第9話 冒険後の一幕
あなたたちが帰還すると、学校中が大いに湧きたった。
激怒の兎を討伐した一年生の名は瞬く間に売れ、クラス内であなたはもみくちゃにされた。柔らかさの海に挟まれ、あなたは憤死しそうになった。
原作ゲームでも、システム理解度が高く事前知識豊富なプレイヤーであればチュートリアル内で特別徘徊魔物を倒すことができた。そして、倒した場合は名声値がぐんとあがるようになっていた。
現実的な描写をした結果がこれなのだろうと、あなたは思った。
噂は学校中を駆け巡る。
あなたたちは今回の冒険を経て、いつの間にか多くの冒険者の卵と学校関係者から関心をよせられる存在になっていた。
⬜︎
「はぁあああ……」
春シーズン第一週。入学四日目の夜のこと。
あなたは、あなたが住む平屋にパーティメンバーを呼んで慰労会兼取り分会議を開催した。
ドタバタしすぎてあなたたちは激怒の兎とさすらいウルフの撃破報酬の取り分を決めていなかった。
取り分を決めなかったことが災いして、あなたはその日夢見が悪かった。
気持ち悪さの根源は断たねばならない――そう考えたあなたは、パーティメンバーとマリン先輩にすぐに声をかけた。
マリン先輩を呼んだのは、公平な判断役兼肉食女子マリーの牽制役を兼ねてのことであった。
取り分の話はすぐに済んだ。
食材関係ドロップの四分の三は学校の売店に買い取ってもらい、残りは今日の慰労会で消化することに決まった。
激怒の兎とさすらいウルフの装備品については、挙手制で希望を募り、話し合いとマリン先輩の裁定によって解決した。
激怒の兎がドロップしたレア装備品は、あなたが手に入れた。
ラスボス攻略に向けて、可能なら早い段階で手にしたいものであったので、あなたは内心でガッツポーズを連打した。
「はぁあああ……」
「ん」
――さっきから元気ないな。
ダークブラウンの木製の丸テーブルに突っ伏したミカエラが、盛大にため息を吐いている。
あなたの住む平屋は前世で言うところの2LDKとなっている。
リビングルームの北側には大きな石造りの暖炉。
部屋の中心に六人がけの丸テーブル。
丸テーブルの下には、北方のダンジョンで採取できる魔物の毛皮から作ったラグが敷かれている。
同じラグが暖炉の前、寝室に繋がるドアの前にそれぞれ配置。
天井からは、魔法石を光源とするランプが部屋の中心と四隅に吊るしている。
あなたを除いた四者は、ベージュ色のブレザーとベージュ基調のプリーツスカートを着込み、さながら前世での学校近くの喫茶店内の様相であった。
あなたの股間を苛立たせる風紀の乱れに文句を言いたくなるも、眼福な風景に対し、あなたは結局手を付けなかった。
四人には部屋履きに変えてもらっている。かかとのない履き物をミカエラはぶらぶらさせていた。
あなたは部屋着に着替え済である。
黒Tシャツと薄青色のロングパンツを着て、上腕の素肌を女性陣に遠慮なく見せつけていた。
「ふふっ♡ 女性には女性なりの苦しみがあるのです、ミカエラさんは少しづつ学んでいかなければ、ですね」
「……頑張ります」
身体の構造の話? であるなら、あなたの出る幕はない。
あなたはミカエラをスルーして、出来上がった料理を次々とテーブルに配膳した。この世界では、男性が家庭内の家事を取り仕切る風潮が強く、あなたも実家では花婿修業の一環として料理スキルを学ばされていた。
「おいしそ……」
――パン運んでもらっていい?
「わかっ「私がやるよ。おいしそうなクロワッサンだね」……」
台所から大皿に乗ったクロワッサンをマリン先輩が運び入れた。
丸テーブルの中央にサラダとクロワッサンを横並びにマリン先輩は置く。
各自の椅子の前には、激怒の兎からドロップした『上級兎肉』とさすらいウルフの『霜降り肉』から作成した二種類のステーキが置かれた。
同じ皿の上には、カリカリに焼いたアスパラガスや色味をつけたコーン、茹でたにんじんも添えられている。
オニオンソース、にんじんドレッシング、塩を三点薬味皿に乗せて配る。
あなたたちは手を合わせる。
ナイフとフォークを手に取って、食事を堪能し始めた。
「おぃひ〜……!」
「んま、んま……!」
やっぱり魔物の肉は格別やな!
