1-18 負けず嫌い

 悔しい。


 悔しい悔しい悔しい悔しい。


 圧倒的だった。


 私は本気だったのに、簡単にいなされた。


 分かっていた。アサヒが強いことくらい。


 でもアサヒは、本気を出していなかった。


 ハンデはもちろん、魔力だって、全く全力じゃなかった。


「ギャギャ!!」

「邪魔!」


 ルーナは目の前に立ち塞がったゴブリンを容赦なく叩き斬る。

 青い血をまき散らして、ゴブリンはあっけなく倒れた。


 それに目もくれず、ルーナは駆け抜ける。


 ゴブリンの巣。迷路のように縦横無尽に伸びた洞窟内。

 ギルドの掲示板で見つけたその場所に、ルーナは来ていた。


 もちろんまだハンターでないルーナに依頼を受けることはできない。だからこれは彼女の独断によるものだ。


 ルーナは洞窟内を無我夢中で駆ける。


 悔しい。強くなりたい。


 そんな想いから居ても立っても居られなくなったルーナは、その衝動のままに戦いに身を投じていた。


 半分は、八つ当たりなのかもしれない。


「くそっ……」


 また現れたゴブリンを斬って捨てる。


「くそっ……」


 もう一体。また一体。


「くそっ……くそぉぅ……」


 ゴブリンの死体が積み重なる。


 ルーナは肩を震わせ、泣いていた。


 私が全力を出しても、マンティコアに手傷を負わせられる程度の力しかない。

 でもアサヒはそれを一撃で屠ることができる。


 あっさりと、容易く。


 それでいてあの大魔法だ。


 それが、今の私とアサヒの差。圧倒的な差。


 これから先、アサヒの戦いは更に激しくなるだろう。

 敵も強くなる。


 でも私は、今のままだと、一緒に戦えない。


 足手纏いになってしまう。


「嫌だ……」


 ルーナは元々、強くなりたいと思っていた。

 高位森人ハイエルフになるために、それは必要なことだからだ。


 国の皆を見返したい。

 そして死んでしまった母親に、立派になった姿を見てほしい。


 それがルーナの生きる意味であり、夢だ。


 でも、今はそれだけじゃない。


「アサヒ……」


 初めてできた友達。


 どことなく私に似ていると感じた、人間の男の子。


 それを失いたくない。


 そう思っていた。


「グゲゲゲ!!」


 ずん、ずん、と足音が聞こえる。汚い叫び声も。


 気付けばルーナは、広い空間に出ていた。

 何に使うのかもよく分からないぼろ布や、食い散らかされた食べ物のカスが散乱している。


 火の魔石を散りばめてあるのか、空間全体がぼんやりと明るかった。


「ゲ? ゲゲゲゲ!」


 そんな中、一つの通路から出てくる影。


 ルーナよりも遥かに高い身長に、隆起した筋肉。

 大剣を肩に担ぎ、下卑た笑みを浮かべるそいつは、明らかに普通のゴブリンとは違う。


 ゴブリン戦士ウォーリアー

 数多の戦いを勝ち抜き、戦士として成長したゴブリンの上位種だ。


「ググゲゲゲゲ!!!」


 ゴブリン戦士ウォーリアーは駆ける。


「邪魔しないで……」


 ルーナはぽつりと呟く。

 腹の底から湧き上がる苛立ちを隠そうともしないで。


「『高揚する調べエラティオー・メローディアム二重奏デュープレックス』」


 そして、ルーナもまた、駆けた。


 狙うは心臓。

 一突きで息の根を止める、そのつもりだった。


「ゲガ!」

「! このっ……!」


 ガンッと甲高い金属音が鳴り響く。


 ルーナの狙いすました剣は、ゴブリン戦士ウォーリアーの大剣によって難なく防がれていた。


 ルーナは止まらない。


 ひたすらに剣を振り続ける。


 そこに戦士としての立ち振る舞いなんてものはない。


 ただがむしゃらに棒切れを振るう子供のように、衝動に身を任せるだけの姿がそこにはあった。


「この! この! この! このぉ!」


 ただその連撃を、ゴブリン戦士ウォーリアーは大剣を構えるだけで全て防いでいく。


「ゲッゲッゲ!」


 ゴブリン戦士ウォーリアーは笑う。

