第12話 あなたの実家に買い物に行こう②



「ね、これとか、どうかな?」



 あなたの前で、ミカエラが麻布で仕立てられた象牙色のチュニックと、それと同じ色合いの長いスカートを着た状態でターンをして見せた。



 スカートはミカエラの足首まで垂れ下がり、ミカエラがスカートの裾を翻した結果、熟練の織工によって施された縞模様がかすかに店内のランプ光を捉えては輝いた。



 ミカエラの上着からサンダルに至るまで、色調は白で統一されている。

 ミカエラの髪の毛先は銀の糸のように動くたびに輝きを変え、銀髪と白衣の調和は、ミカエラの存在を一層と際立たせていた。



 あなたが拍手する横で、あなたの弟はあなたに耳打ちするかのように言った。



「……兄ちゃん。この人、すごい男っぽくない?」



 ――お気づきになられましたか。



「えぇっ、それってどういうこと!?」



カゲの発言に、ミカエラが両手をあげてわずかに仰け反ったような姿勢をとる。



「なんか、服の感想求めるとことか、男子度高いよ」



「い、言われてみれば……!」



 ――まあ、元男だし。



「どういうこと?」



 ――実は……。



 あなたは弟に事情を説明する。

 得心がいったのか、あなたの弟は頭の後ろで手を組みながら頷いた。



「はえ〜。そんなことあるんだね」



 ――なんで、服とか下着とか新しいの買いに来たってワケ。



「兄ちゃんも商売人だねぇ」



 ――だろ?



「……二人はなんだかすっごい、サバサバしてるよね」



 ミカエラが珍しいものを見るかのように言った。

 実際に珍しいことなので、あなたは特に反論しなかった。



「よく言われるよ。女の子に混じって遊んだ方が楽しいし」



「モブくんもそうだったの?」



 ――俺は……。



「兄ちゃん? 兄ちゃんも昔っから女の子と遊んでたよ。その割にドーテーだけど。遅れてるよね〜」



 あなたは盛大に吹き出した。

 弟が唐突に振りかざした言葉の刃に、あなたはうろたえ、立ち竦んだ。

 


 うろたえているのはミカエラも同じだったようで、顔を真っ赤にしながら口をぱくぱくしていた。



「ど、ど、ど……っ!?」



「あ〜……ミカエラの兄ちゃん? もそんな感じか〜。なんだかごめんね?」



 ――おいこら愚弟。もしかして、お前……?



「てへっ☆」



 ジーザス! 

 あなたの弟はウインクする。

 お先に失礼された事実を知り、あなたは心の中で泣いた。



「もうミカエラ兄ちゃん? も女なんでしょ。だったら、二人ですましちゃったら? 仲も悪くなさそうだし」



 しれととんでもないことを言い出す弟に、あなたはとうとう怒鳴りつけそうになった。



 その気になったらどうする!? 

 こちとらことが終わるまで禁欲なんだぞ!!

 そう、あなたは叫びたかった。



「……そ、そ、その、僕は男に、戻りたいし、モブくんは、すっごい魅力的だけど、その……、あの……」



 ちらちらとあなたに目配せしながら、しどろもどろな口ぶりでミカエラが言う。

 両方の人差し指を胸の前でくっつけては離し、ミカエラの目は完全に泳いでいた。



 ――魅力的な提案だけどな。そんな関係じゃないし、男に戻りたい子に、無理やり迫るなんてしたくないな。それにもう俺は冒険者学校の生徒なんだ。色恋にかまけてる暇はない。



