1-3 森人の少女ルーナ

「お待たせ。怪我はない?」


 先程の傷なんてなんでもないように言うアサヒに、少女は困惑しつつも声を張り上げる。


「わ、私のことよりも、早く止血しないと……!」

「僕なら大丈夫。ほら」

「大丈夫なわけ――え? 傷が、ない……?」


 確かにそこにあったはずの小さな穴はどこにもない。

 服にぽっかりと空いた穴から、傷一つない肌が覗いていた。


「ね? 大丈夫でしょ」

「な、なんで……」

「これはね、体内のナノマシンが自動で身体を修復してくれて――」

「な、ナノ……?」

「あー、まぁ……なんか不思議な力ってこと」


 説明が面倒くさくなったアサヒはそう言って無理矢理に話を纏める。

 頭に疑問符を大量に浮かべている少女は見て見ぬフリだ。


 アサヒは少女の手足を拘束している鎖を外すと、その首についているモノに目を向ける。

 大きな黒い魔石が付いた鉄製の首輪が、少女の細い首にめられていた。


「これ、魔封じの首輪か。用意周到だなぁ」

「そうよ。こんなものなかったら、あんなやつら私一人でも……」


 森人エルフは魔力強者だ。内包する魔力は基本的に人間よりも多い。

 この世界において魔力とは生命エネルギーそのもの。その魔力が多い程、強者であるのは自明の理。

 魔法使いはもちろん、戦士だって魔力の量で強さが決まる。


 ここはそんな、魔力至上主義の世界だ。


 きっとこの子も、普通に戦えばあいつらに負けることなんてなかったのだろう。

 どうやら腕に覚えがありそうだし。


「まぁ次からは気を付けなよ? あの手の連中、最近増えてるから」


 アサヒはそう言いながら、魔封じの首輪に手をかける。

 念動力で思い切り圧力をかけると黒い魔石はバキッと音を立てて割れ、鉄製の首輪は真っ二つに折れた。


「はい、これで自由だ。立てる?」


 アサヒは手を差し伸べて、少女をゆっくりと立たせた。


「ありがと。えーっと……名前を聞いてもいい?」

「僕はアサヒ。君は?」

「ルーナよ。その……本当にありがとう。助けてくれて」

「別に気にしないで。ついでだったし。家まで帰れる?」

「あ、うーん……」


 ルーナは顔をしかめて考え込んでしまった。

 帰れないというより、帰りたくない、とでも言うべきか。


 なにか事情がありそうだなぁ、とアサヒは思いつつも特に詮索することはしなかった。


「国には……ちょっと帰りたくない。……それよりも! 何かお礼させて、アサヒ」

「え、お礼?」

「えぇ、助けてもらったのに恩を仇で返すようなことはできないわ。森人エルフの誇りにかけて」

「いや、別にそんなのいらな――」

「お礼! させて!」


 真摯にアサヒを見つめるルーナに、アサヒはたじろぐ。

 圧が凄い。

 

「そんなこと言われてもなぁ……」


 アサヒはぽりぽりと頬をかく。


 こういうことは、これまでにも何度もあった。盗賊や人攫いを嗅ぎ回っていると、攫われた人を助ける機会は多くなる。


 でも別に、お礼だったり感謝されたくて人助けをしているわけじゃない。


 星の守護者クースタス・ステルラについての情報を得るためであって、人助けはついでだ。


 それに……。



 人に優しくするのは、助けるのは、当然だって……あの村で、そう教えてもらったからだ。


「別に感謝されたくてやってるわけじゃないから、お礼なんていいよ。本当に」


 だからこそ、そう言って断ろうとするアサヒだが、


「だめ。そういうわけにはいかないわ」


 ルーナは一歩も引かない。


「だからいらないって」

「だめ」

「いらな――」

「だめ!」


 顔を引きつらせるアサヒ。


 な、なんて強情なんだ……。


 そんなちょっと引き気味のアサヒに、ルーナは意を決したように口を開く。


「な、なんでもするから!」


 突然のルーナの言葉に、アサヒは目を丸くした。


「……なんでも?」

「な、なんでもよ。私にできることなら……なんでも……。そ、そういうこと以外なら……」


 ぷるぷると震えて、顔を真っ赤に染めながら、ルーナは言った。


 当然だが、そういうことも含めてアサヒがルーナに求めていることなんて、何もない。

 本当にお礼なんていらないのだ。


 なんで彼女はそんなにこだわるのだろう。

 森人エルフの誇りというのはそれ程までに大事なものなのか。


 アサヒは心の中でため息をつく。


 これは、お礼させないとずっと付いてきそうな勢いだなぁ……。


「なんでもって、本当にいいの?」


 ずいっと、顔を近付けるアサヒ。


 アサヒはあの村が焼かれてから、ずっと一人で行動してきた。


 もし、また大切な人を失ったら――。


 その考えがアサヒを孤独に縛り付けていたのだ。


 だからアサヒは、仲間を作らない。

 極力、関係を築かない。


 ルーナについても、適当にあしらってそれで終わりと考えていた。


「か、覚悟の上よ……」


 お礼するのに覚悟が必要とは、これ如何いかに……。


 そのあまりに必死な姿にアサヒは、今度はわざとらしく盛大にため息をついた。


 ここまで自分の信念を曲げないのは正直言って凄い。

 何がそこまで彼女を突き動かしてるのかは分からないが、真剣なのは分かる。


 さてどうしようか……とアサヒは考えて――。


 ちょっとだけ、この森人エルフの女の子をからかいたくなった。


 なんでもするなんて、会ったばかりの見ず知らずの男に言うもんじゃないと教えるために。


「……分かった。そこまで言うならお礼、してもらおうか」


 アサヒはにやりと笑う。

 静まり返る室内に、ルーナの唾を飲みこむ音が響き渡る。


「付いておいで。案内するよ。とっておきの場所にね」


 ルーナはアサヒの言葉に思考を巡らす。


 とっておきの場所って、なんだろう……と。


 ちょっと人には言えないようなことを想像してしまったルーナは、ぶんぶんとかぶりを振った。


「あ、その前に」


 アサヒは思い出したように鎖を操り、床に転がっている男達を鎖で縛りあげる。


「これでよし。それじゃあ、行こうか」


 心なしかノリノリになってきたアサヒは、ルーナに微笑みかける。

 ルーナにはその笑みがとても淫靡いんびなものに見えて仕方がなかった。


「い、行ってやろうじゃないの……!」


 覚悟を決めたルーナはアサヒに続いて、階段を上っていく。

 これから自分に起こる出来事を想像して、耳まで赤くさせながら。

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