 戦士として鍛えられたゴブリンに、そんな児戯に等しい剣なんて届くはずもなく――。


 大きく振りかぶったルーナの剣は、下から掬い上げるように振り払われた大剣によってなんなく弾かれた。


 目を見開くルーナ。

 だがもう遅い。


 そのがら空きになった胴体に目がけて、ゴブリン戦士ウォーリアーは痛烈な足蹴りを放った。


「がっ……!」


 遥か後方、洞窟の壁に激突するルーナ。

 体内の空気が全て吐き出され、酸素を求めるように荒く息をする。


 身体強化の魔法を二重にかけているのに、その痛みは相当なものだった。


「げほっ……ごほっ……」


 早く……早く体勢を立て直さないと……。


 だが、身体は思うように動いてくれない。がくがくと震え、足に力が入らない。


 このままだと……死……。


「ゲギャギャ!」


 ルーナはそこで、信じられないものを見た。


 ゴブリン戦士ウォーリアーはまたしても笑っていた。

 あざ笑うかのように、見下すように、けなすように。


 その場から動かず、とどめを刺そうともせず、ただただ笑っていた。


「……ははっ」


 思わず、乾いた笑いが漏れ出る。


 遊ばれている。


 格下だと思われている。


 あんなやつに。


「何が『大人』よ……」


 頭に血が上って、何も考えずにがむしゃらに剣を振るって、馬鹿みたい。


「これじゃあ本当に、ただの子供じゃない……」


 私が今やることは、子供みたいに駄々をこねることなの?


 違う。

 違う。


 自分から逃げるな。現実から目を背けるな。


 誇り高き森人エルフなら、心を強く保て!


 ルーナは側に落ちていた剣に手を伸ばす。


 私が今やらなくちゃいけないこと。


 それは――。


「――強くなること」


 ちょっとでも、少しでも、でも確実に。


「アサヒに追いつくために、強くなること」


 ルーナは剣を構える。

 もう震えもない。頭も冷静だ。


 戦える。


 ゴブリン戦士ウォーリアーの笑い声が、ぴたりと止まる。


 先程までと纏う雰囲気が違うことに奴も気付いたのだ。


 ゴブリン戦士ウォーリアーが初めてその大剣を構えた。

 臨戦態勢。先程までの余裕も驕りもない。


 ルーナは思い出す。


 去り際に見た、グラースのあの移動術を。


『まだまだ入りが荒いね』


 アサヒの言葉、あれの意味がグラースの技を見た後だとよく分かる。


 私の移動術は、グラースさんのと比べて力が入りすぎている。


 だから、敵に簡単に察知されてしまう。


 大事なのは、余計な力を抜くこと。力任せではだめだ。


 地面を蹴るその瞬間だけ、一瞬だけ力を入れる。


 大丈夫。私ならできる。


「すぅぅ……はぁぁ……」


 大きく深呼吸をするルーナ。


 先に動いたのは、ゴブリン戦士ウォーリアーだった。


「グゲゲゲエエ!!」


 ルーナを殺そうと、その大剣が迫り来る。


 だが、ルーナは落ち着いていた。

 いつもより、良く視える。


 ゴブリンの顔も、迫る大剣も、自分の魔力の流れも。


 大剣がルーナの身体を切り裂かんとした時――。


 ルーナの姿が消えた。


 文字通り音もなく、最初からそこにいなかったように。


 グラースの移動術を、完璧に再現していた。


 ゴブリン戦士ウォーリアーの背後に現れたルーナは、その心臓を貫く。


「ゲ……ガ……」


 突き立てた剣を勢いよく引き抜くと共に、ゴブリン戦士ウォーリアーは地面に倒れ伏した。


「はぁ……はぁ……私の、勝ちね……」


 勝った。

 倒した。


 私はまだ、強くなれる。


 そんな充足感がルーナを包み込んでいた。


「待ってなさい、アサヒ。必ず追いついてみせるから」


 ルーナは洞窟の出口に向けて歩き出す。


 まずは……勝手にいなくなったこと、アサヒに謝らなくちゃ……。


 そんなことを考えながら。

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