相棒
夜の八時、そろそろか。もうすぐこの星は終わりを迎える。しかし今はそんなことより黒澤さんとの約束だ、家を出ようと靴紐を結んでいると、携帯から通知音が鳴った。
『賢哉が、あなたと会いたがってる』
賢哉のお母さんからだった。残念だが、前々から約束をしていた黒澤さんの件の方が重要だ。それに、喧嘩別れをしたのに地球滅亡の一時間前に会おうだなんて虫が良すぎる。
『翔馬くん、私のところにも来た。行ってあげて』
今度は黒澤さんからだ。昔は仲が良かったのだから賢哉の家と交流があるのは当然だ。だが、たとえ黒澤さんのお願いでもこれは無理だ。僕は今賢哉に会いに行けるほどお人好しではない。
『できない、今から黒澤さんのところに向かうよ』
賢哉が今どうなっていようと関係ないだろ。僕とお前が会うのは今じゃないだろ。
『賢哉くん、首を吊ろうとしてるって。早くいってあげて、行かないなら私は一人で死ぬよ、覚悟はできてる』
急になんてことを言い出すんだ。でも賢哉が首を吊ろうとしているだって?心に何かがつっかかっている気がする。今はあいつのことなんてどうでもいいはずなのに。
『なんでそこまで賢哉のことを考えるんだよ、意味がわからない』
苛立って語気が強くなってしまった、慌てて送信を取り消そうとするが、その前に返信が返ってきた。
『もちろん、賢哉くんがこのまま首を吊るのは嫌だから。でも、それだけじゃないよ。賢哉くんは親友でしょ?私は、翔馬くんのことも考えてるよ 』
彼女の考えていることが分かった気がする。前に白岩さんが言っていたことを思い出す。ここで賢哉を助けなかったら、僕は死ぬ直前に後悔する。よし、行こう。
一言だけ返信をして、僕はドアを勢いよく開けて家を飛び出した。
『分かった。でも死ぬなんて言うなよ。まだ生きたいんでしょ?』
息を切らしながら何とか賢哉の家に辿り着いた。ドアの前に賢哉がいる。恐怖か、怒りか、悲しみか、顔が歪んでいる。正気では無さそうだ。
「賢哉、とりあえず落ち着け」
「翔馬、お前なんでそんなに希望に満ちた目してんだよ、死ぬこと受け入れてるんじゃねえのかよ!」
突拍子もなく賢哉は叫んだ。
「僕はこの数日間で色々なことを経験して、生きようと思ったんだ」
「は?生きる?一時間後にこの星ごとお前は死ぬんだよ!変な希望持ちやがって、お前はいつもそうだ、自分を漫画の主人公かなんかと混同しているじゃないのか?お前の考えてることなんて所詮夢物語なんだよ!」
「僕は生きたいと思っている、これだけで十分だ。それにこんなことを話しに来たんじゃない。俺はお前の元親友としてお前が首を吊って死ぬのを止めに来たんだよ」
「隕石なんかで苦しんで死ぬより首吊って死んだほうが楽だろ!俺はこのまま隕石が落ちてくる前に死んでやる!」
恐怖からか、賢哉は錯乱しているようだ。どうすればこいつを止められるだろうか。
昔の話を思い出した。賢哉との思い出はたくさんある。何せ僕たちは親友だったから。
こんな昔のこと賢哉は覚えてないかもしれないし、これを言って気持ちを変えられるなんてそれこそ夢物語だ。だが、今はやれることをやり尽くさないと。後悔したくないから。
「賢哉、お前は僕のことを『相棒』だなんてダサい呼び方してただろ!」
「いつの話だ。それがどうした」
「お前は『ヒーロー』なんじゃないのか?」
賢哉は目を見開いた。どうやら覚えていたみたいだ。
「俺は『ヒーロー』だっていうセリフを何回聞いたと思ってるんだ、『ヒーロー』は挫けないんじゃないのか?」
「俺はそんなもんじゃねえよ。第一、その名ばかりの『ヒーロー』は誰も救っちゃいねえよ!」
「僕は一人だけ知ってる、ダサくて名ばかりで臆病者の『ヒーロー』に助けられた人を、『ヒーロー』に生きたい理由をもらった人を知ってる!」
「そんな嘘…、嘘なんてないか。お前は危なくなったら逃げるしすぐ人を見捨てるような人間だが、お前の口から嘘を聞いたことは無かったな。」
僕の親友だった。いつものように笑っている。幸せな日常に、戻れた気がした。
「なあ、最後まで立ち向かってみないか?『相棒』からのアドバイスだ」
「『ヒーロー』は泣いてはいけないっていう決まりは無いよな…」
そう言うと賢哉は大声で泣き出した。僕は元親友の肩にそっと手を置いた。
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