死の直前
ザバーン、波の暴れる音が聞こえる。潮風が夏の温まった体には心地がいい。今日は海に来たのだ、黒澤さんと。いつもクールに生きてきたはずなのに、少しドキドキしていた。
太陽の光が海に反射して、輝く。その光は眩しくはないけれど、とても明るい。
「いやー、海ってもんはいいね!心も洗われていく気がするー!」
黒澤さんはいつものように元気な様子だ。さっきまでドキドキしていたのに、自分の子供を見ているみたいで微笑ましい気持ちになった。
この夏、黒澤さんくらいしか遊び相手がいないのでよく遊んできたが、最近更に仲が深まった気がする。親友とも喧嘩別れしたままなので、今気軽に話せるのは彼女くらいだ。
しばらく海水浴場で遊んでいると、黒澤さんが浜辺で立ち止まった。
「あ、財布落ちてる」
革製のいかにもな財布だ。それを拾い上げると、少しぽっちゃりした男の人が走ってきた。それに続けて男女が数人集まってくる。
「あったー!拾ってくれてありがとう、君たち!」
ぽっちゃりのお兄さんがそう言って黒澤さんから財布を受け取った。
「僕はあそこにある大学で研究をしている、白岩というんだ、よろしくね!」
「白岩さんも地球が壊れる前に遊びに?」
黒澤さんがまた質問を投げかけた、もう慣れたものだ。
「いーや!これは休暇、僕は明日からまた大学に行って極秘任務を進めなければならない!」
その答えに黒澤さんは目を輝かせた。
「極秘…任務ですか?」
白岩さんはそれきた、という感じで
「ああ!僕たちは大学の研究チームでね、元々は機械工学系の研究をしていたんだけど、今は隕石の件でそういった研究者の卵たちは対隕石用の対抗策を作る為に召集されているんだよ。もっとも、応じる人数が少なすぎて研究はほとんど白紙のままなんだけどね」
「致死率百パーセントの隕石を止めるための研究を?」
たまらず僕も質問してしまった。
「ああ、確かにあの隕石の致死率は百パーセントだけれど、それは当たればの話だ。僕たちの天才的頭脳で隕石の挙動の穴を見つけ出し……」
熱弁する白岩さんの後ろにいた研究チームの仲間が口を挟む。
「もうやめとけ、白岩。ごめんな、君たち、こいつは熱中すると止まらないタイプでね」
白岩さんはハッとしたように喋るのをやめた。
「皆さんは、なんで他の人と同じように研究を投げ出されなかったんですか?」
白岩さんはメガネをくいっと上げた。仲間たちはやれやれとジェスチャーをする。
「僕たちはね、隕石で全てが終わると思ってないし、思いたくもない。少しでも隕石を止められる可能性があるなら、研究に尽力するまでだよ」
「もし失敗した時のことは考えないんですか?」
またデリカシーの無い質問だ。こちらもやれやれとジェスチャーをする。研究チームの人たちはそれを見て笑っていた。
「もちろん、考えているさ。もし、研究もせずにただ死を受け入れて待っていたら、死ぬ直前、後悔してしまうと思うんだ。もしかしたら、まだ生きられたんじゃないかって。研究して、もしそれでも止められなくて死ぬ瞬間、言い方は変だけど、僕は僕に自信を持って死ねるよ。お疲れ、頑張ったなって」
仲間たちは白岩さんのことを誇らしげに見つめる。あれが仲間というものなのだろう。僕もこのまま死を受け入れたら、後悔する時が来るのだろうかと疑問に思う。
黒澤さんは納得した感じで深く頷いた。
「貴重なご意見ありがとうございました!研究応援してます!…ところでそんな大義名分があるのになんで海に?」
「え、えーと、こいつらが海に行きたいと言うから、仕方なく来たというか……」
「白岩?研究室暑すぎるから海に入らないとこれ以上研究できないとか言ってたのは誰だ〜?」
「ご、ごほん!それでは、君たちもお元気で!」
そう言うと、白岩さんは慌てて走っていった。ぽっちゃりなのに凄い速さだ。その後を研究チームの仲間たちが追いかけていく。
波に押し上げられてしまったのだろう、魚がピチャピチャと砂浜で飛び跳ねている。潮が満ちるのを待っていた魚の死体もいくつか見える。魚はそのまま跳ねて、跳ねて、なんとか海に戻ることができた。
これまでの苦労がなかったかのように、当たり前のようにまた泳ぎ始める。
「ふふ」
黒澤さんは笑って僕を見た。思わず顔が赤くなる。幸い、太陽の光で僕の顔は彼女にははっきりと見えないだろう。僕もまた、彼女がどんな顔をしているか、よく分からなかった。
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