1-4 お礼といえば……

「はふ……んぅ……これも美味いなぁ」

「……」

「どうしたの? ルーナも食べなよ」


 アサヒがそう促しても、ルーナは無反応だった。

 こんなに美味しそうなチキンソテーが目の前にあるのに。


「あ、もしかして森人エルフって肉食べないとか?」

「……じゃない」

「ん?」


 ルーナの言葉が聞き取れなかったアサヒは料理を食べる手を止める。

 その瞬間、わなわなと震えていたルーナはバンッとテーブルを叩いて立ち上がった。


「ただの! 酒場じゃない!」

「え、うん。そうだよ?」


 アサヒとルーナがいるのは王都の酒場だった。

 夜遅くまでやっている王都でも数少ないお店で、しかも二階が宿屋になっているのでアサヒが拠点として使っている場所だ。


「そうだよ、じゃなくて! だってさっき、とっておきの場所って……!」

「うん、ここの料理が好きでさ。ちょうどお腹も空いてたし」

「か……からかったわね!?」

「うんまぁ、ちょっとだけ」


 アサヒがぺろっと舌を出すと、ルーナは握りこぶしをぷるぷると震わせる。

 固く目を瞑り、行き場のない怒りをどうにか抑えて、ルーナはどすっと席に着いた。


「あんなこと、軽々しく言うもんじゃないんだよ。何されるか分からないんだから」

「……軽々しくなんてないわ。森人エルフの誇りにかけて、礼は尽くす。そう決めてるの」

「自分の身を大事にするのも、森人エルフの誇りと同じくらい大切なことだと思うけどね」

「それは……そうだけど……」


 アサヒの言葉に唇を強く噛み締めるルーナ。


 森人エルフのことは詳しくないけど、きっと森人エルフが皆なわけじゃないだろう。

 やっぱり、なんか抱え込んでそうだなぁ。


 アサヒは暗くなった雰囲気を変えるために、わざとらしく明るく振舞う。


「はい、というわけで。助けてもらったお礼ってのはこの食事で大丈夫だから」

「でも私、お金なんて持ってないわよ」

「それはほら、あの人攫いが報酬で貰ったとか言ってたお金をいくらか頂戴してきたから、これで」


 アサヒが一枚の金貨をテーブルに出すと、ルーナは声を張り上げた。


「そ、それじゃあお礼にならないじゃない!」

「えー……いいじゃん別に」

「だめ!」

「あーはいはい。分かった分かった。とりあえず乾杯しよ? さっきルーナが放心してたせいでし損ねたし」

「だ、誰のせいよ――」


 ルーナの言葉を遮るように、アサヒはエールの入ったジョッキを突き出す。

 アサヒが微笑みかけると、ルーナは何かと葛藤するように顔を歪めて――。


 諦めたようにジョッキを持った。


「……もう! 絶対、絶対にお礼するからね!」

「はいはい。それじゃあ――」


 二人はジョッキを突き合わす。


「乾杯!」


 言うや否や、ルーナは思い切りジョッキを傾けた。

 喉が上下に激しく動き、ジョッキの角度もどんどん急になっていく。


 これもうやけくそになってるな。


「ぷはぁ!」


 どんっとジョッキをテーブルに叩きつけるように置いたルーナ。

 当然のごとく、ジョッキの中は空っぽだった。


「いやぁ、いい飲みっぷりで」


 ルーナはそのまま目の前にあるチキンソテーも食べ始める。

 お腹が空いていたのか、結構なスピードで胃袋に消えて行くチキンソテー。


 あ、肉食べられるんだ。


 そんな益体やくたいもないことを考えながら、アサヒもエールを飲む。


「ねぇ」


 チキンソテーをあっさりと完食し、野菜スープを飲んでいたルーナが視線をアサヒに向ける。


「アサヒはああやって、人攫いに捕まった人を助けて回ってるの?」

「いや、人助けはついで。……ルーナは星の守護者クースタス・ステルラって知ってる?」

「いいえ、聞いたことないわ」


 ルーナはそう言って首を振った。


「そいつらは各地の悪事を裏で操ってるんだ。盗賊による襲撃とか、人攫いとかね。僕の住んでいた村も、星の守護者クースタス・ステルラのせいで燃えてなくなった。なんで奴らがそんなことしてるのかは分からないけど」


