2-2

 校長先生の長ったらしい話を右耳から入れてそのまま左耳から流す。

 私の視界の先には銀髪の女子生徒しか入ってこない。周囲に生徒も教師もいるのに、彼ら彼女らは顔にモザイクでもかかったかのようにもやもやしていて、はっきりと認識できない。いや、多分認識する気がない。


 見惚れていたら突然彼女に「……あなたが犯人ですね」と、犯人扱いされてしまった。二方向の感情が私の心の中で衝突して、困惑という一つの事象を引き起こす。


 「なに……が? なんのこと?」


 お世辞にも上手に誤魔化せたとは言えない。むしろ下手くそと評されるべき乱雑な誤魔化しであったろう。

 それでも場の空気のおかげでこれ以上言及はされなかった。

 彼女はなにか言いたげな表情を浮かべはするものの、直接明言することはない。あくまでもそういう雰囲気を漂わせるだけ。それに留めるというか、抑えたというか。

 場が違えば、執拗に突っついてきたんだろうなと思う。だから、後が怖いな、という感想を持った。





 始業式を終え、教室に戻る。チャイムとともにまた担任が入ってきて、今度は業務連絡を行う。もちろん真面目に聞かない。知っている内容を真面目に聞くってどんだけ無駄な労力なのだろうか。手を抜くところではとことん手を抜かないと、生きていけない。毎分毎秒全身全霊じゃそのうち潰れちゃう。


 前回は目標やらを設定していたが、今回は設定しない。正確には前回と同じで『絶交しない』が目標だから、今更新しく設定する必要がない。

 目指すところは同じ。まぁそこを目指すためにどうするかってのは考えなおさなきゃならない。

 前回の反省を踏まえるのならば、感情的にならない……になるかな、多分。私の前回のやらかしは感情をコントロールできなかったところにある。あの場面で感情に任せて怒ったら、絶交ルートに入るとわかっていたのに怒ってしまった。大失態と言える。

 でもポジティブに捉えることもできる。あそこで感情的になるから絶交ルートに入るのであって、感情的にならず冷静でいられたら、きっと絶交ルートは訪れない。


 感情的にならないためにはどうすれば良いか。その答えは簡単には導き出せない。というか、言語化するのが難しい。逆に言ってしまえば言語化するのが難しいだけであり、やれないことはない。


 もう答えは出ている。だからぼーっとしていた。





 教師の話を聞く。時折、銀髪の女子生徒と目が合った。

 周囲を見渡し、偶然目が合った……というような形ではない。明確に私を見て、そして目が合っていた。

 互いに目を逸らすことはない。目を逸らしたら負け……だなんて、誰が言い始めたわけでもないが。私が勝手に決めたこと。私が勝手にそう受け取ったこと。でもそうやって思ってしまったので、易々と目を逸らすことはできない。


 諸々が終わり、皆帰路に着く。

 そんな中、私の前にやってくる一人の女性。私の幼馴染だ。顔を見なくてもわかる。二度経験したから。

 顔を上げる。


 「梨沙……あっ……」


 私の前に立っていたのは梨沙ではなかった。

 名前を知らない白銀髪の女性。さっきまでずっと目を合わせていて、でもなにを考えているのかわからない女性。


 「ごめんなさい、藤田さんではなくて。ガッカリしましたよね?」

 「ガッカリ……はしてないです。ただ、驚いただけ……ですね」


 嘘ではない。


 「そうですか。うん、そうですよね」


 二度頷き、意味ありげに私のことを見つめてくる。まるで瞳の奥になにか見えているかのような。そんな熱い眼差しであった。鋭く、眩しく、そして苦しくて。眉間に皺を寄せてしまう。


 「なにか?」


 触れて良いのか、触れぬが正解か。悩み、結局問う。


 「……」


 彼女は特になにを言うわけでもなく、私の机の上に座った。ぼーっとその様子を眺める。そういえば前回は梨沙がここに座ってたよな。なに? この机って美少女を引き寄せる魔力でも発しているのだろうか。


 「……そもそもまず君の名前は?」


 あれこれ深く知る前に、まず相手の名前くらいは知っておかなきゃなと確認することにした。名前も知らない相手にあれこれ根掘り葉掘り聞くのは申し訳ないなぁという気持ちになるし、相手側もよそよそしさに気付いて、良い気持ちはしないはず。


 「私の名前……知らないんですね」


 吃驚? 落胆? 遺憾? 適切な言葉がわからない。でもこの三つのどれかが当てはまりそうな、そんな表情を浮かべる。ため息を彼女は吐かない。でも「はぁ……」という深々としたため息が今にも聞こえてきそうだ。


 「知らないですね」


 と、口にするのは憚られた。本当だ。でも躊躇することなく事実を述べる。いや、逃げられたり誤魔化せたりするのならしたかった。でもこの状況下で逃げたりする方法が浮かばなかった。

 だから素直に「知らない」と言うしかなかった。


 「誤魔化さないんですね。あれこれ言って誤魔化されるのかと思っていました」


 冗談交じりにそんなことを言われる。まるで私の心の中をすべて見透かされているような気持ちになって、あまり気持ちの良いものではない。

 むっとすると、相手に伝わったのか「すみません、つい」と謝られた。

 しょうがないので許す。

 って、あれ? 結局名乗って貰えてない。もしかして私誤魔化されてしまったのでは?

 と、不安が襲う。でもすぐに私が名乗ってないから名乗ってくれないんだと自分に都合の良い結論を出した。


 「初めまして。岡島桃香って言います。クラスメイトです、ね」

 「知ってますよ」

 「え……」


 せっかく名乗ったのに意味がなかったらしい。


 「すみません。こちらこそ名乗っていなくて。私の名前は戸村瑠菜とむらるなです。ちなみにこれは染めてます。よろしくお願いします」


 戸村は髪の毛をくるくる触りながら、微笑む。

 やっぱり可愛い。小動物というかお人形さんみたいというか。とにかく可愛い。それに尽きる。

 心がポワポワする。心地良い。


 「……誰?」


 梨沙の声が聞こえた。そのトーンはあまりにも低く、怒りが感じられ、血の気がぞわぞわと引いていった。

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