ミカエラとルールルーが頬に手を添え、とろけた顔つきで舌鼓を打つ。
マリーもマリン先輩も幸せそうな笑みを湛えて食を進める。
あなたもあなたでお淑やかに装いながらがっついた。
食事については、前世よりも素材の質が向上した分、より楽しめるようになったとあなたは感じていた。
冒険者が仕入れた魔物由来の素材は市場に流れ、各一般家庭の食卓に供給される。
設定資料によると、魔物のレベルが高ければ高いほど、天上の味に近づく傾向にあると記載されていた。
冒険者の中にはグルメ専門で生計を立てるものもおり、おいしい素材を求め上級ダンジョンアタックに勤しむパーティも少なからず存在した。
あなたの将来の夢は、冒険者をしながらおいしいものを食べることである。
前世よりも娯楽が少なくなった分、あなたは食事に楽しみを見出すようになっていた。
そのためにも淫魔王を必ずや打ち倒す――。
あなたはより一層の決意を固めた。
⬜︎
「でね、僕が声かけようとしてもさ、なんかよそよそしいって言うか、敵対視されてるって言うかさ、仲良くしようとしてもどこか冷たいの!」
――ああ〜。
食事を片付け、あなたたちは歓談に入る。
最初のうちはぽつりぽつりと悩みを打ち明けていたミカエラだったが、だんだんヒートアップしていき、大きく声を張るに至った。
あなたはテーブルの向かい側で喚くミカエラに相槌を返した。
ミカエラが女性化してからはや三日。
四日目の座学の授業と合同訓練を経て、ミカエラはどことなくクラスの女子に疎外感を覚えているらしい。
特に本日はその傾向が強かったとミカエラは語った。
「自業自得」
「なんでさ!」
ミカエラの悩みをルールルーが一蹴する。
そっけない反応にミカエラは噛み付いて返した。
「あの、ミカエラさん。今日の合同訓練、最初に何したか憶えてます?」
「え? 先生の話を聞いて、ペアを作ってって話になって、最初は共通訓練だったから、モブくんと組んで……」
「そこです、そこ。モブ様と組んだ。それです」
「あー……」
「えぇ!? なんでぇ!?」
マリン先輩も得心がいったように眉をひそめた。
あなたも原作展開を知っているので納得する。
原作では性別転換したモブが同じような目に遭っていた。
「あなた、みんなから男子にまとわりつく軟派な女子に見えてるんだろうね。そこの子みたいに」
「えぇ、僕男ですよ……?」
「でも、今は女」
「う゛……」
「いーっつも、事あるごとにモブ様と一緒ですからね……。今やモブ様は注目株。パーティを組みたがる女子の影もちらほら! 現に私もルーも風当たりは強くなっています。あ、私は別に軟派に見られても構いませんよ? モブ様はそちらのほうが好みみたいですし……♡」
「まだ寝言言ってるの? 顔洗ってきたら?」
まーた始まったよ。
あなたがげんなりしていると、潤んだ瞳でミカエラが尋ねてきた。
「迷惑、だった……?」
――迷惑なもんか。俺も男子から浮いてるしね。
男子が三人しかいないのと、他二人の男子の関係性が深いことに加え、先日の激怒の兎討伐騒動から、あなたはどことなく二人から距離を取られている感じがした。また、あなたの精神性は前世で言うところのエロティックモンキーなため、反りがあってないという面もある。
放っておくと諸所の問題が発生するため、あなたはどこかのタイミングで二人との関係の改善を図ることを検討する。
あなたの回答を聞いて、ミカエラは頬を緩める。
どうやら安堵したようだ――あなたが隙を見せたその時、あなたの隣に座るマリーが目を輝かせて、あなたににじりよった。
マリーはあなたに腕を絡ませる。マリーの豊満が形を変える。
お゛♡ あなたの
マリーは上目であなたを見つめながら言った。
「でしたら! 今度は私とペアを組みましょうモブ様! 甘美な時間を、お約束しますわ♡ あーんなことや、こーんなことを、私と一緒に楽しみましょ♡」
――近い近い近い♡
「はぁ!? 衛兵に突き出すよ下級生! モブくんから離れて!!」
「な、な、な、なにしてるんですかぁ〜〜っ!」
「わ、わ、わた、し、も……ぺ、ペェア……」
あなたたちの喧騒が平屋中になり渡る。しばらくの間、騒ぎはおさまることはなかった。
そして、たまたま付近を見回りにきていたクラス担任に見つかり、あなたたちは全員お叱りを受けた。
その日はそのまま解散する運びとなった。
あなたは慰労会の後片付けを始める。
あなたは昨日の冒険のことを振り返る。いろいろと難儀はしたが、初めてのダンジョン攻略はあなたにとって、楽しい時間であった。
賭けに勝った結果、当初計画よりも進捗している。
この調子で行くことができれば、三年時冬までのレベル10到達も夢物語ではない。
勝って兜の緒を閉めよという言葉もある。
あなたは油断しないよう、自分に言い聞かせながら寝支度を終わらせて、ベッドに潜り込んだ。
その日、あなたは夢を見た――。
⬜︎
実に清々しい朝だった。
なにか溜まりに溜まったものが排泄され、自然な状態になった気がする、とあなたは感じてた。
起き上がったあなたは洗濯場に移動した。
穿いていたものを脱いで、あなたは汚れた召し物を変える。
その後、あなたは自分自身に『ステータスチェック』をかけた。
ゆっくりと、ふらついた足取りであなたはベッドの中に戻った。
もう一度、あなたは自身に『ステータスチェック』をかける。
レベルが1に戻ってるのを見て、あなたは、ひっそりと泣いた。
――――――――――――――――――――――
本作品を一読下さりありがとうございます!
☆評価、応援等いただけたら大変励みになります。
今回で『第一章 あなたとチュートリアル』は終わりとなり、次回から『第二章 あなたと男友達』に移ります。
引き続き楽しんでもらえるよう、頑張ります。
毎日 06:11 更新予定となりますので、よかったらまた見に来てください。
つくもいつき
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