ゲーム廃人の社畜男、過労で死んだ先はざまぁ系悪役だった 〜追放したヒロインを助けたらベタ惚れされたんだが〜

小林蓮

第一章

第1話

「エルフィを追放する事にした」


 そう俺の口が動いた瞬間、俺の意識は覚醒した。


 俺の名前は澤村太一。日本生まれ日本育ちの中年社畜だ。

 仕事から追われる日々に身を落とし、ついには過労で死んでしまった事をかろうじて覚えている。


 少し俺はフリーズし、周りを見渡した。


 大きなギルドの酒場だ。

 そのテーブルの1つに俺はパーティーメンバーと共に居た。


 この景色には見覚えがある。

 ここは『ファンタジア・オンライン』の世界だ。


 異世界を剣や魔法で成り上がっていける人気VRMMOゲーム『ファンタジア・オンライン』。


 自由度が高く、この世界に存在するあらゆる職業につけるゲームだ。

 冒険者、騎士、勇者、魔王や奴隷商にもなれる。


 そういえば死ぬ最期の瞬間にこのゲームがしたいと思った。


 ゲームの中への転生ってやつか?


 いや今時ありがち過ぎるだろ。

 流石に何かしら捻ってあるか?


 転生したときの事は既に何回もシミュレーション済みだ。

 とりあえず夢かどうかの確認から。


 俺は慎重にテーブルに触れた。


 そこには確かな感覚がある。

 他にも酒場特有の酒と食べ物の匂いや食べている物の味。

 五感が鮮明に感じられた。

 現実にしか思えない。

 

 だよな。ここまで現実感あるなら夢ではないだろ。


 でも視点が少しおかしい。

 俺のいつも使っているキャラとは目線の高さが違う。


 というか俺……今なんて言った?

 『追放する』とか言ってなかったか?


「分かりました……っ。さようなら」


 俺が目の前の状況に混乱していると、先程の俺の言葉に少女が応えた。


 見覚えのある少女だ。

 確かゲームのメインストーリーに出てくるヒロイン。エルフィという名前だったか。

 悪役パーティーにお荷物として追放される少女だ。

 主人公と共に追放されたパーティーを壊滅させていたと思う。

 いわゆる『ざまぁ系』のヒロイン。


 そのヒロインが悔しそうに涙を流しながら席を立つ。

 そして俺を睨みつけるとそのまま何処かへ行ってしまった。


「おいちょっと待――!」

 

「やったな! 遂に荷物が消え去ったぜ!」

「これで身軽に探索できるわね」  

「本当に何であいつ今までこのパーティに居たんだ?」


 引き止めようと振り向くが、周囲にいた他のメンバーに止められてしまう。


 こいつらはこのゲームのメインストーリーに出てくる悪役だ。


 『パーティを追放されたヒロインが、ヒロインを助けた主人公と共に元のパーティを潰す』というストーリーの悪役。

 そいつらが俺に親しげに話しかけてくる。


 つまり俺は……。


 俺は仰け反るように彼らと距離を取ると鏡へと走った。

 冷や汗が流れる感触を感じながら鏡を見ると、そこには悪役パーティリーダーのアレンの顔が映し出されていた。


「こいつかよ……!」


 過剰に派手な服と武具。

 そして見せびらかす様にぶら下げた分不相応な最高位の冒険者カード。

 どうやら俺は悪役に転生してしまったらしい。

 

 何で悪役なんだ。主人公で良いだろこういうのは……。


 確かに今更普通の転生なんて何番煎じされてるか分からないくらい擦られている。ただの転生ではもはや味がしないのも分かるけどな。

 

 さて……転生ガチャ失敗の不満に酒でも飲みたい気分だが、今はそれどころじゃない。


 さっき俺は『追放する』と言ってしまった。

 このままではざまぁルートまっしぐらだ。


 このパーティー『赤龍の牙』はヒロインの支援スキルで強さを保ってきた。

 そのヒロインが居なくなった『赤竜の牙』は失墜。収入は無くなり信頼も消え失せる。

 そんな絶望的な状況に陥った後。

 主人公に潰され奴隷として売られてしまうストーリーだ。


 それは何としても避けたい。


 とにかくヒロインを探す事だ。

 そして謝る。恨みを持たれたまま別れる訳にはいかない。


「確か外に行ったよな……!」


 目覚めたばかりの頭をフル回転させつつ、俺は外へと飛び出した。


 ギルド前の大通り。

 周囲を見渡すがヒロインは居ない。


 状況把握に手間取って大事な事を見逃したな……。


 ここは大都市フロント。ダンジョンもあって栄えた街だ。

 一度見失った人を探すのは難しい。


「いや待て……そういえばあいつらヒロインの行き先とか見てないか?」


 一縷の望みに賭け俺はテーブルへと戻る。そして挙動不審な俺を珍しそうに見ていた『赤龍の牙』のメンバーに声をかけた。


「おい、お前らエルフィがどこ行ったか見てないか?」


「いや見てねぇよそんなの」

「別に見る必要もないでしょ?」

「それよりさっさとダンジョン行こうぜ。あいつが居なくなったから今までよりもっと進める」


 ああそうだ、ヒロインはこんな扱いだったな。

 このまま調子に乗って破滅していくんだ。


 というかこいつら本当に他人への思いやりとかそういうの全く無いよな。


 もう現実にもここまでの奴は居ないだろ……。

 いや、俺が知らないだけで結構いるのか?


