第7話 運命を変える者
あなたが投げた閃光弾が炸裂した。
マジックアイテムは激怒の兎の真ん前で弾け、激怒の兎は状態異常:目潰しにかかる。
「ガアアッ!?」
そして捕食しようとしていたカーラ・ソードマンを、激怒の兎は足元に落とした。
カーラはまだ息があった。ステータスを見てもヒットポイントはゼロだが、死亡状態手前の戦闘不能状態で済んでいる。
ミカエラが走る。
暴れ狂う兎の大ぶりな攻撃を掻い潜り、早足でミカエラがカーラの元に辿り着く。
そのままカーラを引きずり、ミカエラは激怒の兎から距離を取ろうとした。
「ガアアアアッ!」
あなたは激怒の兎に向かって弓を射る。
激怒の兎の、気配を感じたほうに飛びかからんとする動きを、あなたは抑制した。
別方向から飛んできた矢を脚に受け、激怒の兎は振り返った。
激怒の兎の状態異常:目潰しが回復する。
あなたの姿を捉えた瞬間、激怒の兎は咆哮をあげた。
「オォオオオオッ!!」
『来たれ石人形よ!』
マリン先輩が戦線に加わる。
あなたの周りに二体のゴーレムが召喚された。
マリン先輩が召喚したゴーレムは、術者と同じレベルで顕現した。
レベル4のゴーレムたちは、あなたを守るように壁として展開する。
激怒の兎が跳ねる。
あなたとゴーレムの手前に着弾した。
大地が揺れたかのような振動にあなたは耐えることができなかった。
尻もちをつく。
その間に兎はゴーレム一体に怒りの一撃を加える。
爆発めいた破砕音が鳴り渡る。
ゴーレムの右腕が音と共に消え去った。
あなたのもとに石飛礫が飛来する。
振り切った攻撃の余波が届いたのだ。
あなたは顔を腕で覆う。何個か細かな礫があなたを直撃し、あなたは痛みに顔を歪めた。
あなたの心臓は信じられない速度で鼓動を刻む。
死神が距離三メートル内にいることを、あなたは実感する。
あなたは死を強く意識し始めた。
レベル1とレベル4。
レベル1の攻撃は有利な状況を作らないとあたらないし、あたってもダメージはほぼ通らない。
レベル1の防御は紙のように切り裂かれ、低いヒットポイントのせいで耐え切ることもできない。
普通に戦えば、スペック差により、蹂躙される。
あなたは姿勢を正した。
収納袋にあなたは手を突っ込む。
しゃがみ込んで、あなたは取り出したマジックアイテムを地面に叩きつけた。
暗闇の雲。周囲五メートルに黒い雲を展開するマジックアイテム。
範囲内にいる間、対象の生物は目潰し状態になり、命中率が著しく低下する効果がある。
展開後、あなたは素早く駆け抜けて、暗闇の範囲から離脱する。
マリン先輩の位置まで後退して、あなたは次の展開に備えた。
「モブくん、下がってて! もう十分!」
――お気持ちは嬉しいですが、まだいます。
「――邪魔だって言ってるんだよ!」
――前衛もなしに、戦線の維持はできません。残ります。役に立てます。
「こんの……っ!」
マリン先輩がいくらレベル4の冒険者といえども、激怒の兎相手に一人で戦うには厳しい。
もう一人の二年生の救助が終わるまでマリン先輩は戦い続けることだろう。
一人残したマリン先輩の暗い未来など、あなたは想像したくなかった。
暗闇の中でゴーレムが足止めを果たしている。
激突音がなるにつれ、ゴーレムの破片と思しき石飛礫が闇の外に排出された。
中での戦闘の激しさを物語る。
「――なら、指示をして! 君なら、君なら、できるでしょ!」
マリン先輩の大胆な提案を聞き、あなたは目を見開いた。
あなたの持つ『ステータスチェック』の有用さを、マリン先輩は先の戦闘で感じ取ったのだろうか。
はたまた、苦手な戦術の構築を他人に託し、実力の発揮に集中したいのか。
――はいっ。
あなたはすかさず返事をする。
迷いはなかった。全幅の信頼を寄せられて、あなたは奮起した。
――対象猛毒状態! 現在体力七割! 目標、状態異常の維持! ゴーレム破砕後、暗闇手前に泥沼!
「――っはい!」
身震いするマリン先輩を傍目に、あなたは激怒の兎のステータスを確認し続けた。合間にあなたは癒しの薬を飲んだ。ヒットポイントを忘れず回復しておく。
あなたが激怒の兎に喰らわした矢には学校の隠し宝箱から入手したレアアイテム『エキドナの毒』が塗布されていた。
ゲーム内の毒薬でも効力が高い一品で、原作では毎ターン最大体力一割を削る状態異常猛毒を付与することができた。
今後も役に立つ虎の子のアイテムを消費したことに、あなたはなんら後悔も抱かなかった。
今この時、この瞬間は、あなたにとってすでに現実である。
やり直しはきかない。
不利な状況で、出し惜しみなんて、してる暇はない。
⬜︎
マリン・サンドストームはいま、不思議な心地であった。
ゴーレムが破壊される。
激怒の兎が暗闇の中から勢いよく飛び出した。
その光景を目の当たりにしても、マリンの杖を繰る手つきは無駄がなく、滑らかであった。
モブの指示通りに『泥沼』に切り替える。
対象の身体が魔法で作り出された泥沼に沈んでいき、移動速度は低下する。
激怒の兎の跳躍は封じられる。しばらくの間は、飛びかかりの心配もない。
もう一度、モブの声が広場に鳴り渡った。
――対象体力五割! 全員徐々に後退! 主目標、泥沼の維持! 遠距離から各自攻撃! 耐性氷! マリン、ルー、『熱線』!
「はいっ!」
マリンは勢いよく返事をする。
杖を傾け、『熱線』の光球を眼前で作り出し、マリンは解き放った。
『イ・フー・リー・ワン! まばゆき火よ、対象をうがて! 熱線(ヒート・レイ)!』
詠唱を長め、性能を重視した一撃は、泥沼から半身を出す激怒の兎の肩を大きくえぐった。
クリティカルヒットのようであった。激怒の兎の左腕がかろうじてぶら下がっている。
別方向から威力が低い『熱線』が届いた。
二年生の救助を手伝っていたルールルーの魔法が、激怒の兎の背を炙った。
――対象、体力一割!
モブの声を聞き、マリンは再度心地のよさを感じた。
命のやり取りのさなか、マリンはなぜか安心を覚える。覚えて、しまっている――。
「オォオオオオオオッ!!!」
肺の中の空気を全て押し出し、激怒の兎が咆哮をあげた。
渾身の力を振り絞り、跳躍する。泥沼を抜け出す。
巨体が空を舞った。
マリンとモブを巻き込んで押し潰そうとしている。
激怒の兎の影がマリンたちの身体に差し掛かった時、マリンは横合いから押し出されたのを感じた。
――ルー、ミカエラぁあッ!
激怒の兎がモブにボディプレスをする。
モブが下敷きになる様を、マリンは突き飛ばされながら見ていた。
地面が震える。
光弾とツーハンドソードが飛来し、マリンが尻もちした時には、それらは激怒の兎の背に突き刺さっていた。
マリンは自身の胸に手をやる。
マリンの息は詰まりかけるも、即座に回復に向かった。
血痕のついたダガーを握りしめて、モブが激怒の兎から這い出る。
マリンはその姿をぼうっと、見つめ続けた。
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