scene5 理髪店で散髪中も、その声ダダモレです(ฅ///ฅ*)


(ドアが開く音)

(りん、と鈴が鳴る音が響く)

(間)

(それから、もう一度、ドアが開く。来店を告げる鈴が再度、鳴る)



「いらっしゃいませ」

『おいでやすが良かったかな? それともおいでませ? きなさいや? めんそーれ?』


「ようこそ、おいてくださいました。本日『恋する髪切り屋』は貸し切りとなっています」

『ビックリした? ママの行きつけのお店なの。美容院じゃない、って思ってる? 理容師さんと美容師さんの差は、剃りの刃物が使えるかなの。もちろん、私は免許はないから、お髭はそれないの、ごめんね』


(唐突に、高遠氷麗はキミの髭を撫でた)


「じょりじょり……やっぱり男の子だ……」

『べ、別にちょっと、キミの髭がどんな感じか、確認しただけだからね!』


「このバーバーチェアに座ってもらえるかしら? え? 店員さん? 折角だから、お店ごと借りたのよ。ちゃんと私が切ってあげるから、任せて良いわよ。私の将来の、なりたい仕事にもつながるしね」

『私ね、になることが夢なの! パパには反対されたけどね』


「なに? ぶっつけ本番なワケないでしょ? ちゃんとお店の人にも習ったから。ウィッグでも練習したのよ?」

『お父さんとお兄ちゃんで実験した時には、ちょっと失敗しちゃったけど、ね。てへっ』


「……どうして腰が引けてるの? 私、失敗しないから」

『失敗したけどね✨』

「……ちゃんと切るから、安心して」

『ずっとイメージトレーニングしてきたからね』



(椅子に座る音)

(バーバーチェアの高さを調整する機械音が響く)




――この学校の誰もが憧れる才媛、高嶺の花、可憐な一輪。ツララ姫こと高遠氷麗たかとうつららの将来の夢が、ペットトリマーであることを初めて知ったキミだった。






■■■






(櫛をいれる)

(そしてハサミを走らせる音が、リズムよく響く)




「どう? わりと良いでしょ?」

『パパは落ち武者になったけど。もうあんな失敗はしないから!』


「だいたい、なんで延していたの? なんとなく? ふぅーん」

『もったいないよ。こんなに格好良いのに』


「何度も言うけれど、第一印象は大事よ? 身だしなみがだらしない人は、社会人になってから苦労するわよ?」

『個人的には寝癖がぴょんって立っているキミが可愛いけどね』


「しっかりしなさいよ、高校生なんだから」

『毎朝、私がなおしてあげるから大丈夫だけどね』

「あ――」


(高遠氷麗は固まった)


「なんでもないわ」

『ちょっとバランスが悪かっただけ。大丈夫、これは挽回できる。失敗は成功の母。お兄様ありがとう。貴方の尊い犠牲は忘れま――ぷぷぷ。思い出したら、ダメ……あ』

「どうしたの? キミは、私に任せておけば良いの。下手に動かないで』


(櫛を入れる、ハサミの音が止まる)


「ちょっと待って。今、髪のバランスをみているから――」


(ふぁさ。指で高遠氷麗は、キミの髪を掬う)

(ふに。柔らかい音)

(高遠氷麗の胸が、キミの顔面にあたった)

(ふに。ふに。そんな音が繰り返される)


「キミ、くせっ毛よね?」

『今、胸押し当ててるんだけど? ちょっと大胆? 当たってるんじゃない、当ててるのって言うべき?』

「でも、柔らかい」

『柔らかいでしょ?』


(再び、ハサミがキミの髪を切っていく)

(小気味よく、リズミカルにハサミの音が響く)


「どう、ちょっと髪が軽くなったんじゃない?」

『両目、しっかり見えているよ。あぁ、そんな風に私を見るのズルいよ。ドキドキしちゃうじゃない! 他の子をそういう目で見るの、絶対にダメだからね』


「あ、髪が唇に……すぐ取るから」

『別に落ちてないけどね。私は、唇の端から端を小指でなぞった』


「うん、良いんじゃないかな?」

『我ながら、上出来。ま、元々キミは格好良いんだけどね』


「どう?」

『私、がんばったよ?』


「そう……キミが満足してくれたのなら、それで良いわ」

『えへへへ。嬉しい! でも、マダだからね!』


「それじゃ、次は髪を洗うから。バーバーチェア、倒します」

『押し倒しちゃいます、なんちゃって!』



(バーバーチェアのリクライニングがゆっくりと倒れる機械音)



「タオル、目に乗せるから」

『私の声しか聞こえない? しっかり耳を傾けて、私の声、聞いてね?』


(ふにん。ふにん)

(柔らかい音)

(この感触は何だろう?)

(シャワーの音)




「お湯かけるね」

『多分、聞こえないよね』




(シャワーの音)




「『好きだよ、キミのこと。好き。大好き。やっぱり――大好き』」





(シャワーの音が響く)

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