scene3 日直のお仕事中も、その声ダダモレです(๑′ᴗ‵๑)
(授業開始を告げるチャイムの音)
(引戸が開いて、教師が入ってくる。足音。教壇に立つ)
「起立」
(椅子を引く音)
(みんな、立ち上がる)
『号令、出遅れているよ? 一緒にかけるんでしょ。起立、注目、礼だよ。ねぇ、知ってる? この号令の仕方って、群馬県と宮城県だけなんだって。一般的には、起立・姿勢・礼なんだってさ。でも、注目の方が良いよね? 私に釘付け……なんちゃって。もしくは起立、注目、突撃でも良いよ。むしろ、押し倒しちゃう? そ、その時は優しくしてね?』
「……あの……ヤル気あります? 日直は一緒に号令をかけるのが、ルールですよね?」
――この学校の誰もが憧れる才媛、高嶺の花、可憐な一輪。ツララ姫こと高遠氷麗と、まさか日直をする日が来るとは、キミは想像もしていなかった。今も聞こえてくる幻聴のようなハイテンションな声に、目を白黒させてしまう。
誰とも一定の距離を置き、時に冷然と言葉で射貫くツララ姫とは思えない、無防備な微笑。クラスは騒然。気付かないのは、キミだけだった。
「先生、すいません。彼、ちょっと緊張しているみたいで。もう一回、良いですか?」
(騒然とするクラス。「え? 高遠さん?」「ツララ姫?」「おい、俺と日直代われよ?」「なんで良い空気になっているの?」「たっ君、ちょっと見スギだと思うよ」「見てない、みてないって!」そんな囁き声が、尽きることなく響く)
(高遠氷麗は、そんなクラス反応に動じることなく、 キミの耳元に囁く)
「そんなに構えなくても良いでしょ。普段から、私のことなんて、なんとも思っていないくせに」
『ちょっとでも意識してくれたら嬉しいけどね』
「声を合わせるだけでしょ?」
『声、合わせて? ズレたら罰ゲーム』
「簡単でしょ。起立、注目――」
『chu❤』
「だから、何を呆けているの? その調子じゃ、いつまでたっても、授業が始まらないでしょ?」
『chu❤ chu❤ chu❤』
「注目するのは私の顔じゃないでしょ?」
『釘付け、なっちゃった?』
(すーっ。高遠氷麗は大きく、息を吸った)
「起立、注目、礼。よろしくお願いします!」
(キミの声をかき消すくらい、高遠氷麗の声が響く)
(それすら、かき消すように)
(チュッ。そんな水音――リップ音が響いて)
(トクントクントクン、心臓の音が響く)
『あぁ……恥ずかしかった! でも、意識してくれたかな?』
(高遠氷麗の声が、エコー。歪んで、何度も何度も、キミの耳元で響いた)
■■■
(授業が終わって、外からは運動部の掛け声が響く。「オーライ、オーライ」「ナイスシュート」「気合いいれていこう!」「どんまい、どんまい」バットに当たるボールの音。そんな音が間で響く)
(
(学級日誌に書いて、今日の日直の仕事は終了)
「さぁ、早く終わらせましょう。キミと時間を無駄使いするほど、私はヒマじゃないから」
『これ終わったら、帰っちゃうの?それなら終わらせない方が良い?』
「どうしました? 文章が思い浮かばない? まさか、1日、寝ていたワケじゃないでうしすよね? 今日あったことを、ありのまま書けば良いじゃないですか」
『今日もキミ、頑張っていたよね。先生に言われたこと、イヤな顔一つしないもんね。怪我した子の代わりに、係の仕事もするし。関わる子が全員、女の子ってトコロが納得できないけれどね』
「まぁ、キミは鈍くさいから、全部抱え込みがちですけどね。もう少し、私に頼っても良いと思いますよ。私たち、言ってみれば
『
「でしょ? だったら、ちゃんと私に相談して――」
『告って――」
「『良いと思うんです」』
「え? 勝手に自分が引き受けたことだから? そうですね。本当に勝手に引き受けすぎです。一人で業務遂行するより、私と一緒に片付けた方が、生産性が上がると思いませんか?」
『生産と出産って、ちょっと似ているよね? ヤ、やだなぁ。そ、そんなこと考えてないよ。ほ、保健体育でキミのこと意識なんか、し、してないからね!』
「分かってくれましたか。え? 早く、日誌を書かないと? それは賛同しかねます。今日の業務を振り返るのですから、適当に書いて良いワケがありません」
『だいたい、キミとの日直を振り返るワケでしょ? この欄で、キミと私の全てを書けるワケないじゃん。せめて、最低10万字は欲しいよね?』
「……あ、あの……どうして、私が頑張ったことばかり書いているんですか……?」
『キミだって頑張っていたよ。丁寧に仕事をするところも、最後まで放り出さないところも、本当に好き』
「え? 誰よりも責任感が強い? そんなこと言われたの、初めてです……」
『責任? とるとる! 絶対に幸せにするから!』
「なんで、隠すんですか。最後に二人のサインが必要なんですよ? サインを書くというコトは――」
『二人のサイン、婚姻届みたい!」
「ダメですからね。消した……ら?」
『距離を置く人なんて、ウソです。誰よりも皆のことを見ていて、気遣いができる高遠さんと日直ができて良かった? ふぅーん? キミはそんな風に思ってくれていたんだね』
「何をバカなことを。親しき仲にも礼儀ありです。適度な距離感を保つことは、人間関係を築くうえで、大切なことです」
『私は、キミにしか興味がないから。正直、他の人はどうでも良いけどね? ただ、これ冷静に考えたら私に向けたラブレターみたいだね。嬉しいけど』
「だから、どうして消そうとするんですか。日直同士、信頼関係を築けたことの証です。消す必要なんてありません。男が、一度言葉にしたことを覆すのは、ちょっと関心しませんよ」
(パタン)
(日誌を閉じる音)
(高遠氷麗は、強制的に日誌を奪った)
「『今日はありがとうございました』」
「スムーズにお仕事ができました」
『息があっていたよね、私達。ベストカップルじゃない? もう他の子と日直はできない運命だよね、これは』
「でも、疲れましたね」
『キミと一緒だから、全然疲れてないけどね』
「ちょっと、甘いもの食べたくありませんか?」
『まだ、帰りたくないなぁ』
「いわゆる、お疲れ会ってヤツです。日直なら。誰でもやっていますよ」
『キミは私と一緒にいたくない? 私はもっと一緒にいたいんだけど』
「日誌を職員室に返却したら、考えません? それとも私と一緒に帰るのはイヤですか?」
『今日、私の胸を13回は見たよね』
「ふふっ(嬉しそうに笑う)そんなに急いで結論、出さなくても。あぁ……甘党なんですか? うん、そんな顔をしています」
『ちゃんと歯磨きしてる? 私がしてあげないとダメかもね?』
「どうしたんですか? スイーツは後でです。まずは日誌を返さないと、でしょう?」
『ちゃんと、歯磨きしてあげるから、安心してね?』
(ガラガラ、教室の戸が閉まる)
(二人が歩く足音、遠くで聞こえる部活の掛け声)
(遠くで聞こえる、カラスの鳴き声)
――日誌でイチャつくな、と。この後、担任から書き直しを命じられることになる……ことを、何となく予感していたキミだった。
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