1-14 お金を稼ぐには

「アサヒ……どうやったらお金稼げる……?」


 治癒院から出て、ルーナはそんなことを言い出した。


 すっかり元気になった彼女だったが、それとは真逆に何やら思い詰めた表情を浮かべている。


 そんなに僕がお金出してるの気にしてるのかな、とアサヒは思うが、普通に考えたらそりゃそうである。


 ルーナが人攫いから助け出されてから今に至るまでの、ご飯代、宿代、武器代、治療費、全てアサヒが出している。


 これで何も思わなければ相当な胆力の持ち主だろう。


 だがアサヒは、ルーナは真面目だなぁ、とただただ吞気のんきに考えていた。


「僕の持ってるお金、分けようか? どうせ人攫いのお金だし」


 だからそんな、ちょっと抜けた発言が飛び出してしまう。


「違うの! そうじゃなくて! ちゃんと自分でお金を稼いで、アサヒに返したいの!」


 そういうものなんだ……本当にあぶく銭だから気にしないでいいのに。


 アサヒはそう思うが、ルーナの様子を見るにそういうわけにもいかないらしい。

 真剣な眼差しでこちらを見ていた。


 極端なことを言えば、アサヒにとってお金に左程の価値はない。


 不老不死の身体は飲食を必要としないし、睡眠も必要ない。

 だが、食べるという行為も寝るという行為も、好きだからしているだけだ。


 最悪お金がなくても、アサヒは生きていける。


 だからアサヒにとってお金の優先順位はかなり低い。

 あれば嬉しい、程度のものでしかないのだ。


「うーん……お金を稼ぐ方法かぁ……」


 ルーナにとっては自分でお金を稼ぐのは大事らしいので、アサヒはちゃんと考える。


 だが、別に考えるまでもないことだ。

 だってもう思い付いてるから。


 それでも、うんうん唸っているのは、ちょっと――いや、かなり気乗りしないから、という理由でしかない。


「あるにはある……けど……」

「本当!? 教えて!」


 ルーナはアサヒの言葉にずいっと顔を近付ける。


 ぐぬぬ……とでも聞こえてきそうな程に口を堅く結ぶアサヒ。


 ルーナにぴったりな稼ぎ方。

 それはもうギルドのハンターになることだろう。


 魔物を退治し報酬を得る。まさに戦闘経験のあるルーナにぴったりだ。


 別にルーナにそんな危ないことさせたくない、というわけではない。


 いやもちろん、できれば危ないことはして欲しくないけど……。


 魔物との戦いは常に危険と隣り合わせだ。

 大怪我で済めばまだいい方で、死んでしまうことだって珍しくない。


 でも、それが理由じゃない。


 本当の理由は――。


「苦手なんだよなぁ……あの人……」


 ただアサヒがこの王都のギルド長である男を、苦手というだけの話だった。


「へ? 苦手……?」

「ごめん、なんでもない。こっちの話」


 でも、それはアサヒの都合であってルーナには関係ない。


 それに、


「この魔石のことも聞かなきゃだし……」


 アサヒは赤く輝くマンティコアの魔石を念動力でふわふわと宙に浮かべた。


 その大きさ、輝きは見事なもので、通行人の視線が自然と集まっていく。


 結局、あの魔物使いの男は何も話さなかった。


 いや、収穫はある。

 死に際に放った、『星王様』という言葉ワード


 星の守護者クースタス・ステルラのボスだろうか。

 だが、それだけだ。そこから先の情報には繋がらない。


 残された手掛かりは、この魔石のみ。


 優れた魔法使いならば、この魔石に込められた魔力から、なんらかの手掛かりを掴めるかもしれない。


 アサヒは圧倒的な魔力を持ってはいるが、魔法使いになってまだ一年のぺーぺーだ。技術的な面では劣る。


 だが、ギルド長は違う。

 優れた魔法使いであり、世界最高峰の剣士だ。


「……行くか……ギルドに」


 アサヒは諦めたようにため息をついた。

 心底行きたくないらしい。


「ギルド……って何?」


 ルーナはきょとんと首を傾げる。


 森人エルフの国に、ギルドは存在しない。


 ギルドは、国の兵士だけでは魔物に対応できなくなった末に生まれた組織だ。


 森人エルフはその魔力故に、基本的に人間より強い。

 一般人でも戦う力を持っているため、ギルドなんてなくても十分魔物に対応できる。


 だからそれは、ルーナにとって初めて聞く言葉だった。


「魔物退治を専門とするハンターって人達が集まる組織だよ。ハンターになれば、魔物を狩ってお金稼ぎができるようになるから、ルーナにぴったりかもね」


 そうアサヒが言うや否や、ルーナは鼻息を荒くして、


「行く! ハンターになる!」


 ぐっと握り拳を作った。


 ルーナの気合に飲み込まれそうになったアサヒは、一歩身を引く。

 

 乗り気なルーナと超消極的なアサヒ。

 圧倒的な温度差がそこにはあった。


「魔物を倒してお金が貰えるなんて、最高じゃない! そうと決まれば早速行きましょう!」


 ルーナにとって、それは一石二鳥の手段だった。


 お金を稼ぐ。

 そして、強くなる。


 強くならなければならない。

 それを先程のアサヒの戦いを見て、痛感していた。


 強くなりたい。強くならなくちゃいけない。

 でないと私は、アサヒと一緒にいられない。


 たった一人の友達を失いたくないという気持ち。


 それだけじゃない。

 森人エルフの誇りにかけてアサヒを手伝うと言った自分をも裏切ることになる。


 それじゃあだめなんだ。半森人ハーフエルフの私は。


 いつか絶対に……高位森人ハイエルフになるのだから。


 死んでしまった、お母さんのためにも。


「何してるの! 早く行くわよ!」


 ルーナは声を張り上げる。

 逸る気持ちが抑えられないといった感じだ。

 道も分からないのにずんずんとルーナは歩いて行ってしまう。


 アサヒは未だに乗り気じゃないのか、ゆったりとした足取りでルーナの後を追う。


「やだなぁ……師匠に会うの……」


 そんなぼやきが、アサヒの口から漏れるのだった。

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