2-6

 ショートホームルームの最中に教室に入る。

 終わるまで待っても良かったが、廊下で立っているのはなんというか悪いことをした罰みたいで嫌だった。廊下に立つ恥ずかしさと、ショートホームルームの最中に教室に入り悪目立ちする恥ずかしさを天秤にかけたら後者の方がいくらかマシという結論に達した。

 だから入ったのだが。

 思ったよりも注目されてしまった。

 一人で入ったら多分「遅刻すんなよ」くらいの軽い注意で終わったんだろう。でも戸村と二人で入ったもんだから、怪訝そうに見られた。なにしてたんだろうというような視線。

 担任も若干困惑している。


 「遅刻しましたー。すみませーん」


 なんとなくこの空気感が耐えられなかった。だから柄でもなくそういう適当な謝罪をして、すたすたと自分の席に向かい座る。特になにも気にしていませんよ、というすました雰囲気を出す。そうすると期待通りに周囲の視線は散漫とする。面白くないなと判断され、興味が薄れる。担任も深くは追及してこない。それに一応謝罪はしてるから。

 それでも全方位から視線を取り除く……というのは難しい。一部、というか一名から鋭い視線を浴びている。く、苦しい……。そんなに見ないで。なんか悪いことしたのかなって思うじゃん。って、してるか、悪いこと。




 ショートホームルームが終わる。

 十分という短い休み時間がやってくる。短時間にも関わらず、みんな自由に行動し始めた。


 「もも」


 トイレに行く者や、自販機に飲み物を買いに行く者、様々いる。そして私に話しかけてくる人物もいた。


 「梨沙……」


 声のする方へ視線を向けた。そこに立っていたのは私の幼馴染であった。


 「なにしてたの?」


 ツンツンしている。


 「なにって言われても……まぁさ、その、あるんだよ、色々」

 「ふーん」


 じとーっとした視線を送ってくる。こんな反応をするくらいならもっと素直に殴ってきて欲しい。


 「やっぱり仲良いんだね」

 「仲良いって。戸村さんと?」

 「そう」


 こくっと頷く。


 「仲、良いのかな……」


 良いとこ顔見知りだろうか。

 所詮その程度の関係性である。


 「仲良く見えるのかもしれないけど友達とかじゃないよ」

 「嘘」

 「嘘じゃないよぉ……」


 と否定するが、彼女の目にはそう見えている。頭ごなしに否定したってしょうがないのだろうなとはなんとなく思う。


 「じゃあどういう関係性なの? 友達じゃないなら」


 ほら、言ってみろよ、という態度。


 「うーん、思惑が一致した協力者? とかになるのかな」


 敢えて関係性を言葉にするならこれが一番しっくりくる。

 まぁ名前をつけるなら、だ。多分関係性に名前なんてものは無い……っていうのが正解だと私は思う。でもそんなこと言ったって、梨沙は納得してくれない。これで納得してくれるのならばとうに納得しているはずだし。


 「ふーん、変なの。厨二病みたい」

 「え、梨沙……酷くない?」

 「事実だもん」


 たしかにちょっと厨二病っぽいかもしれない。


 「で、なんで協力してるの?」


 痛いところを突いてきた。

 なぜこうも私が嫌がることを的確にやってくるのか。もう少し手心を加えて欲しい。


 「私も岡島さんも数学が大の苦手なんです。なので、中間テストに向けて今のうちに同盟を組んでおこう……と、手を取りあったんですよ。ね? 岡島さん」


 後ろから戸村は声をかけてきた。

 助け舟っぽいのを出してきた。多分助け舟。

 立派なものではない。イカダと呼ぶのすら烏滸がましいほどにぐらぐらの不安定である。

 でも乗らないという選択肢もない。


 「う、うん。そう……私、ほら、馬鹿だから」


 特別数学が苦手ってわけじゃないけど。


 「……」


 梨沙はんーと私のことを見つめる。


 「そういうことなら……まぁ」


 納得してもらえたようで一安心。あとついでに私のこと馬鹿だと思ってることもわかった。それは悲しい。


 「あっ」


 ぱんっと彼女は手を叩く。私と戸村は目を合わせる。


 「それならさ、私が二人に勉強教えてあげるよ。数学なら得意範囲だよ」


 むふんとドヤ顔。

 一方で戸村はうへーと心底面倒くさそうな顔を浮かべていた。


 「わ、わかった……」


 ここで断るのはあまりにも不自然。こういう流れになった以上乗っからない以外の選択肢はない。しょうがない。

 まぁ梨沙との接触を増やすというのは「普通」というのを知るにあたって大切なことでもある。それを調べる機会と思えば、案外悪い提案ではない。もっとも勉強なんかしたくはないが。

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