第2話

 大通りに出た。


 大通りはやはり人が多く人探しは容易ではない。

 ここからがむしゃらに探し回っても見つからないだろう。


 このままヒロインを見つけられなけれざまぁルートが進行してしまう。

 その先に待つのは破滅だ。


 何としてもヒロインを見つけ出さなければならない。


「さて、どうやってヒロインを探すか……」


 そう俺が呟いたとき、ズボンの裾が引っ張られた。


「お父さん……?」


「は?」


 下を見ると小さな女の子が俺の事を見上げてきている。

 しかし俺と目が合うと涙目になり小さく悲鳴を上げてしまった。


「アレン……っ!? あ……っ、ぇ……。す、すみ……ませ」


 どんどん女の子の顔は真っ青になり血の気が引いていく。

 そしてそのまま腰を抜かしてしまった。

 まるで神話生物を見たかのような反応だ。


 俺は化け物かよ。


 名前を知られているあたり相当有名なのだろう。こいつに会ったら命は無いと思え的な方向で。


「大丈夫。取って食ったりしないよ」


 言いながら目線を合わせる。


 泣きながら父親を探している所を見るに迷子だろうか。


「迷子か?」


「お父さんと、はぐれちゃって……」


「そりゃ大変だな」


 どうしたものか。

 正直俺は今かなり急いでいる。

 普通なら親を探してやるのだろうがそんな余裕は無い。


 この子には自分で頑張って貰おう。


『悪いな、俺は今急いでるんだ。一人で頑張ってくれ』


 そう言おうと立ち上がると少女は怯えて目を瞑る。

 殴られると思ったのか。

 

 それを見て俺は思った。


 アレンも同じ状況だったら同じ事をしただろう。


 『急いでんのに子供なんかに構ってられねぇ!』


 そんな事を言いながら蹴り飛ばす所まで想像できる。


「仕方ないな。俺がお前の父ちゃん見つけてやるよ」


 俺は手を差し伸べながら言った。


 火急だが、アレンと同じ行動をするのは癪だ。

 身体はアレンだが心までアレンと同じ様になるつもりはない。

 アレンは悪行を積みまくった。その分だけ俺は徳を積んでやる。


「いいの……?」


「ああ、任せとけ」


 言いながら俺は手を差し伸べる。

 意外そうに目を丸くしながらも女の子は俺の手を取った。


 人を探しているなら用は同じだ。

 父親を探している間に偶然ヒロインが見つかるという事もあるかもしれない。


 この子の父親を探しながらヒロインを探すとしよう。


「どこから来たんだ? とりあえず戻りながら探してみよう」


「えっと……あっち」


 女の子は俺の手を引いて歩きはじめた。


 父親もおそらく女の子の事を探しているはずだ。

 であればはぐれた場所を中心に探すはず。


 その周辺を探していればいつか見つけられるだろう。



………


 女の子に手を引かれてしばらく歩くと、宿場街へと着いた。街道沿いに宿が立ち並んでいる。

 広い街道を旅人や商人、冒険者が多く歩いていた。

 彼らのような根無し草が多く利用している街だ。


 女の子はどうやらこの辺りから来たらしい。


「父親ってどんな奴なんだ?」


「優しい顔のアレン」


「悪かったな悪人面で」


「ひ……っ」


 俺が顔を向けると女の子は悲鳴をあげてしまう。

 慌てて顔を背けた。


 悪人面が張り付いてしまっているらしい。いつか直さないとな。


 だけどそんなに俺に似ているのか。

 だから俺と父親を間違えたんだな。


 そんな事を考えつつアレンに似た奴が居ないか見回しながら歩いている時だった。


「何してやがる! その手を離せええぇぇぇぇぇ!!」


 突然そんな叫び声と共に背後からぶん殴られた。


「誰だ!?」


「その子の父親だ!!」


 そこにはアレンに似た風貌の男が立っていた。確かにアレンと比べて顔立ちが優しげだ。


 でもいきなり殴るってどういうことだよ。

 俺の事を誘拐犯と勘違いしたのか?


「ソフィアを傷付けるやつはたとえお前でも許さねぇからな!!」


 父親は女の子を背後に誘導し、拳を固く握って俺と対峙する。

 アレンの事を知っているようだ。


 アレンって悪い方向に有名だからな……。


 よく見ると父親の足が震えている。

 強いという噂も知っているのか。


 戦っても勝てないが娘のためなら命を賭けて戦う覚悟を決めている、と言った所か。


 良い父親だ。


 だが誤解だ。


「いや待て誤解なんだ。迷子だったんで父親を探してたんだよ」


「んなわけねぇだろ!? アレンがそんなことするはずがねぇ!!」


「そうだろうけどさあ!!」


 全く信じて貰えない。

 本当にどれだけ悪行を積んできたんだアレンは……!


