1-6 王都での活動②

「本当にありがとうございました!」

「いやいや、無事に見つかってよかった」

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、楽しかった! またね!」


 中央通りでシェリーのお母さんを無事に見つけ出したアサヒ達は、元気いっぱいに手を振るシェリーを見送る。


 ちなみに隣にいるルーナは死に体だった。

 そんな速度出したわけじゃないんだけど。


「はぁ……はぁ……酷い目にあったわ……」

「大丈夫? 水飲む?」

「だ、誰のせいだと……うっぷ……」


 慌てて口を抑えるルーナ。

 乗り物酔いならぬ、念動力酔いをしたようだった。そんなのがあるかは分からないが。


 とりあえず人通りの邪魔にならないように路地脇に退避して、アサヒはルーナの背中をさすった。


「空飛ぶの初めてじゃないでしょ? そんなんでよく今まで平気だったね」


 ぴくっと、ルーナの肩が跳ねる。


「……飛行魔法……使ったことないのよ」

「え? 一度も?」


 飛行魔法――『飛べウォラーレ』は魔法使いなら誰しもが使える無属性魔法だ。

 森人エルフが使えないわけはないし、一度も使ったことがないのもおかしな話だ。


 吐き気が少し落ち着いたルーナは、気まずそうにちらちらとアサヒの方を覗き見る。


「……私、魔力を外に出せないの。だから、身体強化系の魔法以外は使えないのよ」


 それは、思いもよらない告白だった。


 大量の魔力を有する森人エルフが、魔力を放出できない……?


 あらゆる魔法は、自分の内にある魔力を呪文詠唱を通じて体外に放つのが常だ。

 例外はルーナの言った身体強化系の無属性魔法と、一部の治癒系魔法くらい。


 それ以外の魔法は、例え適性があっても使えない……ということになる。


「それはまた……どうして……」

「どうしてかしらね。詳しくは分かんない。生まれつきだから多分、私の血のせいなんだろうけど……」


 そう言ったルーナは苦々しく顔を歪ませる。

 でもそれは一瞬のことで、気付けばもう先程の表情は消えていた。


「とにかく、そういうわけで私は生粋の戦士なのよ」

「なるほどねぇ……ルーナも色々大変だったんだね」


 森人エルフはその殆どが魔法使いだと、どこかで聞いたことがある。

 そんな中で魔法が使えないというのがどういうことなのかは、想像にかたくない。


 アサヒがぼんやりとルーナの境遇について思考を巡らしていると、


「ど、泥棒!!」


 そんな声が大通りから聞こえてきた。


 アサヒはその瞬間、素早く反応して大通りに飛び出す。


 床に倒れている男性がいた。特に怪我はしてなさそうだ。


 そしてその男性が手を伸ばすその遥か先。


 まるで忍者かのように、建物の壁を走っている男が見えた。

 その手には大きなカバンを抱えている。


「白昼堂々ひったくりとは……随分と逃げ足に自信があるようで」


 アサヒはそう言って、遠くにいる男に手を向ける。


 そのまま念動力を発動しようとしたところで――。


「待って!」


 ルーナが待ったをかけた。


「なに? 早くしないと逃げちゃうよ」

「私が捕まえるわ。アサヒはそこで見てて」


 その言葉にアサヒはちらりと遠ざかる盗人の方を見て……ゆっくりと腕を下した。


 お礼にこだわるルーナだ。きっと何かしら役に立ちたいと思っているんだろう。


 それなら、ここは任せてみてもいいかもしれない。

 最悪、全速力で飛べば盗人に追いつくのは簡単だし。


 アサヒは小さく笑う。


「それじゃあ、お手並み拝見だね」


 ルーナは頷くと、


「『高揚するエラティオー・調べメローディアム脚力レグ・集中コンデンサティオ』」


 身体強化の魔法を脚に集中させた。


 本来満遍なく全身を強化する所を、一ヵ所に集中して出力を高めたのか。


 アサヒは感心したように小さく声を漏らした。



 ルーナはぐっと沈み込むように、身体を低く構える。


「逃が……さない!!」


 次の瞬間。

 石畳が轟音と共に砕けて、ルーナの姿がかき消えた。


 と同時にアサヒは、辺りにばら撒かれた石片を念動力でキャッチする。


 気付けばルーナは、数百メートル離れていた盗人へ一瞬の内に肉薄していた。


 男が驚いたようにルーナを見る。


「なっ!?」

「大人しく、捕まりなさい!」


 ルーナはそのまま男の身体を掴んで地面に叩きつける。

 あっという間の出来事だった。 


「おぉー。やるなぁ、ルーナのやつ」


 失神した盗人の首根っこを掴んで、ずるずると引き摺ってきたルーナはカバンを男性に渡す。


「はいこれ。次は取られないようにね」

「あ、ありがとうございます! なんとお礼を言えばよいのか……」

「そんなのいいわよ。気にしないで」


 男性がしきりにお礼を言いながらも雑踏の中に消えていくと、ルーナはくるりとアサヒの方を向いた。


 物凄いドヤ顔だった。


「どう? 私の実力は!」


 胸を張り上げて鼻を鳴らすルーナに、アサヒはパチパチと手を叩いた。 


「凄いねルーナ。流石は戦士だ」

「でしょ? 基本的な魔法が使えなくても、これくらいは朝飯前よ」

「でもね……」


 アサヒはバラバラに砕かれた石畳に目をやる。


「これは、衛兵さんにごめんなさいしなきゃね」

「あ……」


 その後、騒ぎを聞きつけた衛兵に盗人を突き出し、そのついでに「ごめんなさい……壊しちゃいました……」と謝るルーナの姿を、アサヒは楽しそうに笑って見ていた。

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