第5話 悲劇の予兆



 ――。



 あなたは立ち止まる。右腕を45度に折り曲げたまま掲げた。

 あなたからの合図を見て、後方のメンバーの顔に緊張が浮かぶ。



 息を潜めたあなたたちはゆっくりと草むらから顔を出した。



 距離40メートルほど。

 分かれ道の往来で、二頭のさすらいウルフが食事中であった。

 組み敷いた臆病兎らに噛みつき、削いだ肉をさすらいウルフが咀嚼している。



 ああやって、ダンジョン内では魔物の共食いが発生することがある。倒した側は経験値を得てレベルがあがるので要注意とあなたたちは本日の座学で習った。



 臆病兎の体が消え去ると共に、さすらいウルフたちの体が発光する。

 レベルアップの光。

 どうやら恐れていた事態にあなたたちは鉢合わせたらしい。

 


 あなたはマリン先輩に視線を向ける。

 数秒ほど悩んだあと、マリン先輩は手のひらをさすらいウルフたちに向けて差し出した。

 あなたたちは頷く。

 サムズアップするマリン先輩を置いて、じっくりと距離を詰めた。



 距離30。

 あなたは隠密状態を維持し、先頭をしゃがみながら進む。あなたの背後にはぴったりとミカエラが付く。後衛職二人は五メートルばかり離れて付いてくる。



 距離25。

 あなたはさすらいウルフたちのステータスを確認する。

 警戒度20。状態は休息。

 風下であることが味方して、いまだ隠密状態は維持できている。

 さすらいウルフのレベルは2。現在のヒットポイントは満タン。

 あなたは意を決して、収納袋から取り出したマジックアイテムを狙いをつけて投げつけた。



 水風船が、弧を描く。

 さすらいウルフたちの間に、水風船が落ちた。



 膨張した水が落下点を中心に展開し、さすらいウルフたちの体が濡れる。

 あなたはすかさず声を発した。



 ――雷!



 ルールルーはあなたの意図を瞬時に汲み取ったようだった。『稲光る樫の杖』をルールルーは突き出す。ルールルーが短縮詠唱で魔法を放った。



『雷の矢!』



 三条の稲光がさすらいウルフたちに迫る。

 さすらいウルフたちは身を捻って回避行動に移るも、雷の速さからは逃れられなかった。



 濡れた身体には雷属性の攻撃がよく通る。

 二頭のさすらいウルフが呻き声をあげた。



 水が撒かれた範囲の地面が帯電する。

 さすらいウルフのステータスを確認すると、一体はスタン状態に陥っていた。

 


 ―――右スタン! 左狙い! 地面帯電注意!



「了解!」



 ミカエラが飛び出す。

 あなたはあなたで足止め用に弓を射る。

 飛んだ矢はミカエラを追い越す。

 見事にさすらいウルフの後ろ足に刺さった。



 さすらいウルフが足負傷状態になる。

 大上段に構えたミカエラの一撃を回避できず、さすらいウルフの頭はかち割られた。



 ミカエラとあなたが構え直している間、もう一頭のさすらいウルフの元に後衛二人の魔法が届く。

 


『雷の矢!』



『光の剣!』



 雷と聖なる光がさすらいウルフに収束する。

 瞬く間に煙を吐く死体が完成した。

 死体は数瞬もすると立ち消え、地面にはいくらかのドロップ品が散らばった。



 ――よし。



 初陣としてはまあまあな出来だとあなたは思った。

 流石原作ネームドキャラクターの集まりである。

 あなたの意見に同調してか、ミカエラもマリーもルールルーも上機嫌であった。



「やったね! 結構息合ってたんじゃない?」



「ええ、皆さん素晴らしいチームワークでしたわ♪」



「ん」



 ――特にルールルーの動きがよかった。



 ――事前に擦り合わせてはいたけど、意図を汲んでくれて助かった。

 


 あなたがそう伝えると、ルールルーはとんがり帽子を深めに被り、表情を隠した。



「そ、それほどでもない」



「……いやいや、かなり動きよかったよー。地形効果を上手く使ってたね。まさか無傷で対処するとは。初めて組んだパーティには見えなかった」

 


 遅れて近寄ってきたマリン先輩が言った。



 原作のターン制戦略RPGの要素をあなたはうまく活用した。原作でも地形効果を利用することで戦闘を優位に進めることができたのだ。



 地面にオイルを撒いて火をつけたり。

 毒ガスに引火させて爆発をわざと引き起こしたり。

 濡れた相手や地面を凍らせたり。

 様々な地形効果を駆使して戦うのがこのゲームの戦闘の醍醐味の一つであった。



 ――運がよかったんですよ。



 周囲を警戒しながらあなたはドロップ品を物色しだす。



 獣肉×2……コモン

 霜降り肉×2……アンコモン

 兎肉×4……コモン

 さすらいウルフの毛皮×2……コモン

 暖かいウルフレザーマント……寒さ耐性50%(追加分25%)



 まーまーまーまー。あなたはそれらを収納袋に仕舞う。

 嵩張らないものの重さを増した魔法の袋を肩にかけ、あなたは立ち上がった。



「君の働きも大きかったねー。……今度、パーティを組んでみた――っ!?」



 あなたは口元に指を立てた。

 マリン先輩に音を立てないように懇願する。

 あなたはパーティメンバーを誘導して、木の陰に移動させた。



 あなたの警戒網に引っかかった危険物を見て、かがんだマリン先輩も冷や汗をかいていた。ここぞとばかりにマリーがあなたにもたれかかる。勃起するから止めてくださいますか? あなたは警戒を強めた。



 特殊徘徊魔物――『激怒の兎』。

 三メートルはある体躯で肩で風を切りながら激怒の兎は二足歩行をしている。激怒の兎はレベル4の魔物で、ずんぐりとした足腰が前に進むたび、微細な振動が地面に伝わった。



 原作では、どのダンジョンにもああいった攻略レベルから掛け離れた特殊な魔物が配置されている。



 激怒の兎とのニアミスは、チュートリアル中に発生するイベントであった。ダンジョンには特殊徘徊魔物がいることをユーザーに教え、戦わないことも大事であるのを知らしめるのが目的なイベントであった。



 そして、原作最初のバッドイベントの引き金でもある。

 悲劇が始まったことを、あなたは知った。


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