛の筈だが、何故これを選んだのだろう。


「何でこれなんだ? 後衛用のスキルもあっただろ」


「かっこいいからです!」


「嘘だろ!?」


「嘘です」


 嘘なのかよ。


 俺の反応にエルフィは微笑む。


 だが少し俯いて言葉を続けた。


「この前の戦闘の時、なんだかアレンが遠くに行ってしまったように感じたんです。このまま守って貰ってばかりじゃいつかアレンは何処かに行ってしまうんじゃないかと」


 いつか一人で自由にこの世界を見て周ろうと思っていたのだが……直感的に悟られていたのか。


「だから私もアレンの隣で戦えるようにしないとって思っていたんですよ」


 とうとうと語るエルフィは俺の服の裾を掴む。


 それは脱獄は許さないという気持ちの表れに、俺には見えた。


 近くで監視し、万が一にも戦闘のどさくさで召使いを逃がさないようにするためのスキル。


 エルフィのその行動に俺は何があっても逃げないようにしようと誓った。


「……じゃあ身体能力強化系で良いんじゃないか? そっちの方が汎用性もある」


 それなら俺が逃げたとしても追い付ける。

 というか一時的に俺より強くなるバフスキルもこの中にはあるんだよな。


 それについては黙っておくが。


「なに野暮なこと言ってるんですか!」


 俺の言葉を聞いたエルフィは俺の目を鋭く睨む。


「そんなスキル取ったらアレンに担いでもらって移動する合法的な理由が無くなるじゃないですか!」


「自分で走れよ!?」


「いやです!」


「痴話喧嘩はやめてくれぬか?」


 バシレイオスは咳払い一つすると、少々強引に話を戻してくれた。


「それで、魔術書はそれで良いのかな?」


「あ、はい!」


 まぁ、スキルは本人が一番使いたいものを使えばいいだろう。


「よし、それでは魔術書に魔力を流し込んでみるといい」


「どうやるんですか?」


「魔術書を身体の一部に見立て、熱を送り込むような感覚だ。既に何かスキルが使えるならそう難しいものでもない」


 なるほど、とエルフィは魔術書を持ち集中を始めた。

 すると魔術書が光り輝きその光がエルフィの中に入っていく。


 そして光が収まりスキルはエルフィのものになった。


「よし、これでスキルの譲渡は完了した」


「ありがとうございます! じゃあこれ返しますね」


 言いながらエルフィは魔術書を手渡そうとする。しかし、


「あれ!?」


 魔術書は全てのページの文字が消え、空白の本になってしまった。


「何で真っ白に!? すみません! でもあの私達お金なくて! 弁償は今は難しくて……」


「よいよい。元来、魔術書とはそういうものだ。誰かに自らの技を託し、その役目を終える。それは錬金術師の魂そのもの。受け継がれる篝火は新しく燃え盛り、その光が世界を照らす事でその真価を――」


「あ、じゃあ俺はこれを貰うからな」


 バシレイオスのエンジンがかかり始めてしまったのを見て、俺は得たい魔術書を手に取った。

 エンジンがかかり切る前に止めておくためだ。


「――っん゛ん゛。あ、ああ好きにしてくれ。……少々語り過ぎたな。気にしないでくれ」


 荒い咳払いと共に半ば無理やり話をやめるバシレイオス。少ししょぼくれてしまった。


「私はそういうのとても良いと思います!」


「触れてやるな。こういう時は何を言っても傷つくもんだ」


 それを見てエルフィはフォローを入れた。

 だがきっとそれは逆効果になる。


 俺にも経験があるのだが、オタクは『オタク特有の早口』を自覚した時。自分に向けられる全ての言葉が、自分を責めているように感じるものだ。


 俺の言葉にエルフィは目を細めてこちらを見てくる。

 『なんでアレン如きが繊細な人の心を理解しているんですか』という目だ。


 悪かったなアレンが気を使って。


「とにかく……これで新しくスキルが使えるようになったはずだ。後で試してみると良い」


 バシレイオスは気持ちと共に話を変え、この場を締めようと動き始めた。


「さて、話はこれくらいにするとしよう。これからクエストに行くのだろう?」


「ああそうだ」


「ついでだ。そのクエストは私が受理しておこう。見せてくれ」


 俺が手に持っていたクエストをバシレイオスに手渡した。


「採取か。君達ならもっと高ランクな討伐もこなせそうだが」


「いいんだ。この場所で採っておきたい物があってな」


「分かった。では外へ連れて行こう。長話してすまなかったな」


「いえ! お茶に魔術書! 助かりました!」


「そうか。それなら良かった」


 そして俺達はバシレイオスに連れられ、外へと出た。

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