幸せな日常
「ふふふ、こんな夜によく来てくれたね、藤島クン。今日は神社巡り、プラス肝試し!共にスリルを味わおう!」
やけにハイテンションだ。それに私服を見るとやはり美人だなと思わされる。僕も肝試しは人生初だ。少し緊張する。
「隕石で死ぬのは怖くないのに、お化けは怖いの?ほんとは隕石も怖いんじゃないの〜」
どうやら心の内を見透かされてしまったらしい。確かに、隕石による死は受け入れられている。前日になれば恐怖に襲われるのだろうか…とにかく、今はこの虚構の夏休みを楽しもう。
黒澤さんに案内されて入った神社はおどろおどろしい雰囲気がたっぷりだった。神職の人も隕石のせいでいないのか、手入れが施されていないのが怖さを増強させていた。
蝉は夜でも休まず音を奏で続ける。たった一週間の命なのに鳴き続ける。分かっている、別に意図があってやっているわけじゃない。本能によるものだ。
「神社の人くらいこういう時こそ神様信じて祈るもんじゃないのかな、おみくじとかもそんなものだって考えちゃうと、ちょっと寂しいね」
そういえば去年の年末に引いたおみくじは大吉だった、騙された。
「翔馬くんって神様信じる派?信じない派?」
「僕はそんなに信じてないかな」
「私は信じてる派!隕石は多分巨大化した神様が素手で止めてくれるよ」
ゲームの世界観のようで、想像すると少し面白い。僕は神様はいないと思うが、いてくれたらいいな、とも思う。
「──ねえ、お墓じゃない?ここ。なんで神社にお墓があるの…」
本当だ。いつの間にかあたりにお墓が広がっている。
「ちょっと待って、あそこに人がいる」
僕が指差したのは白い髪のお婆さん?のような人影。しかし今はもう夜だし、隕石衝突の数日前にこんな所に人がいるとも思えない。
「しかもあの人泣いてるよ…」
確かにしくしくと泣き声のようなものが聞こえる。怖いはずなのに足はどんどん影の方へ向かっていく。ここで黒澤さんが体制を崩し、ポキと木の枝が折れる音がした。
「あ」
その後に気づいて老婆が振り返る。
「ぎゃあああ!」
その老婆には顔がない…ことはなく、普通のお婆さんだった。
「どうしたんだい、急に叫んで」
とても優しい話し方だった。
「す、すみません──」
「なるほど、それで私を山姥かなんかと勘違いしたんだね。あたしはただ墓参りしていただけだよ。毎晩ここに来ているんだ。」
「どなたのお墓ですか?」
「四十年くらい連れ添った夫だよ。数年前持病が悪化してしまってねえ」
「お婆さんは隕石が衝突するまでの時間、もうちょっと遊んだりしないんですか?」
僕はまずいと思い黒澤さんにこれ以上は辞めておくよう耳打ちするが、お婆さんはそれに気づいて大丈夫というふうに首を振った。
「私は、夫が死んだ時それを追おうとしたんだよ。子供や孫にまで止められてなんとか踏みとどまれたんだ。情けないもんだね。私はそれから夫に私が死ぬまでのことを伝えるために毎日日記をとっていてね」
お婆さんは手に持っていた日記をぺらりとめくって見せてくれた。優しい筆圧で書かれた文字で色々なことが綴られている。所々雨か、涙か、濡れた跡も見える。
「亡くなったお父さまはお婆さんに最後はもっと楽しんで暮らして欲しいと思っているんじゃないですか?」
黒澤さんは続けて質問した。
「ふふ、良いことを言うわね。だけど、毎日自分の作ったご飯を食べて、他の友達と話して、夜に夫の墓参りに行く。この日常が私にとっては一番の幸せなのよ。それに、私はこれが最後だとは思ってないわ。この日記、分厚いノート買っちゃったのよね、全部使い切らないと、お金もったいないでしょ?」
お婆さんはにっこりと笑った。お爺さんはこういうところに惹かれたのだろう。お婆さんの弾けるような笑顔は自然と僕らも笑顔にさせた。
「それがお婆さんの、生きたい理由なんですね」
黒澤さんは笑っている。また、あの希望に満ちた目でお婆さんを見つめて。
「ええ。さ、もう良い子は寝る時間よ、というかあなたたち、どこから来たの?そっちは山よ」
背中に何か冷たいものを感じた。
「あのー、あっち側に神社って…」
恐る恐る聞いた。体はもう半分凍りついているようだ。
「無いわよ」
僕たちはぎゃーと叫びながら走って家まで帰った。後ろを振り返ると、お婆さんがいたずらっぽく笑いながらこちらに手を振っているのが見えた。
風が吹いてあたりの草木が揺れる。そういえば、草や木は生きたいという思考が働いているわけじゃないのに、なんで生き続けるのだろうか。大切なもの、守りたいものがいなくてもそこにあり続けるのに何か意味はあるのだろうか。
分かってる、ただ本能がそうさせているだけだ。いつか僕は人は生きる意味が無いのに生きていると言ったけれど、ただの植物でも、何か生きる意味を持っているのかな。
夏とはいえどあたりはほとんど真っ暗だ。足元がはっきりとしないが、雑草を踏まないよう気をつけながら帰路に着いた。
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