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始業式。一度目はどれもこれもが新鮮でまぁなんとか耐えられるものであったが、二度目となると話は変わってくる。なんにも面白くないし、新鮮さもない。校長の言葉や生徒会長の言葉などはなんとなく聞き覚えがあるようなことばっかり言ってんなぁって感じだし、赴任してきた教師たちの紹介に関しても「いや、知ってるし……」と、はっきり言ってしまえば時間の無駄、であった。
でも寝なかった。教師の目があるから寝られなかったが、正解だ。
キョロキョロと見渡すと、堂々と船を漕ぐ人もいる。私の隣にいる女子生徒がそうだった。白銀のながーい髪の毛をゆらゆら揺らす。小さくて華奢な身体も相俟ってお人形さんみたいだなぁというのが第一印象。というか、こんな子居たっけ。クラスに興味が無さすぎて覚えてすらいない。こんな目立つ子すら覚えていないって……。私ヤバいな。
教室で担任が業務連絡を行う。明日からの予定とか、準備してきて欲しいものとか。あれこれ喋っているが、私には必要のないことである。どれもこれも一度経験してきたものだし、なによりも重要なことを言わないと知っているから。だからぼーっとする。
頬杖を突いて、窓の外を眺めようとする。出席番号が若いせいで、窓の外を眺めるのにも一苦労だ。廊下側の席なので致し方ないが、それでもやっぱり損した気分になる。
呆けていると、梨沙と目が合った。彼女は楽しそうに白い歯を出し、笑みを見せると、ひらひらと手を振る。私は控え目に手を振って、すっと教卓に目線を戻す。
それから考え始める。
今こうやって無な時間を持て余すのは勿体ない、と。どうせなら有意義な時間に変えるべきだと。
じゃあどうするか。それは単純明快。これからの方針をある程度考えておきたい。
このまま流れに身を任せれば、きっと同じことを繰り返すだけになってしまう。それはあまりにも勿体ない。こうやって偶然チャンスを得たのに、そのチャンスをドブに捨てるなんて、本当に勿体ない。
未使用であるA4のノートを広げ、ボールペンを取り出す。『今』と『目標』という二つのワードを書いていく。
「まず目標……か」
今回私が目指すべき場所。
ハッピーエンド? それはそうだろうけど。じゃあ何をもってしてハッピーエンドとするか。やっぱり絶交しないことだろう。この現象の元凶であり、後悔したことでもあるから。
『絶交しない』
と、目標の隣りに殴り書く。
その絶交しないという目標を達成するためにはどうしたら良いか。頑張る、の一言だけで解決できるようなものではない。しっかりと計画的に考え、実行し、評価する。そしてまた実行する。
今私は爆弾を抱えているような状況だ。その爆弾を爆発させないよう丁寧かつ慎重に扱っている。余計なことはしない。だから爆発はしない。その代わりに進展もしない。でもずっとこのままってわけにもいかないってことはわかっている。いつかは爆弾を爆発させずに消さなきゃならない。その方法が思いつかないから困っている。どうするのが正解なのか、と。
「えぇ、どうすれば良いんだろう。わかんないんだけど」
頭を抱える。
どうして嫌われたのか、という部分が私にはイマイチ理解できていなかった。積み重ねというのがさっき私の導き出した答え。だから嫌われる原因は過去にあり、そして今もなおきっと積み重ね続けている。
とりあえずわかっているのは梨沙が私に「普通」を求めている、ということだけ。
その普通とやらが具体的になにを指しているのか、というのは不明だ。
これでも一応私は普通に生きているつもりだった。私なりに。でも彼女にとっては私の普通は普通じゃないらしい。彼女の普通に私が寄り添わなければならない。
そうか、なんだ、答え出てるじゃん。
『普通を演じる』
余白ばかりのノートにデカデカとそう書いた。
始業式と教室での業務連絡が終わり、教室からは人がパラパラと消えていく。私の知っている教室の空気とは程遠い。なんというか全体的に猫を被っている。誰かが怒っているとか、喧嘩をしている、というわけじゃない。でも空気が重たい。
すぐにこの場から立ち去りたい。そう思うような空気の悪さがあった。
「ももっ! かーえろっ」
重たい空気を梨沙は諸共しない。バサッと切り裂いた。
「帰ろう」
この場からすぐにでも立ち去りたかった私にとって、梨沙がそう声をかけてくれたのはかなりありがたかった。周囲からの目線が若干痛いが、こればかりは気にしたってしょうがない。時には気付かないふり、というのも大事なんじゃないかと思う。
帰路につく。
梨沙は楽しそうにあれこれ会話をぶつけてくる。それに対して私は相槌をうつ。普通ってなんなんだろう、と考えながら。
それにしても梨沙は本当に楽しそうだし、嬉しそう。こんな笑顔を見せられたら、私のこと嫌いだなんて微塵も感じられない。実はなにかの間違いなんじゃないかと考えてしまうほど。しかし、面と向かって絶交を言い渡されている。その事実があるおかげで、これは彼女の演技だ……と受け入れることができる。
「でねでねー、って、もも? 私の話聞いてる?」
「聞いてるよ」
「じゃあさっき私なんて言った?」
「……」
楽しそうだなーとか嬉しそうだなーとかそういうことばっかり気にしていて、会話には一切リソースを割いていなかった。だからわからない。
「やっぱ聞いてないじゃん」
「怒ってる?」
恐る恐る訊ねる。
「いや、別に……怒んないけど」
困ったような反応。いや、実際問題困ってるんだろうけど。
「むしろなんで?」
と、問われる。足を止めて、首を傾げる。
「なんでって……嫌われてると思ったから……?」
どういう受け答えが正解なのかわからず、心にあることをそのまま口に出す。
「嫌い? 私が? もものことを?」
「う、うん……」
さっきよりもよほど怖い雰囲気を醸し出す。オーラも口調もトーンも表情も。
なにもかもが恐ろしい。触れてはならないところに触れてしまったような気がした。
もしかしたら演技を見破られたことによる怒りかもしれない。憤った結果この恐怖。ありえる。ならば開始早々私は大失敗した、ということになる。
「ないないない。ありえないよ、そんなこと。私以上にもものこと溺愛してる人なんてそうそういないよ」
むふんと彼女はドヤ顔をする。
特段嘘を言っているようには思えない。でも梨沙は矛盾している。多分だけど気遣わせてしまったのだろう。ならその気遣いを無下にしないというのが筋というものだろう。
「そっか、ありがとう」
それに演技であったとしてもそう言ってくれるのは嬉しかった。まだ本気で嫌われているわけじゃない。嘘でもそういうことを言えるくらいの悪感情しか抱いていないと、希望を持てるから。
まだ未来はある。やりようはある。きっと上手いことやれば梨沙と絶交しないという未来を掴むことができる。
今やろうとしていることは無駄にならない。そう思うと自然と笑顔がこぼれた。
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