 嘘である。

 あなたは原作設定を忠実に守ろうとして童貞でいただけであって、実はヤってよかったと当時知っていたら、ためらいなくあなたはヤっていた。



 近所のミクちゃんがあなたの股間をキャンディーに見立て、わざとくわえそうになったときもあなたは身を引かなかっただろう。

 なんならペナルティがなければあなたは今もしたいと思っている。



 これほどまでに過去に戻りたいと思ったことはない――あなたは内心で嘆き続けた。



 あなたの無難な返しに、ミカエラが複雑な表情を浮かべたのを、あなたは見逃さなかった。

 安心なのか、残念なのか。

 どちらとも取れる顔であった。

 男に戻りたいんじゃないんかお前と、あなたは言いたくなった。



「ふーん、冒険者学校って大変なんだねぇ」



 何も事情を知らず、無責任な発言を続ける弟のことを、あなたは少し羨ましく思った。



⬜︎



 ミカエラが買った衣服を仕立て直ししている間、あなたはミカエラを置いて市場に繰り出し、自分の用を済ませていた。

 買い物を終えたあなたとミカエラは、収納袋に買ったものをしまう。

 あなたたちは帰り支度を始めていた。



「え〜!? 兄ちゃん晩飯食ってかないの〜!?」



 ――入学して一週間も経ってないのに帰らんって。予定もしてないし。



「俺だけ兄ちゃんに会ったのばれたら、姉ちゃんたちに俺殺されちゃうよ〜っ! 晩飯だけでもいいからっ!」



 ――んなわきゃないだろ……。冗談乙。みんなによろしくな。



「冗談じゃないってば〜っ、に〜ちゃぁーーんっ!」



 ――へいへい。人の性事情を勝手にばらした罰だ罰。来月は泊まるから、そん時にな。じゃ、またな。



 あなたはぽんと弟の頭に手を乗せて言う。

 涙目を浮かべる弟と店番の女性に別れを告げた。



「ゔぅうううう……」



「お、お邪魔しました!」



「はい、またのお越しを。ぼっちゃん、またいらしてくださいな」



 そうしてあなたたちは帰路に着いた。



⬜︎



 夕暮れ時。

 西陽を背に受け、あなたとミカエラは喧騒が止んだ商業街道を隣り合って歩いていた。商業街道をそのまま進んで、30分もすると、冒険者学校に辿り着く。



 あなたは目的のものを一応見つけることはできた。ただし、本当に望んでいたものとは程遠く、今回手にしたものを皮切りに、発展させていく必要があった。



 明日からまた授業が始まる。

 授業と並行して、あなたはそれを研究する予定でいた。

 


「元気な弟さんだったね」



 不意にミカエラが話題を切り替える。

 怪訝に思ったあなたは、ミカエラに尋ね返した。



 ――失礼なとこもあるし、無遠慮なやつだけど、おもしろくていい弟だよ。よかったら今後も仲良くして欲しいな。嫌な思いしたんなら、代わりに叱っておくけど……。



「あ、いや、そうじゃなくて、楽しかった、楽しかったよ! ……そういうのじゃなくて、仲がすっごい良くて羨ましいなーなんて、思ってさ。僕は下の兄弟とは、ああいう砕けた会話したことなくて……」



 ――まー、そうだろうね。珍しいと思うよ。よかったよ、あいつが弟で。肩肘はらんくて助かる。



「……」



 ――やってみる?



「え゛」



 ――やりたそうな顔してっぞ。



 あなたがそう言うと、ミカエラは自分の顔をぺたぺたと触った。



「そんなにしてた……?」



 ――実はしてないかも。



「〜〜もぉ!」



 ――ははは。ま、ミカエラは頑張ってるよ。



 あなたの言葉を聞いて、ミカエラが足を止めた。あなたのいきなりな発言にミカエラは戸惑っている。

 あなたは気にせず歩み寄る。

 ミカエラの左肩に手を回した。



「な、なにモブくん? どうした――」



 ――ミカエラはよくやってるよ。いきなり女になって、大変だったろ。俺だったらもっと悲しんで、泣き喚いてたと思う。ミカエラは、ほんとすごいよ。俺が保証する。



「……っ!」



 ミカエラの肩を抱きながら、あなたは言った。 

 あなたはミカエラの求めるものを、原作を通じて、なんとはなしに勘づいていた。 

 呪いによって性別転換してから、ミカエラがどことなく世間から見放されたような孤独感に苛まれているのを、あなたは知っている。



 同じ存在のものは周りにいない。

 ミカエラは一人悩みを抱えながら暮らしている。

 あなたは友達として、ミカエラを支えることを宣言した。



 ――困ったら、頼ってくれ。いつだって相談に乗るよ。買い物だって付き合うし、授業のペアも組む。もっと砕けていいんなら、そうする。遠慮なんて、すんなよ。友達だろ?



「どうして……」



 ミカエラが目を細めてあなたを見上げる。

 ミカエラが目尻に湛えているものは、今にも地面に溢れ落ちそうであった。



「どうして、そんなに優しくしてくれるの……?」



 ――お前が尊敬できるいいやつで、俺はそんないいやつが、好きだからさ。



「僕、そんな尊敬されるようなこと……」



 ――ダンジョンで俺より先に人を助けに行こうとした。俺の指示を信じてくれてる。いきなり女になっても、挫けてない。他にもいろいろあるけど……とにかく、俺はそんなお前を尊敬してるってことよ。これ以上言わせんな、恥ずかしい。



 そう言ってあなたはミカエラの背を叩いて、前に踏み出した。

 これ以上の発言はあなたの精神衛生上よくなかった。耳の先まで真っ赤に染まった心地である。



 ミカエラが小走りであなたを追いかける。

 あなたたちはまた横並びになって歩み出した。

 


 しばらくの間、あなたたちは互いに無言で歩く。

 不意にぽつりと、ミカエラが言葉を零した。



「……ありがと、ね」



 ――どういたしまして。何に対してか知らんけど。



「……いろいろ」



――そうかい。これからもよろしくな。



「……うん!」



 あなたたちは再び、談笑を始める。

 語らいながら、あなたたちは冒険者学校に戻った。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る