1-9 よーいドン

 次の日。

 アサヒとルーナは王都南門の前にいた。


 早朝にもかかわらず、山人ドワーフの国に行くであろう商人の姿が見て取れる。

 荷馬車が何台も南門から出て行った。


「剣はそれでよかったの? もっと良いやつもあったけど」


 アサヒの問いにルーナが腰のベルトに差した剣に軽く触れる。


「えぇ。長さも重さも、これが前に使ってたのに一番近いから。鉄製の剣は初めて使うけど、多分大丈夫でしょ」


 これから向かうのは魔物使いの目撃情報があった岩石地帯だ。

 探すに当たって、ほぼ確実に戦闘になることが予想される。


 そのため、事前に武器屋でルーナ用の剣を見繕っていた。


 ちなみに、ルーナが前に使っていた剣は魔物の牙や骨を使ったものらしい。

 森人エルフの国は交易を殆ど行っていないので、鉄は超貴重だからだそうだ。


 森人エルフのイメージが一気に蛮族寄りになってしまったアサヒだった。


「それより……ごめんね、アサヒ。お金、出してもらっちゃって……」

「まだ気にしてたの? これは必要経費でしょ」


 剣を買った直後も、ルーナはかなり気にしていた。

 気にしたところでルーナは無一文だし、これから行く場所的に武器は必要だから拒否権はないのだが。


「絶対、絶対ちゃんと返すから。宿代も!」

「あぶく銭だから、そんな気にしないでいいのに」

「それでも!」


 ルーナの勢いにアサヒは困ったように頬をかいた。


 律儀というか真面目というか……これも森人エルフの誇りというやつだろうか。


「じゃあ、そのうち返してもらおうかな」

「うん、任せて」


 アサヒがそう適当に返すと、それでもルーナは姿勢を良くして真っ直ぐに答えた。

 やれやれ、と心の中で呟いて、アサヒは門の入口に向かって歩き出す。


 門番の衛兵が、アサヒに気付いて頭を下げた。


「アサヒさん! お疲れ様です。今日も魔物討伐ですか?」

「まぁそんなとこ。岩石地帯の方まで行ってくるよ」

「最近は魔物の動きも活発になってるので、気を付けてください」


 アサヒは軽く手を上げて門を通り抜ける。


「顔見知り?」


 ルーナは不思議そうに尋ねる。


 一般人が衛兵と親しいのは珍しい。しかも、相手はかなり敬意を持ってアサヒと接していた。

 アサヒを一般人と言っていいのかは甚だ疑問だが。


「ほら、僕毎日見回りしてるから衛兵さんとは仲が良いんだ。後は、王都の外で魔物に襲われてるのを助けたりね」

「あー……そういうことね」


 ルーナは昨日、石畳を破壊して衛兵に謝ったことを思い出したのか、若干気まずそうに目を逸らす。


 石畳は土魔法の使える衛兵が直してくれたが、公共物を破壊した事実がルーナの心にちくちくと針を刺していた。


 誇り高き森人エルフは公共物を破壊したりしないのである。


「よぉーし、それじゃあ行きますか」


 南門を抜けた先に広がるのは一面の草原だ。そこに踏み固められた土が街道となって、真っ直ぐ伸びている。


 遠くでは農作業をしている王都の住人や、哨戒任務中の国の兵士も見えた。

 魔物の襲撃に備えてだろう。


 魔物による被害は年々増加している。

 魔物は動物と違い自然発生的に突然現れるので、どうしても対応が後手に回ってしまうのだ。


 だからこうやって、日々国の兵士が見回りを行うしかないのが現状だ。


 それもいつまで持つか……。


 アサヒは漠然とした不安を抱きつつも、それを振り払うようにルーナの方を向く。


「僕は飛んでいくけど、ルーナは……」


 昨日のあの様子を見れば、まぁ飛んでいくのは無理だろう。

 岩石地帯に着く頃には満身創痍になってへばるのは明白だ。


「私は走っていくから、気にせずアサヒは飛んで行って」

「結構距離あるよ? 大丈夫?」


 そんな数キロ先、とかの話ではないので走っていくとなるとかなり大変だけど……。


 けれどもルーナは、ふんっと鼻を鳴らす。


「戦士の体力、舐めないでよね」

「昨日の見回りは結構すぐへばってたのに……」

「あ、あれは慣れないことをしたからで……! もう、いいから行くわよ!」


 ルーナはそれで話は終わりと言わんばかりに言い放ち、呪文を唱える。


「『高揚するエラティオー・調べメローディアム脚力レグ・集中コンデンサティオ』」


