第一章 あなたとチュートリアル
第3話 最強への第一歩
入学三日目の朝、あなたは教室に遅刻ギリギリで現れた。
学生服は乱れ、あなたの胸元はかすかにはだけている。
担任のメイリーナは、教室の後ろの戸から現れたあなたを見て、わずかに息を呑む。
こほんと咳払い一つし、メイリーナは黒板に振り向いてはあなたに着席を促した。
「おはよ、モブくん。胸元、胸元」
――おはよう。
小声で話しかけるミカエラを尻目にあなたは席に座る。
昨日とはうってかわって、ミカエラはベージュ色のブレザーに袖を通し、赤白のストライプのネクタイを胸元で結んでいた。
下に履いたプリーツスカートはこれまたベージュ地のチェック柄であり上着の色調と調和している。
完全に女性ものの服装をミカエラはまとう。
校長あたりが用意したのだろう。
ミカエラの磨きあげられた白銀の剣のごとく、真っ直ぐで美しい髪があなたの目を引いた。
クラスメイト二十人いるなかで男子の席は窓際の四席で固まっていた。
ミカエラが女体化したことでクラスの男子はついに三名。あなたと、あなたの前の席の二人だけとなっていた。
小柄で目つきの悪い男の子と、その従者の細身長身糸目の男の子。
原作主人公であるミカエラと、原作のモブことあなたとは、シナリオの進行ルートによっては事あるごとに競い合う事になるかかわり深い二人ではあるが、今の時点ではそこまでの接点はできてなかった。
「それでは授業を始める」
メイリーナの号令とともにあなたは座学に向き合うことにした。
⬜︎
春シーズン第一週三日目。
午前中の授業が終わり、あなたを含めた一年一組の面々は学園内にある初級ダンジョンの前に集まっていた。
二年生の引率の元、いよいよあなたたちは初のダンジョンアタックに臨む。
初級ダンジョン『獣の森』は一階層からなるダンジョンで、単に森一帯がダンジョン化しているシンプルな構成のダンジョンであった。
攻略推奨レベルは2。
ダンジョンというのはある種の生命体のようなものと、あなたは設定資料集で見たことがある。
ダンジョンにはヌシがおり、ヌシを中心として人間をおびき寄せる様々な仕組みが用意されている。
ダンジョンは、ダンジョン内で活動する人間の生命力、精気といったものを吸い上げて、命をつないでいるのだ。
そのために定期的にヌシや魔物を生み出したり、宝物を生み出したりして、人間の目を惹こうとしている。
原作では、ダンジョンに潜るたびに取得できる武器防具やアイテムの数値や付与スキルにばらつきがあり、いわゆるトレージャーハント要素が高かった。それがやりこみユーザーの嗜好心をくすぐり、ゲームの売上に大いに貢献していた。
それはこの世界でも同様らしい。
特殊なスキルを持つ装備やアイテムは高値で出回り、ダンジョン産の素材は常に市場に流通している。
この世界の人間は古来よりダンジョンの特性を利用して、自分たちの文明に必要な資材の調達を行ってきた。言わばダンジョンと人は相互利用の関係にあった。
あなたにとって、今回が初のダンジョン攻略である。あなたが淫魔王打倒という目標を達成するにあたって、ダンジョン攻略は重要な要素であった。
経験値。
宝箱やドロップ品。
戦闘経験、熟練度。
いずれも、あなたが淫魔王を倒すにあたり必要なものである。
今回のダンジョン攻略において、一番効率的な行動をあなたは取ることにした。
――よろしくお願いします。
「ふぁ〜。よろしく……」
あなたは二年生の引率者五人のうち、一番の実力者である錬金術師のマリンのパーティに入ることに決めた。
ゆったりとした紫のフード付きローブを羽織り、身の丈ほどあるドリアードの杖を地面に立てながらマリンはあくびした。
おでこは広く、マリンの黒髪はブラックダイヤのごとく淡い光沢を放ち、膝下まですらりと伸びている。
スタイルが大変よろしくエッチである。あなたは警戒した。
三白眼があなたとその脇の二人を順に眺める。
あなたと他のメンバーは挨拶を始めた。
「初めまして、ミカエラです。職業は戦士です」
――モブです。職業はスカウトです。
「初めまして、マリーと申します。神官です」
「ん。ルールルー。魔法使い」
ミカエラは軽装鎧に着替えていた。両手剣を地面の突き刺し、柄を握って直立不動で立つ。白銀の髪が風でたなびいて、どことなく勇ましさを感じさせる。
あなたの右隣に立つのは、神官のマリー・バッドガールである。
マリーは次代の聖女候補であったが、各地を回って自由に動くことができる冒険者に憧れ、聖女候補を辞退した女性であった。
マリーの波がかった桃色の髪があなたの頬に触れる。
距離も近いし、マリーはどことなく息づかいが荒かった。
青基調のシスターローブでは隠し切ることができないマリーの豊満な物体から、あなたは視線を外した。
あなたが前世でいたくお世話になった人物であり、実物を間近に見ると立体感がすごかった。
下半身のイライラが止まらない。
なんつードエロい人物だと、あなたは恐怖する。
マリーを挟んで反対側にいるのはルールルー・ムッツーリ・シャイ・ハズカシガリーヤだった。
ルールルーは制服の上に黒マントを纏い、同じく黒色のとんがり帽子を被っている。そして髪の色も黒である。髪は編まずに二つ結いをしている。
ルールルーの肌は小麦色。設定資料集によると日光浴が趣味らしい。
ルールルーは樫の杖を胸元で抱え、四角いフレームの眼鏡が陽光で煌めく。
ルールルーの家系は代々優秀な魔法使いを輩出しており、その中でもルールルーはとびきりの才能を有している。原作でもルールルーはパーティに入れたい仲間キャラランキング上位勢であった。
「お〜……。なかなかバランスはいいんじゃない?」
パーティ構成を見てマリン先輩は言った。前衛一に中衛一に後衛二。ミカエラが両手剣装備なので、防御は薄くても殲滅力でどうにかする編成であった。
「それじゃ、他の班も行ったみたいだし……。私たちもぼちぼち行きますか……」
あなたは他のメンバーとは、別の意味で緊張している。
授業が始まる前に、あなたはやれることは全て済ませていた。
これまでの準備が実ることを、あなたは期待せずにはいられなかった。
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