 アサヒは、エールを思いっきりあおる。

 自然と、ジョッキを握る手に力が入る。


「必ず星の守護者クースタス・ステルラを探し出す。死んでしまった、村の皆のためにも」


 深く濃い、憎悪に満ちたその瞳に、ルーナの身体が一瞬小さく震えた。


「……そっ、か。……ごめんね、辛いこと思い出させちゃって」

「大丈夫、気にしないで。マスター、エール二つ追加で」


 アサヒはルーナに気にしてないことを伝えるため、変わらぬ調子で注文を頼む。


 ルーナはきょろきょろと視線を泳がせ、言いにくそうに口を開いた。


「えっと……その、もう一つ聞きたいんだけど……」

「なに?」

「……不老不死って、本当なの?」


 恐る恐る、といった様子のルーナに、アサヒはにやりと笑いかける。


「本当だよ」

「本当に……? 不老不死なんて、おとぎ話でしか聞いたことないけど……」

「まぁこればっかりは証明しようがないからなぁ。回復力はさっき見てもらった通りだけど」


 不死に関して言えば、いくらでも証拠は見せられる。

 不老に関しては……まぁ手段がないわけではない。やらないだけで。


「こう見えても僕、50億歳なんだ」

「……はぁ?」


 素っ頓狂な声を上げるルーナ。

 アサヒはそんなルーナに真剣な眼差しを向ける。


「だから50億歳」

「……それ、本気?」

「もちろん」


 大マジだ。

 だが、ルーナはいぶかしむようにアサヒを見つめる。

 その目に、魔力が集まっているのが見て取れた。


「その割には……魔力は多くないみたいだけど」


 ルーナはアサヒの魔力量を読み取っていた。


 流石は森人エルフ。相手の魔力を測定するのも容易たやすいってことか。


 この世界の人間や森人エルフといった種族の寿命は、その身に宿す魔力量で決まる。

 魔力は生命エネルギーそのものなので、多い方が長生きできるのだ。


 この世界の人間の中で最高齢なのは、確か王都の魔法師団の指南役とかで、500歳くらいだったはず。


 つまりその理屈でいえば、50億年も生きていたら膨大な魔力量でなければおかしいと、ルーナは言いたいわけだ。


「これはね、セーブしてるんだ。じゃないと大変なことになるからね」

「はぁ……」


 信じてないな、その顔は。本当なんだけどなぁ。


「ま、そういうわけでこう見えても50億歳だから、ちょっとは敬ってもらってもいいんだよ?」

「なによ、見た目は私とそんなに変わらないじゃない」

「ルーナは何歳なの? 15歳くらい?」

「ば、バカにしないでよね! 私はもう160歳! 立派な大人よ!」

「160歳! やっぱ森人エルフって凄いなぁ」


 地球には、そんなに長生きできる人はいなかった。

 僕以外は。


 でもこの世界は違う。

 何十億年も生きてる人は見たことないけど、当たり前のように何百年と生きている人達がいる。


 アサヒは嬉しかった。

 自分の孤独が、少しは紛れるような気がしたから。


「……とりあえず今までの話を聞いて、決めたわ。お礼」

「……おれい? あぁ、お礼ね。まだその話続いてたんだ」


 軽口を叩いたアサヒはルーナに強く睨まれる。


「その星の守護者クースタス・ステルラとかいうのを探すの、私も手伝うわ」

「え?」


 ルーナの言葉に呆気に取られるアサヒ。


「いやいやいや、だめだよ。かなり危険だし」

「私だって戦えるわ。これでも国では戦士団の一員だったんだから」


 それはつまり、国の兵士だった……ということだろうか。

 それなら確かに、戦力としては十分だ。ルーナの魔力を視ても、かなり多いことが分かる。


 でも。

 また、あの時と同じような結末になってしまったら――。


 大切なものが失われる、それがどれだけ辛いことかアサヒは良く知っていた。


「……やっぱりだめだ。連れて行けない」

「なら、勝手に付いていくわ。私がそうしたいから。それならいいでしょ?」

「そんな勝手な――」


 そこまで言ってアサヒは、息を呑んだ。

 ルーナのその目。真っ直ぐにこちらを見据える目には、いささかの迷いもない。

 あるのはただ自分の信念を貫くという固い意志だ。


 じっとアサヒを見つめるルーナ。


「いいでしょ?」


 アサヒは段々と逃げるように、その射貫くような視線から目を逸らしていく。


 これ……うんって言うまで諦めないやつだ。

 どうしたもんかなぁ。


 適当言って煙に巻くのは簡単だ。


 でも、ルーナの強情さは見ての通り。

 それで勝手に行動されて、ルーナが危ない目にでも遭ったら……きっと後悔する。


 それなら、一緒に連れてった方がまだマシ――。


 そこまで考えて、アサヒは小さくため息をついた。


「……分かった。分かったよ。もう何も言わない」

「やった! それじゃあ決まりね!」


 アサヒはついに根負けして、ルーナの提案をのんだのだった。


「はい、エール二つ」


 すっと、音もなく現れた酒場のマスターがエールをテーブルに置いて去って行く。


 ルーナはそのエールがなみなみと注がれたジョッキを持って、今度は自分から突き出した。


「もう一回、乾杯しましょ。これから長い付き合いになりそうだし」

「……しょうがないなぁ」


 アサヒも諦めたようにジョッキを持って、こつんと軽く合わせた。


「二人の出会いに」

「……出会いに」


 ルーナは乾杯すると、またしても一気にエールをあおっていく。


 見かけによらず、結構酒強いんだなぁ。

 まぁ160歳だもんな。


 なんてアサヒが考えていると、


「ぷはっ。ここのへーるはおいひいわねぇ」

「ん?」


 明らかに呂律が回ってない様子のルーナが、そこにいた。


「え? 酒、強いんじゃないの?」

「えー? ふよいわよ! まだまだのめるもん!」


 ふらふらと身体を左右に揺らすルーナ。

 そりゃあ飲めるかもしれないけど、これ以上飲んだら絶対に潰れるでしょ。


 とは、アサヒは言わない。

 言ったら絶対面倒くさいことになる。


「ほらぁー、アサヒものみなさいよぉ」

「うんうん、飲む飲む。飲むから、ほら。ルーナはこっち飲みなさいね」


 アサヒは空っぽになったルーナのジョッキに「『水よ湧けエヴェニーレ・アクア』」と唱えて、水を注ぐ。


 ルーナはその水もごくごくと飲み干した。


「このおさけもおいしいわねぇ」

「そうだねぇ」


 さて、この酔っ払いをどうしようか。


「わたしねぇーアサヒに感謝してるのよぉ」


 ルーナは、ぽやっとした表情でアサヒを見ていた。


「どうしたの、急に」

「きゅうじゃないらよ。ばっと現れて、すっとあいつらたおして……まるで絵本で読んだゆうしゃさまみたいだった」

「は? ゆ、勇者様?」


 わけの分からないことを言い出したルーナに、アサヒは困惑する。


 まずいな、早くなんとかしないと……。


「ちょっとだけよ! ほんとーにちょっとだけ似てたの!」

「うんうん、そうだね。とりあえず今日はお開きにしよっか」

「えー、まだまだへーきよー」


 そう言いながらも、ルーナは既にこくりこくりと、頭を揺らしていた。

 夢の世界へ旅立つ五秒前ってくらい眠そうだ。


 アサヒはルーナの肩を持って、カウンターへと向かう。


「マスター、これでもう一部屋お願い」


 アサヒが金貨を出すと、マスターはカウンター裏から鍵を渡してきた。


「お前が使ってる部屋の右隣だ」

「はいよ。ほらルーナ、行くよ。しゃんと立って」

「んんー……まだまだよゆーよ……」


 どうやらとんでもない子をパートナーにしちゃったみたいだなぁ……。


 そんなアサヒの思いなんて知る由もなく、ルーナはゆっくりと夢の世界に旅立って行った。

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