 ルーナの足に魔力が集まり、その身体能力を向上させた。


「アサヒ」

「ん?」


 ルーナはアサヒに向かって、不敵に笑いかける。


「もたもたしてると、置いてくからね」

「ほぉ……言うじゃん」


 僕と勝負するつもり? ……面白いね。


 アサヒも自分に念動力をかけ、宙に浮く。


 ルーナに負けず劣らず、アサヒも結構単純だった。



 ごぅっと、音を立ててルーナが走り出し、それと同時にアサヒも猛スピードで空を飛ぶ。


 二人の姿が一瞬の内に、遥か遠くに過ぎ去って行った。



 ♦♦♦♦♦♦♦♦♦



 砂が吹き荒れ、大小様々な岩石が辺り一帯を埋め尽くす。

 先程までの草生い茂る豊かな土地と比べて岩石地帯は草の一本も生えてない、まさに荒野だった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 膝に手をついて呼吸を整えるルーナの額から、ぽたりと汗が流れ落ちる。


 その様子を、勝ち誇った表情でアサヒは見ていた。


「はい、僕の勝ち」

「あ、あんたね……ちょっとは……手加減しなさいよ……」

「あれ、負け惜しみですか?」


 ルーナは唇を噛み締め、顔を歪ませる。


「アサヒのそれ……どれだけ飛んでも全く疲れる様子すらないじゃない……しかも私より速いし……ふぅ……」


 心拍を落ち着かせたルーナは身体を起こして顔の汗をぬぐった。

 べたりと張り付いた前髪を、ばさばさと手で払いのける。


「これでもゆっくり飛んだよ? ルーナと並走できるように」


 PKサイコキネシスは魔法と違って魔力を使うわけじゃないから、使うだけで疲れるなんてことはない。

 スピード上げるにはちょっと力がいるし、重いものを操作するのは結構大変だけど。


「私も、まだまだ鍛錬が足りてないってことね……」

「いやぁ、十分凄いと思うけどね」

「だと嬉しいけど……世界は広いわ……」


 ルーナは身体強化を維持したまま、ここまでずっと速度を落とさずに走っていた。

 戦士を名乗るだけあって、そのスタミナと敏捷性はかなり高いんじゃないだろうか。


 アサヒはルーナを、正確にはその内に眠る魔力を視る。

 可視化された魔力がルーナの中で輝いていた。


 ここまでずっと身体強化を使っているのに、その総量は全く減っていない。

 潜在的な魔力量は圧倒的だった。


 もし魔法が使えたら、恐らく王都でも一二を争う大魔導士になれる程の――。


 そこまで考えて、アサヒは魔力を視るのを止めた。


「あ、水飲む? 手出して」


 お疲れの様子のルーナにそう言って、アサヒはルーナの掌の中に魔法で水を出す。

 掌になみなみと注がれた水を、ルーナは零れる前に飲み干した。


 その姿を、アサヒはまじまじと見つめる。


 汗ばんだ身体に服がぴたりと張り付いて、普段は見えない身体のラインが浮き出ていた。

 蒸気した頬と口の端からたらりと垂れる水が妙に艶めかしい。


「ありがと。それで……魔物使いとやらはどうやって見つける?」


 ルーナの言葉に、アサヒは我に返ったように目を逸らした。


「あー……地道に探すしかないね。まだここにいるのかも分かんないし。僕は空から探すから、ルーナは地上をお願い」


 なんでもない風に言うアサヒに、ルーナは少しばかりの違和感を覚える。

 けれども、それ以上深く気にすることもなく頷いた。


「分かった。もしかしたら岩場の隙間とかをねぐらにしてるかもしれないしね」

「そゆこと。ただ、気を付けてね。相手がどんな魔物をどれくらいの数、使役してるか分かんないから」


 そう言ってアサヒは、空高く飛び上がった。

 雲に程近い場所まで上がってから、アサヒはぽつりと呟く。


「精神は肉体に引っ張られるっていうけど……なんだかなぁ……」


 ルーナと出会ってから、それがだいぶ顕著になっているような気がする。


 それが良いことなのか悪いことなのか、いくら考えてもアサヒの中で答えは出ない。


「いや……とにかく今は魔物使いを見つけることに専念だ」


 アサヒの目は途端に、濃く深く、闇に染まっていく。


星の守護者クースタス・ステルラ……絶対に見つけ出してやる」


 宙に消えるその言葉と共に、アサヒは飛び去って行った。

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