もしも地球が滅ぶなら

大根のおひたし

変わってしまったもの

「じゃあ、出席とるぞ。会田、青山、鵜飼、向田……以上三十六名が欠席だ。出席は黒澤、小村、野崎、藤島の四人だ。俺は帰るから後は適当にやっておけよ」


 僕たちの担任が教室に入ってきて最初に発した言葉だった。そしてそのまま教室のドアをガラリと開けて出て行った。


 彼は生徒に親身に接してくれる良い先生だった。つい三日前までは…とはいえ、このクラスはまだマシな方だ。五組では先生が生徒に暴力を働いたらしい。五組の担任は個人的に嫌いだったので本性見たりという感じだ。


「ねえ、翔馬くん。死んじゃうまでに何かやりたいこととかある?」


 隣の席の黒澤さんだ。彼女は天然なのか抜けた発言が多い。もっとも、この質問もその類いだろう。少し返答に困る。


「うーん、特には無いかな。正直人間なんて大して生きる意味もないのに無理して生きてるだけだと思うし」


 若干冷たい回答だったかもしれないが、僕の本心を伝えたまでだ。黒澤さんは少し頷いて何かを考える素振りを見せると、


「ふーん、そうなんだ。私は死にたくないなー、もっと友達作って、もっと遊びたかったな」


 と言ったが、僕はあまり納得ができなかった。仲の良い友達も、優しい大人も、本性はこんなものだ、というのをこの一件を通して知ってしまったからだ。


「どう考えるかは人それぞれだし、確かに一理ある」


 とりあえず同意した。僕が納得できなくてもこれは黒澤さんの思いだ。否定していいものではない。


「でしょでしょ。あとできたら神社巡りはやりたいなー、それに隕石が落ちる直前に星空を眺めるのもロマンチックでいいなー」


 もうすぐ死ぬというのに、彼女の目は希望に満ち溢れていた。隕石が落ちる日の次の日のことを考えているようだった。これも彼女の天然からきたものなのかもしれないが、僕は羨ましかった。隕石が落ちて死ぬことは受け入れられているはずなのに。


 不意にガタンと机を蹴る音がした。男女二人組が早足でこちらに向かってくる。


「お前らさ、もうすぐ死ぬやら隕石やらうるさいんだよ。こっちは死ぬのが怖いっていうのに」


 怒りの混じった大きな声だった。黒澤さんは驚いたのか、少しビクッとした。


「そうよ。私たちはまだ生きたいの。あんたたちみたいな死を受け入れられる奴らだけが死んだらいいのに。今更死を恐れないふりをして格好つけてるの?本当に気持ち悪い」


 野崎さんと賢哉だ。彼らもつい数日前までは誰にでも優しいクラスのマドンナと頼もしい一番の親友だった。みんな変わってしまったんだ。死の恐怖を他人を攻撃することで和らげようとする。そうは思いたくないが、人間の本質というものなのかもしれない。


「違う、私はまだ生きたいし、翔馬くんも別に死にたがってるわけじゃない。あなたたちこそ、死ぬのが怖いからって八つ当たりしないでよ」


 黒澤さんは二人を睨むようにして反論した。彼女は言葉選びに躊躇がないから、よく人を怒らせるのだ。


「は?何言ってんの、お前。地球滅亡でいじめられる心配無いからってでかい態度とりやがって!」


 そう言うと野崎さんは勢いよく黒澤さんの机を蹴った。しかし彼女はまだ睨むのをやめない。その目に恐怖を感じたのだろう、野崎さんは一歩後ずさった。


 よし、一つやりたいことができたぞ。僕はゆっくりと立ち上がってこう言った。


「野崎!表ではマドンナぶってたみたいだが裏でお前が校則違反しまくってるの知ってるんだからな!この悪女!」


 ついに言ってやった。面倒ごとになるから言うのは避けていたが、地球滅亡ってのも案外悪くない。


 黒澤さんの手を引っ張って教室を抜け出した。何やら喚いている声が聞こえるが、十分距離が離れたのでもう聞こえることはない。









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