1-17 危うい心

「……なんですか、改まって」


 その雰囲気には、覚えがあった。

 普段は決して真面目とは言えないグラースだが、時折こういう所を見せてくる。


 あの時もそうだ。


 魔法というものを教わって、初めて魔力を手にした時も。



 グラースとの戦闘中に我を忘れて、彼を殺してしまいそうになった時も。



「お前、また暴走しただろ。部下に聞いたぞ。岩石地帯が更地になってるって」


 アサヒは答えない。


 事の重大さは、自分でよく分かっているつもりだ。


 過去の自分――生体兵器として戦争に駆り出されていた頃の自分。

 炎を見ると、どうしてもそれが表に出てきてしまう。


 残虐で、容赦がなく、ただ敵を殺すだけの道具。


 それが、地球にいた頃の、アサヒだった。


「分かってるのか? それがどういうことか」

「……分かってるよ」

「いいや、分かってないね」


 グラースはアサヒの胸倉を掴み上げた。


「このままだとお前、いつかルーナちゃんを殺すぞ」

「――!」


 それは、心のどこかでアサヒ自信も危惧していたことだった。


 今回はたまたま大丈夫だっただけ。


 次も大丈夫な保証は、ない。


 過去の自分――いや、50億年を生きたもう一人の自分とでも言うべきか。


 それがどういう行動を取るのか、アサヒ自身にも分からなかった。


「それを、肝に銘じておけ。……師匠からのアドバイスだ」


 今でも思い出せる。

 地球にいた時のことを。


 戦火の中で、たくさんの人を殺した。

 殺して殺して殺して、何度も殺されて殺されて殺されて――。


 心が張り裂けそうだった。


 いや、実際に裂けてしまったのかもしれない。


 戦争の果てに、結局人類は滅んだ。

 私利私欲のために戦争してた人も、戦火を恐れて他国に逃れた人も、子供も大人も老人も男も女も、皆いなくなった。


 そして残ったのは、悠久ともいえる時をたった一人で過ごす、自分だけ。


 そんな己を守るために作り上げたもう一人の自分、なのかもしれない。


「僕は、どうすれば……」


 分からなかった。

 分かっているつもりで、全く分かっていなかった。


 ただ、目を背けていただけだ。


「はぁ? ガキじゃないんだ。そんくらい自分で考えろ。50億歳なんだろ」

「50億歳……か……」


 アサヒは自嘲気味に笑った。


 確かにそれだけの時を生きてきた。


 でも、それは、ただ生きていただけだ。


 中身は見た目相応かそれより少し大人びている程度に過ぎない。


 アサヒは思う。


 きっとあいつは――もう一人の自分は僕と違って50億年間ずっと、考えてたのかもしれない。


 僕の代わりに。


「……分、かりました。どうすればいいかは、まだ答えは出ないけど、どうにかします」


 アサヒの答えにグラースは頷く。


「アサヒ。ルーナちゃんのこと、どう思ってる?」


 それは普段だったら少し恥ずかしいような、照れくさいような、そんな答えにくい質問だ。


 でも、今ならはっきりと言える。


「ルーナは、僕の大切な仲間で、友達です」


 アサヒはグラースの目を真っ直ぐに見つめながら、そう答えた。


「よし。それならまず初めにやることは?」

「ルーナを追いかけること」

「正解! そら行け!」


 はっぱをかけられて、アサヒは走り出す。


 そこで、ふと違和感を覚えた。


 何か忘れてるような……。


 それに気付いたアサヒはぐりんと勢いよく振り返り、グラースを睨み付ける。


「魔石……調べてくれるんでしたよね?」

「ちっ、気付いたか……」


 その態度に苛立ちが募ったアサヒは、思わず魔石をぶん投げた。


「おいあぶねぇだろ! 落としたらどうすんだ!」

「さっきまでいい感じだったのに、あんたやっぱ最低だ!!」

「分かった分かった。調べてやるよ。全く、そんな怒ることないだろ」

「どの口が言ってんの……?」


 グラースは「聞こえなーい聞こえなーい」なんて軽口を叩きながら、魔石に魔力を流し込んでいく。

 すると、魔石は呼応するように淡く光りだした。


「ほぅ……これは……森人エルフだな。しかも相当強い魔力だ」

「え?」


 森人エルフ

 ルーナと同じ、森人エルフが、星の守護者に関係している……?


「このマンティコアの元々の主は、森人エルフだ。間違いない」


 グラースの言葉に、アサヒはごくりと唾を飲んだ。


 森人エルフは、その殆どが国外に出てくることはない。

 犯罪者で国を追い出されたか、ルーナのように連れ去られたか、大体がそのどちらかだ。


 ごくまれに自らの意志で外に出て行く者もいるらしいが、その数は少ない。


 つまり、高い確率でそいつは森人エルフの国にいる、ということだ。


「ルーナ……」


 もしかしたら、ルーナの知り合いの中に、そいつがいるかもしれない。

 星の守護者に関係する者が。


 しかし、まさか森人にも星の守護者クースタス・ステルラの一員がいるなんて……。


 その規模も目的も、何も分かっていないけど、自分の想像している以上に星の守護者クースタス・ステルラは巨大な組織なのかもしれない。


 ともすれば、世界規模で暗躍しているような――。


「……ありがとうございます、師匠。助かりました」

「おう。またなんかあったら連絡しろ。できる限りのことはしてやる。ルーナちゃんのハンター登録もこっちで進めるから心配するな」


 そう言いながらグラースは、アサヒに魔石を放り投げる。

 それを受け取ったアサヒは小さく頭を下げる。


 とにかくまずは、ルーナを探さないと。


 森人エルフの国に行くなら、彼女の助けは必須だ。


 逸る気持ちを抑えきれず、アサヒは訓練場の出口に向かって駆けだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る