1-7 同じ者

 その後もアサヒとルーナは、度々起こる些細な喧嘩を仲裁したり、カツアゲしようとしているゴロツキを成敗したり、足腰の悪いおばあさんの荷物運びを手伝ったりと精力的に見回りを行い――。


 それらが全て片付いた時には既に高かった日も傾き始め、夕焼けが王都全体を照らしていた。


「つ、疲れた……」


 王城近くの噴水広場にあるベンチに腰かけていたルーナは、盛大に息を吐く。


「お疲れ様。はいこれ、そこで売ってたスムージー」


 そんなルーナにアサヒは、近くのお店で売っていた冷たいスムージーを渡す。


 氷魔法の使い手である店主が採れたての果物を凍らせ、それを風の魔石を搭載したミキサーで砕いて作った王都で流行りの飲み物だ。


 オレンジ、キウイ、木苺、あと蜂蜜なんかも使っているので、だいぶ手が込んでいる。


 もちろん決して安くはなかったが、アサヒの懐は人攫いから頂戴したお金があるので温かい。


「ありがと。……この丸い筒は何?」

「紙製のストロー。そこに口を付けて、吸って飲むんだよ」

「へぇ、面白いこと考えるのね」


 アサヒはルーナの隣に座って、スムージーを飲む。

 その様子を見てルーナも真似をするように一口飲むと、目を見開いた。


「何これ……すっごく美味しいんだけど! なんか冷たくてシャリシャリしてるし!」

「今、王都で流行りのデザートだからね。デザートって言っていいのか分からないけど」

「……凄いのね、人間の世界は。こんな美味しいもの初めて飲んだわ」


 ルーナはまじまじとスムージーを見つめる。

 余程、珍しいみたいだった。


森人エルフの国にはないんだ?」

「ないわね。果物とかはあるけど、氷なんて滅多に手に入らないし」


 ルーナはその冷たさを確かめるように、両手でスムージーの入ったカップを包み込んだ。


「この景色もそう。石造りの建物なんて、私初めて見た」


 夕焼けに照らされた王城がきらきらと輝き、噴水の水面みなもにその姿が映し出される。


 その風景を望むルーナの目が懐郷かいきょうの色を宿しているように、アサヒは感じられた。


「やっぱり帰りたい? 故郷に」


 アサヒの言葉に、ルーナは少しだけ考え込むように視線を泳がせる。


「……故郷は好きよ。緑豊かで、自然に囲まれてて、とても良い所。でも……」


 ルーナはくるくるとストローを回していた手を止めて、俯いた。


「あそこに、私の居場所はない」


 カップに付いていた水滴が、ぽたりと地面に流れ落ちる。


「故郷の皆が嫌いとか恨んでるとか、そういうのじゃないの。ただ私は許せなかった。力のない自分が、そんな現状を変えられない自分が……」


 ルーナはそこまで言うと、空気を変えるようにスムージーを飲んだ。

 ストローに口を付けて、こくり、こくりと、ゆっくりと。


「だからむしろ、外の世界に来られてラッキーだったって思ってるの。あのままあそこにいても、きっと何も変えられなかったと思うから。だから、その……」


 途端に顔を赤くさせ、もじもじとアサヒを見るルーナ。


 すると、ルーナは恥ずかしそうに目を伏せながら、


「ありがとね、アサヒ。助けてくれて」


 そう言って、最後に少しだけ上目遣いで、アサヒの目を見た。


「え、いや……。最初に言ったでしょ、気にしないでって」


 アサヒは平静を装いながらも、自分の顔に熱が帯びているのを感じていた。

 心臓の鼓動がやけにはっきりと聞こえてくる。


「アサヒがそう言うのは分かってるけど……それでもなんか、もう一回言いたい気分だったのっ」


 ルーナは照れ隠しなのか、そっぽを向いてスムージーを飲む。

 赤くなった長い耳がぴくぴくと小さく揺れていた。


「……そっか」


 アサヒは零すように呟いて、ストローに口を付ける。


 ぼんやりと考えるのは、隣にいるルーナのことだ。


 ルーナは故郷ではどういう風に生きてきたんだろう。

 何が好きで、何が嫌いなんだろう。

 どうして森人エルフの誇りにこだわるんだろう。


 色々な思いが胸の中で渦巻いていく。

 それは彼女を、ルーナのことをもっと知りたいという欲求だった。



 そんな欲求を抱いていることに、アサヒは少なからず困惑する。


 アサヒは、ずっと一人だった。

 地球が自然災害や核戦争によって生物の住めない星になってから。


 50億年間、ずっと一人だ。


 アサヒにとって、孤独とはごく当たり前のことで。

 それを当然のように受け入れている自分がいた。


 だって、いずれ皆、死んでしまうのだから。

 どんなに仲良くなっても、深い仲になっても、最後には結局一人きり――。


「アサヒ……? どうかしたの……?」


 ルーナが心配そうにアサヒの顔を覗き込む。


 その目、ルーナの金色に輝く瞳を見て、アサヒは悟った。


 僕が、ルーナに興味を持つ理由。



 似てるんだ、僕と。

 孤独の中で生きてきた、僕と。



 そのことに気付いたアサヒは、ふんわりと微笑んだ。


「いつか行ってみたいな。ルーナの故郷」

「え?」

「僕もこの王国周辺しか見たことないんだ。だからいつか行ってみたいなって。その時は、ルーナが案内してよ」


 ルーナは困惑したように声を上げる。


「え、えぇ? でも……私は……」


 口ごもるルーナにアサヒは構わず続ける。


「ねぇねぇ、森人エルフの国にもああいうお城とかあるの?」

「え、お城? ……ああいう大きな建物はないけど、大きな木ならあるわよ。世界樹っていう」

「世界樹! いいねぇ、見てみたいなぁ。そんな大きいの?」

「そりゃあもう、あのお城よりも大きいかもね」

「本当に? それは流石に盛ってない?」

「盛ってない! 本当なんだから! こーんなに大きいのよ!」


 手で大きさを表すルーナと、それを見て茶化すアサヒ。

 二人は楽しそうに、笑っていた。


 そういえば……こんな風に笑ったの、いつ以来だろ。


 アサヒはそんなことを考えながら、屈託なく笑う。

 ちょっと水っぽくなったスムージーも、なんだかとても美味しく感じられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る