生きたい理由
学校から出て少し歩いたところで一旦休憩を取った。学校を走ることなんてそうなかったので、いつも歩いていたはずの場所で途中何度もこけそうになった。
「翔馬くん、助けてくれてありがとね。まさかあんな大胆な行動をするとは…」
「いや、僕のやりたかったことをやっただけだし、今は清々しい気分だよ」
伝えたいことを伝えるというのがここまで気分の良いことだとは思いもしなかった。黒澤さんも助けられて一石二鳥というところか。
一息ついていると自転車がこちらに向かって来るのが見えた。自転車には見知った顔が乗っていた。
「おお、藤島くんじゃないか!隣にいるのは、彼女かい?藤島くんも隅に置けない男だな!」
危なかった、隕石が来る予定がなければこの人に黒澤さんと一緒にいたことを言いふらされていたところだ。
「違いますよ、武藤さん。この人は友人の黒澤さんです」
黒澤さんは頬を赤らめながら軽く会釈をした。いくら天然といっても武藤さんのような筋骨隆々の人を見ると緊張してしまうようだ。
「武藤さんはここで何をしているんですか?今新聞を読む人なんていないでしょ。というか、まだ新聞が発刊されているんですね」
「ああ、世間では豪遊している人が多いみたいだな。だが俺は一流企業に就職するため、まず資金を集めねばならん」
武藤さんはニッと笑った。焼けた肌と対照的な真っ白の歯だ。
「また落ちちゃいますよ。しかもつい昨日隕石による死亡率は百パーセントだと分析結果が出たじゃないですか」
言ってしまった、と思った。彼は生きることを諦めていないのに。
「ハハハ!君は辛辣だな。知っているだろうが、僕には子供と妻がいる。豪遊して生き残ったら合わせる顔がないし、仮に死ぬとしても…」
言いかけたところで口を閉じた。少し目が潤んでいるように見える。
「ごめん、君たちに聞かせるような話ではないな、デート楽しんでくれよ!」
「待ってください。…聞かせてください、あなたが生きたい理由を」
さっきまでもじもじしていた黒澤さんが急にこう言ったので、僕らは驚いて顔を見合わせた。やがて武藤さんはもう一度ニッと歯を見せて笑った。
「ハハハ!藤島くんの彼女なだけあるね!教えてやろう、大した理由だと思えないならそれでいい。…子供たちはまだ生まれて数年なんだ。つい最近になって、来年身につけるランドセルの色を何にしようか調べ始めたところだ。俺は俺の子供たちを怖がらせたくない。もうすぐ隕石が落ちて死んでしまうという恐怖を感じさせたくないんだ。できれば、最後は家族全員でパーティーでもしながら死にたいと思ってる。俺はあいつらのパパなんだ。俺は、パパとして死にたい」
彼の目から涙がボロボロとこぼれ落ちた。
「少しでもお金を稼いであいつらを楽しませてやりたい。パパの子供でよかったと思ってもらえるような生き方をしたいんだ。あいつらに俺の葬式を見てもらうまで、俺は死ぬわけにはいかないし、あいつらを死なせるわけにもいかない」
僕はなんと言っていいか分からなかった、あんなに元気な武藤さんがここまで泣くとは、想像もしなかった。
「武藤さん。私にはお父さんはいないからあまりそういうことは分からないけど、武藤さんはいいお父さんだと思います。なんとなく、そんな気がします」
黒澤さんも泣きかけていた。生きたいと思う人たちのことが少しわかった気がする。理由があるから、大切なものがあるから、生きたいんだ。
「こんなところで泣いてちゃいかんな!君、いい彼女を持ったね。では、末長くお幸せにな!」
そう言って涙を拭うと、大きな足で自転車を漕いで去っていった。黒澤さんは僕の友達だと否定する暇もなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます