1-5 王都での活動①

「うへへ……私が……高位森人ハイエルフに……えへへ……」


 宿屋の一室。

 ルーナはベッドの上で掛け布団を抱き枕のように抱えて、眠りこけていた。

 ごろごろと寝返りを打つルーナ。


「うぅん……お母さん……やったよ……私」


 寝言と寝返りを繰り返すルーナは、やがて大きな音を立ててベッドから転げ落ちた。


「きゃっ! なっ、なに!?」


 掛け布団を頭から被った状態できょろきょろと左右を見渡す。

 当然何も見えない。


 するりと布団を剥いだルーナはまだ寝ぼけまなこだった。


「ここ、どこ……?」


 ぼんやりとした頭で思考する。


 えーっと確か……。


「そうだ。アサヒに人攫いから助けてもらって……それで飲みすぎちゃって……」


 そこまで思い出して、ルーナは羞恥のあまり顔を紅潮させた。


 う、うわぁ……私……あんな見っともない姿を……。


 酔っていた時のこともばっちり覚えていたルーナは掛け布団に顔をうずめる。


 忘れててくれた方が良かったのに……。


 そんなことを思ってもありありと脳裏に浮かぶ自分の姿。

 そして生温かい目でこちらを見ていたアサヒの顔が脳裏によぎる。


「そうだ……アサヒは……?」


 部屋の中を見渡しても、当然アサヒはいない。ここは人攫いのお金で取ったルーナの部屋だ。

 ふと窓を見ると太陽の光が差し込んでいた。ちゅんちゅん、と鳥の鳴く声も聞こえる。



 そこで、ようやくルーナの脳は活性化した。


「アサヒは!?」


 勢いよく起き上がり、律儀に布団を直してから、素早く部屋を出る。

 アサヒの部屋はルーナの隣だ。

 だんだんだん、と強めにドアをノックする。


「アサヒ? いる?」


 返事はない。ドアノブを捻ると、鍵がかかっていないのが分かった。


「は、入るわよ……?」


 顔を覗かせるように中を見ると、そこにアサヒはいない。

 綺麗に整頓された、何もない部屋があるだけだった。


「ま、まさか……!」


 ルーナは急いで階下へと降りていく。


「マスター! アサ、アサヒ見なかった!?」


 その慌てっぷりとそこそこ大きな声に、朝食を食べに来ていた客が驚いたようにルーナを見た。


「あれって、森人エルフ……?」

森人エルフなんて初めて見たぜ……俺」


 そんな囁き声も、ルーナには届かない。


 カウンターの奥にいたマスターは表情一つ変えずに口を開く。


「アサヒなら、少し前に出て行った」

「な……」


 わなわなと震えるルーナ。


「お、置いてかれた!?」


 そう言って、ルーナは店の外に向かって走り出す。


 連れてってくれるって……昨日言ったじゃない! あいつ!


