1-15 ギルドへ
「おい、あれ……」
「
「隣にいるの誰だ?」
「黒髪黒目……もしかしてあれが噂の、不死身のアサヒか」
ギルドに来たらそんな話し声がそこかしこから聞こえてきた。
やはり
というか待って、不死身のアサヒって何?
そんな恥ずかしい二つ名みたいなの知らないんだけど。
気付けば厨二病患者も真っ青な呼び名を付けられていたアサヒは、困惑しつつも耳を
「なんだよそれ。不死身? 死なないってのか? そんなまさか」
「実際に不死身かどうかは知らねぇけど、どんな傷も立ちどころに治っちまうらしい。情報屋の嬢ちゃんが言ってたぜ」
あ、あいつめ……!
一体なんの腹いせか!
頭の中であっかんべーをしているモニカの顔が浮かぶ。
なんとも腹立たしい。
今度差し入れって言って、
そんな肝っ玉の小さい仕返しを思いついたアサヒだった。
「ここがギルド……戦士も魔法使いも、たくさんいるのね」
「これでも少ない方だよ。早朝とかに来たら依頼を受ける人でごった返してるから」
隣にいるルーナは周りの話し声なんて全く耳に入らないのか、物珍しそうにきょろきょろと視線をさまよわせている。
「それで……どうやったら私もハンターになれるの?」
「普通は受付で申請するんだけど……今日はギルド長に用があるから、そのまま直談判しに行こう」
正直、ハンターになるための申請は色々と手順があって面倒くさい。
自分の経歴とかスキルとか色々と書類に書いて申告しなきゃだし。
さながらそれは、現代日本で言うところの履歴書とか経歴書だ。
アサヒは終ぞ書く機会がなかったが、多分それに近いだろう。
ある程度の戦闘スキルがある人が徒党を組むわけだから身元の証明は必須だ。
ギルドは独立組織だが、国からしたらテロとかクーデターとか反乱分子の温床になっても困るわけで、きちんと管理する必要がある。
つまり、普通にやったら面倒くさいというわけだ。
「それは、えーっと……いいの? なんかズルしてるみたいだけど」
「いいのいいの。身内特権ってことで、それくらいやってもらわないとね」
じゃないと会うメリットがない。職権乱用くらいしてもらわないと困る。
それくらい会いたくないのである。
早速アサヒは受付カウンターにいるギルド職員の女性に話しかけに行く。
見たことない人だ。
最近はギルドに殆ど顔を出してなかったからその間に入った新人さんかもしれない。
「ギルド長って、今日いる?」
「え? ギルド長……ですか? はい、今は二階で仕事中ですが……」
「あ、そうなんだ。ありがと」
それだけ言うとアサヒは階段に向かってすたすた歩いていく。ルーナも困惑気味にその後をついて行った。
師匠に対してのアポなし訪問は基本だ。遠慮はいらない。
「え、えぇ? ちょ、ちょっと待ってくださ――」
「あー、その人はいいのよ。そのまま通してあげて」
カウンターの奥から出てきた別の女性が彼女を制止する。
それはアサヒもよく知るベテランの職員だった。
「彼はギルド長のお弟子さんだからね」
「ギルド長にお弟子さんがいたんですか? 初耳ですけど……」
「まぁあの人以外にはいないんじゃないかな。それくらいの才能の持ち主ってわけね」
「当代随一の魔法剣士に認められるって……凄いですね。……でも」
そこで新人職員は苦い笑みを浮かべる。
「あのギルド長の弟子……ですか」
「そう。あのギルド長の弟子。大変そうよね」
きっとさぞ辛い目にあっているのだろうな、とアサヒの心中を察する彼女達であった。
♦♦♦
「ギルド長ー、師匠ー、入りますよー入りますねー」
アサヒはノックもせずに執務室のドアを開ける。
本当に遠慮なんか微塵もなかった。
「ふんふんふん! ふんふんふん!」
中に入ると、そこにいたのは――。
「ふんふんふん! ふんふんふん! ふ……ん?」
上半身裸でひたすらスクワットをしている若い人間の男。
その引き締まった身体が滴る汗で輝いている。
その様子に、アサヒはまたかよ……みたいな顔を浮かべる。
ルーナはちょっと引いていた。
「おぉ、アサヒじゃないか! 久しぶりだなぁ!」
これが、ハンターの頂点に立つ男。
当代随一の魔法剣士と名高いギルド長――グラースだ。
「……仕事中と聞いてたんですが」
執務室の奥、そのデスクの上には何枚もの書類が散乱していた。
仕事が捗っているようには到底見えない。
「そんなもんは面倒なのでやめた! 息抜きに筋トレ中だ」
「やめたのに息抜きってもう意味わかんないですよ」
頭が痛くなる。
いや最早、頭痛が痛いレベルだ。
それくらい理解不能。
「こ、この人がギルド長でアサヒの師匠……なの……?」
ルーナは絞り出すように口を開く。
信じられない、と言った様子だ。
僕も信じたくない、とアサヒは思った。
もっと威厳のある人物を想像していたのだろうが、それは幻想だ。
ただの
「おや君は……見ない顔だね。アサヒのお友達かな?」
「ともだち……は、はい! アサヒの友達のルーナと申します!」
友達。
そう言われて少し嬉しそうに、はにかむルーナだった。
「そうかそうか。私はグラース。ここでギルド長をしている。そして、そこの師匠だ」
ぴっ、とアサヒに指を突き付けるグラース。
「そこのとはなんですか。あと人に向かって指差さないでください」
アサヒは念動力で無理矢理に差された指を折り曲げようとするが……。
「ぐ、ぎぎぎ……」
いくら念動力を込めようとも全くびくともしない。
こんの、馬鹿力め!!
