1-3

 一度経験してきた人生を繰り返す。それってあまり面白いものじゃない。大体の物事に対して新鮮さを欠くからだ。なにに対しても基本的に「知ってた」という感情が真っ先に来てしまう。たとえ面白いものでもビックリすることでも悲しいことでも。ぜんぶその前に「知ってた」という感想が出てきてしまう。そのせいでその他の感情は薄まる。

 

 基本的に人は皆同じ行動をする。私が関わったところだけ、未来が変わる。それ以外は同じ。まぁそんなもんだろうなとは思う。





 四月二十七日。土曜日。

 ゴールデンウィークに突入していた。とはいえ、今年は連休感があまりない。

 だから家でのんびりしていた。具体的には、そう、私の好きなインディーズバンドのライブDVDを流し見している。大きな箱でやっていたわけじゃないので、音響もカメラも褒められたものではない。でもそれがまた良い味を出している。


 「まーたそれ見てんだ。音楽わかんないんだよねー。それ、アイドルじゃないんでしょ? ぜーいん可愛い女の子だけど」


 ソファーにのぼり、クッションと私の背中の隙間に入り込んで、ポンっと両肩を触る。それから顎を私の旋毛に乗っけた。


 「なに? 梨沙」

 「ビックリしないんだ。突然、なんも声かけないで家に上がってたのに」

 「珍しいことでもないでしょ……」


 未来を知っていたから。とはいえない。まぁそれを抜きにしても、彼女は無言で家に上がってくることが多々ある。私の家を第二の実家たと思っている節があるのだ。こちらはこちらで明確な拒否をしたことがない。結果なーなーになって今のような状況が生まれる。


 「で、なに?」

 「んー、暇だったから来ちゃった。的な?」

 「私は暇じゃないんだけど」


 テレビの画面を指差す。


 「それ?」

 「そう」

 「いつも見てるやつじゃん。いつでも見れるやつじゃん」


 肩をゆする。ぐわんぐわんと揺らされる。


 「いつでも見れるけど見れないから」


 とりあえずなにか言わなきゃと思って、そんなことを言いながらふと考える。

 彼女が家に来て、そのあとなにが起こるんだっけ、と。

 うーん、うーん、う……うーん。思い出せない。

 思い出せないってことはそんなに大事なポイントではないということか。


 「ふぅん、そういうものかぁ」

 「そういうものだね」

 「じゃあ隣で見る」

 「それは良いけど……」


 楽しいのかな、それ。音楽好きな人なら知らない音楽を聴いても楽しいって思えるんだろうけど。梨沙は音楽に精通しているわけじゃないし、特段どこかのアーティストを応援しているというわけでもない。聴く音楽は流行りのJPOPばかり。ミーハーってやつだ。音楽が好きだから聴くんじゃなくて、流行ってるからとりあえず聴いて、なんとなくこれ好きーって言ってるだけ。そのレベルの人が見て、楽しいと思えるような映像ではない。勝手に期待されて、勝手に絶望されても困る。


 「なに?」


 隣に座り込んだ彼女は私の顔を覗き込む。そしてむーっと眉間に皺を寄せながら問う。

 なに? って、こっちがなにって感じだ。

 少し考えて、わからなくて、首を傾げる。


 「なんか考え事してたでしょ。悩み?」


 どうやら純粋に心配してくれているらしい。


 「私に悩みなんてないよ」

 「強がり」

 「違う。事実」


 悩んでないわけない。でもその悩みを誰かに打ち明けられるかと問われればまたそれは違う。少なくとも悩みの種である本人に悩みを口にすることなんてできない。


 「まぁ良いけど。ももが言いたくないなら言わなくて」


 ちょっとだけ不機嫌そうな雰囲気を見せる。やっちゃったかなと思った。でもこればっかりはどうしようもない。不可抗力ってやつだ。


 「じゃあ私の悩み聞いて」


 彼女は私の指に指を絡ませてくる。手を繋ぐ。温かな感触が私の指から腕へ、そして全身へと駆け巡る。彼女のエメラルドグリーン色の双眸に吸い込まれそうになる。好きなインディーズバンドのライブ音は今の私にとってただの雑音でしかなかった。その雑音すらを掻き消すほどの鼓動。うるさい。静まれ。


 「う、うん……」


 と、返事をする。めっちゃくちゃキョドる。もう自分でもおかしくて笑っちゃいそうなくらい挙動不審だった。一度深呼吸をして、平然を装う。バレてなきゃ良いなと思う。


 「このライブ? 音楽? なんていうのが正解かわかんないけどさ、全然面白くないんだけど」

 「そりゃそうでしょ。音楽興味ない人が見たってなんにも面白くないよ」


 やっぱりそうじゃん。


 「えー、でも興味はあるよ」

 「嘘吐け」

 「本当だよ、本当。だってももが好きなものは私も興味あるもん」

 「そう……」


 危ない、危ない。梨沙がそんなこと言うから、思いっきりオタクになるところだった。オタク特有の早口説明をしたら彼女にドン引きされる。それに彼女の言う「普通」とは程遠いものになってしまう。これは……あれかっ! 罠だな、罠。


 「塩対応じゃん」

 「違うよ、嬉しいだけ。好きなことな興味持ってもらえるなんて……最高だよ」

 「そういうもん?」

 「うんうん、そういうもん」

 「じゃあ教えてよ。あのギター持ってる人は?」

 「あれは北川。このグループのリーダーだよ」


 と、昂る気持ちを抑え、淡々と説明していく。ループとか、やんなきゃいけないこととか、ぜんぶ忘れて、ただただ楽しんでしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る