 そう頭の中でアサヒに文句を言いながら。


「それと、アサヒから伝言が――」


 マスターの言葉を聞く者はもういない。ルーナは既に走り去っていた。

 乱暴に開け放たれた木製のドアが悲し気に軋み音を上げて、ドアベルがちりんちりん、と鳴り響く。


「全く……せっかちなお嬢さんだ」


 マスターは嘆息まじりに呟き、何事もなかったかのように再び仕事に戻るのだった。



 ♦♦♦♦♦♦♦♦



 王都の朝は早い。

 仕事に行く人、買い物に来る人、旅の商人、多種多様な人が朝早くから活動を始める。


 王都、というだけあってその人の数は並みじゃない。

 この世界の住人は基本的に日の出と共に活動するから、早朝でも街中は人でごった返していた。


「さて、今日も始めますか」


 アサヒは、そんな王都で毎日やると決めていることがあった。


 それは見回りだ。

 本来そんなものは衛兵の仕事なのだが、今現在、王都は割と切羽詰まった状況にある。


 年々活発になっている魔物の討伐に大部分の人手が割かれ、街の治安が疎かになりつつあるのだ。

 ギルド所属の魔物退治を生業とするハンターを使っても、それでも人手は足りない。

 それくらい、近年の魔物の発生率は異常だった。


 だからこそアサヒは、衛兵に代わって街の見回りをする。

 最初は星の守護者クースタス・ステルラの情報を聞き出すために街のゴロツキを成敗してただけだったが、気付けばパトロールがメインとなっていた。


 これも言わば、お世話になっているこの街への恩返しだった。


「うっ……ぐすっ……」

「ん?」


 アサヒが王城へと続く中央通りを歩いていると、女の子が隅っこで泣いているのを見つけた。


 歳は5、6歳くらいか。仕立ての良い服を着てるから、そこそこ裕福な家の子だろう。


「お姉ちゃん、どうしたの? お母さんとはぐれちゃった?」


 アサヒがしゃがんで話しかけると、女の子は小さく頷いた。


「そっかぁ。はぐれちゃった時はここにいて、とかお母さんに言われてた?」

「ううん……」


 女の子は首を振る。


 ふむ、本格的な迷子だな。


「お姉ちゃん名前は?」

「……シェリー」

「シェリーちゃんか。よし。それじゃあ、お兄ちゃんが一緒にお母さんを探してあげるよ」


 アサヒはシェリーに微笑みかける。


「ほんとう……?」

「あぁ本当だとも。お兄ちゃんに任せて。すぐに見つけてあげるから」


 アサヒはそう言って、シェリーと手を繋いで歩き出した。


「シェリーちゃんのお母さーん」


 大声を上げてシェリーのお母さんを探すアサヒ。

 周囲の人間がその声に釣られてアサヒを見るも、自分には関係ないことだと分かると目を逸らしていく。


 しばらく声を上げながら近くを探すも、それらしき人物は見当たらなかった。


「うーん……この辺りにはいないのかな」


 ちらりとシェリーを見るアサヒ。

 小さい子をあんまり歩かせるのも良くないよなぁ。

 それに人が多すぎて身動きも取り辛くなってきた。


 衛兵の詰め所に行って聞いてみるのも手だけど、ちょっと遠い。

 それに彼らは軍隊であって警察ではないので、迷子を預けることもできない。


 どうしたもんかと考えて、そこでハッと閃く。


「シェリーちゃん。ちょっと飛んでみようか」

「え……? とぶ……?」

「そうそう。高い所とか平気?」

「うん……へーき……だけど」

「お、それじゃあ――」


 アサヒはシェリーに念動力をかけてふわりと浮かせると、自分自身も浮かび上がった。


「わ、わぁ……!」

「これなら皆の目に留まるし、すぐ見つかるでしょ」


 二人は道行く人の頭の上を滑るように王都を駆ける。


「すごい……飛んでる……!」

「楽しい?」

「うん!」

「そりゃよかった」


 小さな空の旅にご満悦なシェリーを見て、アサヒは嬉しそうに顔を綻ばせる。



 そうしてしばらくの間、空からシェリーのお母さんを探していると、


「見つけたあああああ!!」


 どこからかそんな叫び声が聞こえた。


「お、やっと見つかったかな――」


 シェリーのお母さんだと思ってアサヒが振り向いたそこには、ルーナがいた。


 周りの人が何事かとルーナを見て、その容姿に驚く姿が目に入る。


「あれ、ルーナだ。おはよう」

「おはよう、じゃなくて! なんで置いてったのよ! めちゃくちゃ探したじゃない!」

「え? マスターに伝言頼んだでしょ。見回りするからしばらく休んでていいよって」

「で、伝言……? そんなの一言も……」


 ルーナはそこまで言いかけて、「そういえばなんか言おうとしてたかも……?」と首を捻った。


「まぁいいや。今シェリーのお母さんを探してるんだ。迷子みたいでさ。ルーナも一緒においでよ」

「迷子? なんでアサヒがそんなことしてるのよ」

「いいからいいから。説明は後。ほら行くよ」


 有無を言わさず、アサヒはルーナに念動力をかける。


「え、ちょ、ちょっと! 何よこれ!? 飛行魔法!?」

「魔法じゃなくて、PKサイコキネシス。れっつごー!」


 びゅんっと速度を付けて、三人は空を飛んだ。


「サイコキネシスって何よおおぉおお!?」

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