 ま、いいか。


 とりあえず説明しても意味が無さそうだからヒロインは一人で探した方が良さそうだ。


「ダンジョンにはお前らだけで行ってくれ。俺はエルフィを探してくる」


「え? やめなよ、何でそんな事するの?」

「そうだぜ? あんな奴いらないだろ」

「あれはもう無視して行かないか?」


 結構しつこいな。


「そういう訳にはいかないんだよ」


 俺はそう言いながら出口へ向かう。

 だが背を向けた俺の手を一人が握ってきた。パーティメンバーの女性だ。


「待ってよ! 何でそこまでエルフィに入れ込んでるのよ!?」


 入れ込んでるって訳じゃ無いんだけどな。


 いや、都合がいいか?

 

 もういっそそういうことにしてしまおう。そっちの方がまだ信じてもらえそうだ。

 こいつら馬鹿だし適当に言っても信じるだろ。


「いや実はエルフィの事大好きなんだよね」


「何バレバレの嘘付いてるのよ!?」


 嘘って分かるのか!?  

 いや普通そうなんだ。普通は分かる。

 いくらこいつらが馬鹿だとはいえ甘く見過ぎた。

 流石にちゃんと演技しないと駄目か。


 とは言ってもな……何を言うべきか。


 そう迷っていると他のパーティーメンバーが俺を突き飛ばしてきた。

 

「エレカ、アレンは放っておいてやろうぜ。こいつはおかしくなっちまったんだ」


「いや、元々おかしかった。俺達だけで行こうぜ。何かクソムカつく」


 そう言うと三人は行ってしまった。


 イラッとくるな。

 ボコボコにしてやろうか。

 流石ざまぁされるキャラなだけはある。


 いや俺もその一員なんだよ。

 

 とにかく、これでヒロインを探しに行ける。

 結果的にかなり助かった!

 そういうことにしておいてやろう。


 俺は息を吐きつつ、気持ちを切り替え彼らに背を向けた。

 すると――


「オラァ!」


 ――背後から椅子を叩きつけられた。

 椅子は砕け散り、俺は前のめりに倒れ込む。

 背中が鈍く痛んだ。


 まじかよ……こいつら。


 振り向くと下衆な笑みを浮かべるパーティーメンバーの一人。

 後ろで残りの二人もクスクスと笑っている。


「お前な……」


 やってる事が卑怯者のお手本みたいだ。

 若いというか馬鹿というか。


 とりあえずこの馬鹿には言うことがある。


「ここじゃ他の客に迷惑だろ!? やるなら外行くぞ!」


「あ? 怖いのか? そんなこと言って逃げるつもりだろ!?」


 小学生でもそんな煽りしないぞ!?


 いやだからこいつらはするんだ。


 仕方ねぇ。子守は大人の役目だからな。

 ゲーム廃人になるまでやり込んだ俺の腕前を見せてやるよ。


 俺が立ちあがると相手は適当に突っ込んできた。

 分かりやすく単純な直線の突進だ。


「『爆破旋――がぁっ!?」


 相手の攻撃に合わせ、スキル発動前に俺は大きく一歩踏み込んだ。


 相手の間合いをずらし、攻撃を発動前に潰す。


 そして懐に入り込んだ俺は相手を外へと投げ飛ばした。


「手足の直接操作でも結構できるもんだな」


 今まではVRでやっていたからな。スティックとボタンでの操作だった。手だけは自由に動かせたか。

 今は自分の手、指、腕、足を直接動かしての操作だ。


 完全に没入しているようでかなり楽しい。


「てめぇ……! 舐めやがって!!」


 悔しさと怒りで表情を歪めながら相手は幽鬼のように立ちあがってくる。

 そしてまたも単純に突っ込んできた。


「スキル使えよ!!」


 言いながら来る。

 本気で戦わない俺に負けるのが癪なんだろうが、スキルを使ったら周囲への被害は免れない。

 こんなところで使えば本当に犯罪者だ。小悪党じゃ済まされなくなる。


 それに――


「お前何かには必要ねぇよ」


 またも単純に突っ込んでくる相手を俺は組み伏せ、地面へと押し付けた。

 そしてそのまま絞め落とす。


 気絶した事を確認すると俺は立ち上がった。


 本当はアレンのスキルを知らなくて使えないだけなんだが。


 ん? 他の奴らは?


 いつの間にかパーティーメンバーは居なくなっている。


「別にいいか。今はそれより……」


 俺は奥から驚愕の表情で覗いてきている店主を見つけ、彼のもとへ歩いていく。


 かなり店を荒らしてしまった。

 最小限に抑えたとはいえかなりの惨状だ。


「ひっ、何か……?」


 俺が近付くと店主は震えながら恐る恐る口を開いた。


 めちゃくちゃびびられてるな……。

 まぁ、悪名高いアレンが暴れ出したらそりゃびびるか。


 そんな店主に俺は頭を下げた。


「悪かったな騒ぎを起こして」


「え?」


「これ弁償代にしておいてくれ。悪いが急いでるんで行かなきゃならないんだ」


 そう言って俺は懐に入っていた金貨20枚を置いた。


「え? こんなに貰えません! 後で返せと言われても返せないです!!」


 店主は首を振りながら金貨を押し返してくる。


 無理やり貸していると思われてるのか……。日頃の行いだな。


「違う、あげるんだよ。返さなくていい」


「本、当……ですか?」


 よほど信じられないのか目を見開いている。


「本当だよ。じゃあ悪いが急いでるんで」


 俺はそう言ってギルドの酒場を後にした。

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