「お父さんやめて! 本当なんだよ! アレンは助けてくれたんだよ!」


 しかし聞く耳を持たない父親を掴み、女の子が誤解を解こうとしてくれる。

 それを聞いて父親は言葉を失った。


「………………え? 本当なのか……?」


 あり得ない事に驚きながら、たっぷりと間をあけて父親は拳を降ろす。

 そして信じられないものを見るかの様な目でこちらを見た。


「だから言ってるだろ。襲ってなんかいねぇよ」


「そうだよ!」


 俺は溜め息を吐きつつ両手を上げる。攻撃の意思はない。

 少女も加勢してくれて何とか伝わりそうだ。


「そうか……」


「やっと分かってくれたか」


 興奮していた父親も落ち着いたようで俺も安堵する。


「……いや言わされてるだけだろ!」


 アレンが最もやりそうな事に思い至った父親はもう一度拳を振り上げた。


「バカ! どう見ても本当でしょ!?」


 しかしその父親を後ろから女性が引っ叩いた。

 どうやら騒ぎを聞きつけて宿屋から出てきたようだ。


 奥さんだろうか?


「いやでもこいつが――」


「黙りな!」


 反論しようとする父親を一喝で黙らせる。怖い人だ。


「すみませんアレンさん。夫が取り乱して」


 俺に向き直ると彼女は優しげな笑みを浮かべながら謝罪してくれた。

 どうやら信じてくれるらしい。


 俺も笑顔で社交辞令を返す。


「大丈夫ですよ。よくあります」


「騙されるな! こいつはクソ野郎なんだ!」


「あんたは戻ってな!」


 彼女は宿屋を指差し鬼の形相で声を張る。それを聞いた父親は渋々宿屋へ戻っていった。


「娘を連れてきてくださってありがとうございます」


「俺のこと信じるんですか?」


「貴方の事はよく分かりませんが、娘が嘘をついていない事は分かりました。娘は本当にあなたに助けて貰ったのでしょう」


 娘を撫でながら彼女は言う。母親はそういうのが分かるのだろう。


「よろしければお茶でも出しますよ。いかがですか?」


 彼女は優しい笑顔を浮かべ宿屋を示してくれた。

 どうやらこの宿屋を家族で営んでいたようだ。


 嬉しい誘いだが今は急いでいる。

 女の子の父親は見つかったがヒロインは見つかっていない。

 俺にゆっくりお茶をしている時間は無いんだ。


「すみません実は人を探していて、急がなければならないんです」


「そうでしたか。ではまた今度うちによって下さい。そのときにお礼をさせていただきますよ」


「ありがとうございます」


 俺はお礼を言い、母親と別れる。

 別れ際に女の子が手を振ってくれた。

 良い事をするのは気分が良いものだ。


「さて、これからどうする……?」


 俺は頭を抱えて考え込む。

 

 ここまで一切ヒロインは見かけていない。かなり絶望的な状況だ。

 探す手がかりも無く、行く宛にも見当がつかない。


 一体どうするべきか。


 そう俺が悩んでいる時だった。


「……え?」


 二人が入っていった宿屋から、希望を失い絶望のどん底に落とされたような声が聞こえてきた。


 声の方向を見るとそこに居たのはヒロインだった。

 宿から大きな荷物を纏めて出てきている。 

 確か名前は……。


「エルフィ!」


 偶然の再会に驚くが、ヒロインの見せる絶望の表情に俺は肩を落とす。


 嫌われてるってレベルじゃない。小動物が天敵にでも出会ったかのような反応だ。


 まぁ、なんだかんだ見つかって良かったって事にするか……。


 俺は気を取り直しヒロインに声を掛けた。


「良かった。話を――」


 だが、俺が口を開いた時にはヒロインは走っていってしまった。


「アレンなんかとは話してあげませんから!!」


「待てって!?」


 ヒロインは全力疾走で路地裏へと入っていってしまう。


 そんなにアレンが嫌いか。

 自業自得だな。


 俺も走り、見失わないよう路地裏を覗くがその瞬間。


「『妨害の霧オブストラクション』!」


 ヒロインが叫ぶと煙幕が広がった。

 逃げるためのスキルだ。

 

 すぐに煙幕を払うがもうヒロインは居なくなっていた。


 逃走が本気過ぎないか……?

 それだけ嫌われてるってことか。


 完全に見失ってしまった。振り出しだ。

 また見つける所から始めなければならない。


「まずいな……」


 しかしヒロインを探す手がかりは無い。やれることは、手当たり次第に探して偶然に期待する事くらいだ。


「……いや、あるじゃねぇか!」


 忘れていた。最初から行くべき所を俺は知っていた。


 ゲームのプレイヤーだからこそ分かるストーリーの知識。

 そこに行くべき場所のヒントがあった。


 俺は勢い良く立ち上がるとその場所へと走っていった。

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