第3話
来たのは街から近い山の中腹。
メインストーリーでヒロインが奴隷商に捕まった所だ。
俺に追放されて路頭に迷ったヒロインは一人で街を出て奴隷商に捕まってしまう。
その後に主人公に助け出されて俺への復讐を果たすストーリーだ。
「……確かこの辺りだったはず」
ここで待ち伏せしてヒロインが奴隷商に捕まる前に助け出す。
そして謝って許してもらう。
完璧だ。
できれば街で話したかったが仕方ない。
確か夜中に捕まっていたような気がする。もしストーリー通りにヒロインが進むなら夜まで待てば会えるはずだ。
ここでしばらく待とう。
………
夕日の差す森。
高所でできるだけ多くの場所が見渡せる大きな木の上に俺は陣取っていた。
枝に座り幹に寄りかかって、ヒロインを待っている。
VRMMORPG『ファンタジア・オンライン』。
俺が前世で人生の大部分を捧げたゲームだ。
あの時ゴーグル越しに見た世界が直に自分の目に映っている。
「夢みたいだな」
暇潰しに腰に携えた剣を眺める。
本当にここにある。現実だ。
ここまで勢いで来てしまったが、我ながら相当な適応能力だと思う。日頃の妄想の賜物だ。
それに景色は割と見慣れたものだっていうのもある。
ゲームで見たものよりも鮮明だが、そこにあるものはよく知っていた。
いつもの情報に加えてただちょっと、湿った森の匂いと日が傾いて冷たく吹く風の温度、顔を紅く照らす夕陽の暖かさと座っている木の感触を感じるだけだ。
こんなにゆっくりと過ごしたのは久しぶりかもしれない。
就職してからはずっと仕事に追われ続け、心休まる暇なんて無かった。
たまの休暇も溜まった仕事で潰れていき、就職してから一度もこのゲームを触っていない。
昔はあんなにやっていたのに。
徹夜でアイテムを集めて装備を作ったり。
戦略に頭を悩ませながら対人レート戦に潜ったり。
最高効率で金を稼ぐ方法を編み出したり。
ダンジョンを最速で最深へ潜る攻略法を見つけ出したり。
あの頃はとても楽しかった。
それがいつしか物言わぬ社畜になり、よく知らない誰かの利益のために身を削る毎日。
貰える賃金は少なく、休みもほとんどない。自由と幸福を売り渡して何とか生きていくだけの人生だった。
かと言って他に道が無かったのも確かだ。
最初から俺は社畜として死んでいく運命だったのだろう。
「いつからああなったんだろうな」
多分、最初からだ。
どうやったって最終的にはここに行き着いた気がする。
何か才能があった訳でもないしやりたい事が見つかった訳でもない。
漠然と将来は社畜になっているんだろうなと思いながら流されるままに生きてきた。
このままでは社会に自由を奪われるっていうのは何処かで分かっていたんだと思う。
それでもそれに抗おうとはしなかった。どこかでそれでいいんだと思っていた。
死ぬ気で抗っていたら何か変わっていただろうか。
「どうでもいいか」
過ぎた事だ。
今この世界には会社なんて無く、俺を縛るものは何も無い。
夢にまで見たこの世界にやってこれたんだ。
楽しんだ者勝ちだろう。
悪い癖だな。すぐ過去に囚われる。
今は面白いんだ。それで良いだろ。
文字通り俺の第二の人生だ。
ここからいくらでもやり直せる。
とりあえずヒロインの破滅フラグを叩き折って。その後に自由を謳歌しよう。
こんなに綺麗な世界なんだ。
折角なら鮮烈に生きたい。
前世に自分を殺して頑張ったご褒美だと思って存分に楽しめばいい。
「――ん? 誰か来たな」
考え事をやめ、俺は木の下から聞こえた足音に目を向けた。
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