第15話 あなたにだって好き嫌いはある


 アリス・マーケッタ。



 ベルゼ王国が誇る大商会――マーケッタ商会の三女。人やモノの値段を数値化する『鑑識眼』の固有スキルを持ち、冒険者学校には将来のギルド運営を見据えて入学したと豪語する才媛である。



「アリス……」



 カーラが立ち上がって、アリスを見下ろした。

 アリスの背丈はレンと同程度であり、周りの取り巻きたちよりも頭ひとつ分低かった。

 癖のある紫髪を両側の後ろ側頭部で結び、ツインテールにしている。

 今からでも歌い出さんばかりに、小ぶりな胸に手を添えて、アリスは話し始めた。



「なぁにその格好? 草刈りでもしてたのかしら、あんたたち」



 アリスはスカウト用の紫のフードマントを羽織り、スポーツブラのように胸部だけを隠す紺の上着を身につけていた。

 へそを恥ずかしげもなく露出し、下半身は紺色の半ズボンと革のブーツを装備している。



 アリスの格好は、いかにもスカウトとして頑張ってますよ、といいたげな格好であった。

 後ろの取り巻きの連中も授業後すぐのため、職業に応じた服装を身に着けている。



「私たちは保健の授業を受けていたところでね、いま終わったところなんだ」



 カーラが状況説明する。

 大真面目に回答したカーラを、アリスは鼻をならしながら嘲笑った。



「訓練でみかけなかったから、てっきり家に逃げ帰ったかと思ったわ。そっちのちんちくりんも。……それが、保健の授業? じょーだんでしょ? 兎にやられて、頭までおかしくなったのかしら? 真面目にやる気あるの?」



「えー保健〜?」



「選ぶ人いたの?」



「意図はなんなんですかね?」



 アリスと取り巻きたちが失笑まじりに言ってのける。

 あなたは腕の中のレンの体が強張るのを感じた。

 横から眺めるカーラの顔も険しく、底冷えした声をあげる。


 

「――アリス」



「ほんっと、こんなのと一緒に組んだって事実がもう恥ずかしいわ。自分の目が時たま嫌になるわね。……ねえ、学校辞めてくれない? 今後、あんたたちポンコツ三人と組まされて、価値が下がる人が可哀想だし」



「アリスッ!」



「だってそうでしょう?」



 カーラの怒号も涼しい顔でアリスが受け流す。

 不敵に笑いながら、アリスは言った。

 


「かたや、ソードマン家の落ちこぼれ。天才の姉と妹に及ばず、実家から見限られて冒険者学校に送られた。かたや、校長の孫とその従者だからって理由で入学できた男二人。三人とも、先週まではまだ価値はあったのに、今や腑抜けの値段になってる。私の目は誤魔化せない。……自分の価値も、仲間の価値も下げる人間なんてね、この学校にはいらないの」



 あなたは拳を握りしめた。

 よくもまあ、ここまで人のことを馬鹿にできたものである。仮にも臨時パーティを組んで、激怒の兎の牙から逃してもらった人間の言う台詞ではないと、あなたは思った。



 あなたは立ち上がって前に出る。

 悔しさに震える三人とアリスたちの間に立った。

 そして、それはあなただけでなかった。



「――いい加減にしてよ」

 


 ミカエラが矢面に立つ。珍しく、彼女は怒りを滲ませていた。



⬜︎



「ミカエラ・ヒーロイック、モブ・アイカータ」



 アリスは目を細めてあなたたちを見上げた。

 算盤を弾き終えたようで、先ほどとは打って変わってアリスは朗らかな笑みを浮かべる。

 


「あなたたちは、価値ある人間ね。今度一緒にパーティ組んでみない?」



「今のやり取りの後、よくそんなことが言えるね?」



「言えるわ。あたしは価値あるものは評価するもの」



 ――じゃあなんスか、この三人は無価値とでも言うんスか?



「そう言ってるの――」



 アリスが言い終える前にミカエラが右手を振り抜いていた。アリスが自分の左頬を押さえる。あなたもアリスも目を見開いて、眼前の光景を眺め見た。



「……っ!?」



「カーラもレンもシモンも無価値なんかじゃないっ! 三人に謝れ!」



「こん、のっ!! 手を、手をあげたわ――」



 あなたは反対側の空いているほうに狙いを定めて振り抜いた。

 じんとあなたの左手の先が痺れる。



 アリスが右頬を押さえる。信じられないものを見るかのように、潤んだ紫の瞳があなたの姿を捉えていた。



 ミカエラも、カーラも、レンもシモンも。

 アリスも取り巻きたちも。

 みんながみんな静まりかえって、事の衝撃を噛み締めている。



 ――ついでだ、俺の分も貰ってくれ。



 ミカエラよりもインパクトがあったようで、あなたは大変満足した。

 

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