心の中で悪態をつきつつも、でもどれだけ力を込めても動かないので仕方なく諦めた。
「はぁ……はぁ……」
「ちょっと……大丈夫?」
「だ、大丈夫。ほんと、どうなってんの……その身体……」
地球にいた頃は戦闘機だろうが戦車だろうがぺしゃんこにしてきた力が、この男には全く通用しない。
本当に人間か?
化物化物と言われてる自分より、余程化物じみている。
当のグラース本人は何事もなさそうに、むしろ笑みすら浮かべている始末だ。
「それで、何か話があって来たんだろう? ようやくハンターになる決心でもついたか?」
「ハンターにはならないって言ってるでしょ。組織に所属するのはもう御免です」
地球で散々生体兵器として戦争に駆り出されてたアサヒだ。
今更どこかに所属するなんてまっぴら御免だった。
「ふむ……お前がいてくれたら助かるんだがなぁ。最近は魔物も活発になってるせいなのか、
一人で国家レベルの武力を扱える人物。
それが必要になるレベルの魔物、というのは確かに
「僕に直接依頼してくれれば行きますよ。別に報酬もいらないですから」
「そういう勝手をすると俺が色んなところから怒られるんだよぉ。面倒だからできればやりたくない。分かるか? この俺の苦悩が」
「分かりません」
ばっさりと切って捨てるアサヒ。
だめだ、このままだと師匠のペースで一生話が進まない。
「それで、話というのは……これです」
アサヒは無理矢理に話題を変えるため、マンティコアの魔石を取り出してグラースに渡した。
「ほぅ、マンティコアの魔石か。随分と立派な代物だが、これがどうした?」
「その魔石に残る魔力の痕跡を探ってほしいんです。
「……なるほど……ね」
グラースは神妙な面持ちで魔石を眺めると――。
「やなこった!」
舌をべーっと出して、魔石をアサヒに放り投げた。
「な……は? いやふざけないでくださいよ!」
「なんで師匠の頼みを聞いてくれない不肖の弟子の言うことなんか聞かなきゃいけないんだ? 嫌だったら嫌だ!」
べろべろばー、と子供の様な振る舞いをするグラースにアサヒは眩暈がした。
「いい年こいたおっさんがいけしゃあしゃあと……」
「おい! 聞き捨てならねぇな! 俺は20代だぞ!」
「それは、見た目の、話でしょうが! 本当は50過ぎのおっさんのくせに!」
膨大な魔力を誇るグラースは見た目と実年齢があっていない。
中身は半世紀以上生きてるおっさんだ。
一方、そんな二人のやり取りを一歩下がってみていたルーナは、目を見張っていた。
少しおちゃらけたところもあるけど、アサヒがこんなに騒いでいるのは初めて見たからだ。
基本的にいつも冷静なアサヒしか知らないルーナにとって、それはとても新鮮な光景だった。
でも……なんか似てるかも。
ルーナはふとそんなことを思う。
「ふふっ、似た者師弟ね」
だからつい、そんな言葉が漏れてしまった。
「え? ルーナ大丈夫? 頭でも打った? 僕のどこがこのおっさんと似てるの?」
「だって、アサヒだって初めて会った時、私のことからかったじゃない。そういうところよ」
「ぐっ……」
ルーナの言葉に息を詰まらせるアサヒ。
確かにからかったけど、それをこのおっさんと結び付けられるのは癪だった。
癪だったけど、言い返せない。
アサヒは盛大にため息をついた。
「もういいや。ルーナ、行こう。このおっさんの相手するだけ無駄だって分かった。悪いけど、ハンターになるのは正規の手順で――」
「ちょっと待て! ハンターになりたいって? その子が?」
突然、距離を縮めてくるグラースに、ルーナは少しだけ身体を仰け反らせた。
「え、えぇ。そうですけど……」
「なんと! なんと素晴らしい! 有望な若者がハンターになりたいと門を叩いてくれるなんて! ルーナ……ちゃんと言ったか、どうしてハンターになりたいんだい?」
「そ、それは……アサヒに借金してて……お金稼ぎにいいかなって。国では戦士だったので、腕には自信があります」
それを聞いて、グラースはじとーっとした目つきでアサヒを見た。
「お前……最低だな……こんな可愛い子に借金させてんのか……」
「ちがっ……それはルーナが――」
「わ、私が勝手に返そうとしてるだけです! アサヒは気にするなって言ってくれたので!」
「ふーん……まぁいいけど……」
それでもまだグラースの目つきは変わらなかった。
このおっさん、俺に個人攻撃したいだけじゃないのか……?
そう思ったアサヒだったが、変に反論するとまた面倒くさくなりそうなので止めた。
そんなアサヒを見て、グラースはつまらなそうに鼻を鳴らすとルーナの魔力を視る。
「なるほどなるほど……これは中々、いい魔力を持ってるじゃないか」
「あの……私、ハンターになれますか?」
おずおずと尋ねるルーナに、グラースはどんっと胸を叩いた。
「もちろん、大歓迎だよ。ただ、ランクを決めるために実力を見せてもらう必要がある。そうだな……」
グラースは不貞腐れたようにしているアサヒに声をかけた。
「アサヒ、魔石を調べてやってもいいが、条件がある」
「……なに?」
にやりと、グラースが笑う。
嫌な予感がした。
「お前がルーナちゃんと戦え」
予想的中。
本当にこの人は、何を考えてるのかさっぱり分からん……。
アサヒは思わず天を仰いだ。
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