1-2 不老不死

 王都の中心街から離れた薄暗い路地。

 黒いマントを頭から被った少年――アサヒはスラム街の一角を歩いていた。


 手入れも行き届いていない老朽化した建物が立ち並び、辺りはツンと酸っぱいような鼻をつく悪臭が漂う。


 スラム街は見捨てられた区画だ。

 現在の王国にスラム街を再建させるような金も、警備にさく人手もない。

 魔物の動きが近年、活発になっているせいでスラム街を気にする余裕がないのだ。


 お陰で完全な無法地帯となりつつあるスラム街には、裏の世界の住人が多く住み着いている。


 盗賊、人攫い、闇商人、傭兵崩れ、などなど。


 アサヒはそんな手合いをモニカの協力を得て潰して回り、星の守護者クースタス・ステルラに関する情報を集めていた。


「……あれか」


 アサヒはぽつりと呟く。

 

 かつてはなにかの店だったのだろう、ショーウィンドウのあるぼろぼろに崩れた建物。

 その建物の前に二人の男が立っていた。


 顔に傷を付け、剣を携えたその姿は明らかに一般人ではない。

 そんな男達が、廃墟と化したこの建物を守っている理由。


 それはここがやつら――人攫いのアジトであることを物語っていた。


 アサヒは何食わぬ顔で男達に近付いていく。


「あぁ? なんだこのガキ」

「俺らに物乞いしても意味ねぇぞ。さっさと消えな」


 男達はアサヒをスラム街に住む子供とでも思ったのか、さほど警戒した様子もない。


 ふぅむ、下っ端だな。

 この警戒心のなさ、これはちょっとハズレかもしれない。


 星の守護者クースタス・ステルラはこういう奴らも使いはするが、基本的に情報は残さない。

 使い捨ての駒とそうでない者には明確な差があるのだ。


 小さくため息をつくアサヒ。

 少しやる気を失くしながらも、男達に一言告げる。


「ちょっと通してね」

「……あ?」


 呆気に取られた男達の前でアサヒが両手を交差させると、二人の身体は勝手に動き出す。

 そのままごつんと、勢いよく互いに頭をぶつけて彼らは昏倒した。


 アサヒは扉をゆっくりと開けて中の様子を伺う。


 ぼろぼろのカウンターが見えた。中は埃が舞っていてかなりカビ臭い。

 どうやら他に人の気配はないようだった。


 室内に入ると、ギシギシと床板が軋む。

 辺り一面、埃が積もり薄っすらと白くなっている中で、入口からカウンターの裏にかけての床だけ埃がない。


 それは人が出入りしている証拠。


 アサヒはカウンターの裏に行き、念動力で床板を持ち上げる。

 そこには地下へと続く階段があった。かなり深い。

 奥の方で薄ぼんやりと光が見えた。


「ここか……モニカの言ってた人攫いの巣は」

 

 まるで魔物の巣みたいに吐き捨てるアサヒだが、実際そのくらいの認識だった。

 何せこの手の悪党と言ったら、倒しても倒しても倒しても無限に湧いてくる。ゴブリンだってもうちょっと慎ましい。


 アサヒは慎重に、足音を殺して階段を降りていく。


「いや! 離して!」


 その時、階段の先、地下深くから少女の声が聞こえた。


「騒ぐんじゃねぇ、殺されてぇのか?」


 これは、結構やばそうな感じ……?


 ただならぬ雰囲気を感じ取ったアサヒは気配を消しながら、しかし素早く階段を降りていく。


 階段を降り切った先は曲がり角になっていた。

 アサヒは壁に背をつけ、その先の様子を伺う。


 石造りの部屋に、樽や麻布が乱雑に積まれていた。

 その部屋の奥には、剣を腰に差した男が五人。


 そして、一人の少女。

 見た目は16歳くらいだろうか。


 長い耳。

 金色の瞳。

 頭には木の葉があしらわれたカチューシャ。

 袖のないワンピースには金糸で模様が描かれていて、まるで民族衣装のような作りをしていた。


 間違いない、森人エルフだ。 


かしら。この森人エルフ、奴隷商に売ったらいくらになるんすかね?」

森人エルフなんて滅多にお目にかかれねぇからな。しかもこれだけの上玉だ。前払いで貰った報酬以上の金が手に入るかもしれねぇぞ」


 ぴくりと、アサヒの眉が動く。


 報酬。今、確かにそう言った。

 つまり、誰かに依頼されて人攫いを行ったということだ。


 アサヒの目付きが険しく、鋭くなっていく。


 もしかして……当たりか……?


「うっひょぉ、それなら当分は遊んで暮らせますね!」

「そういうこった。ありがとな、嬢ちゃん。あんたのお陰で俺らは大金持ちだ」


 かしらと呼ばれていた男が、森人エルフの少女の頬を掴んで笑いかける。


「私は、誇り高き森人エルフよ……誰が……奴隷なんかに……」


 少女はキッと男を睨み付けると――。


 あろうことか男の手に噛みついた。


「いだっ! ……てめぇ、ふざけんじゃねぇぞ!!」


 激高した男は拳を振り上げる。

 それでも少女は迫り来る拳に怯むこともなく、ただ真っ直ぐ前を向いていた。


 強い子だ。


 アサヒはそう思いながらも、右手を突き出し、念動力で男を拘束する。


 拳が、森人エルフの少女の目の前でぴたりと止まった。


「なっ、なんだ!? 動かねぇ!」

「はい、そこまで」


 突然現れたアサヒに男達が一瞬、呆気に取られる。


「暴力はだめだよ。暴力は」

「なんだぁてめぇ! 見張りはなにしてんだ!」

「外の二人なら寝てるよ。とりあえず、その子を解放してもらおうか」


 アサヒが右手を振ると少女に拳を振り上げていた男が吹き飛び、壁に激突した。

 ごぉん、と音を立てて石壁の一部がばらばらと崩れる。

 辺りを砂埃が舞った。


かしら!」

「てめぇ!」


 残りの四人が動揺しつつも、剣を構えて迫り来る。


 念動力で一度に相手取るには、ちょっと多いな。


 そう考えたアサヒは体内で素早く魔力を練り上げる。


「『集え水の精。水泡となりて敵を呑みこめ。包み込むインボルートス水の沫・アクアム・スフィア』」


 突如として、男達の頭を水の球が包み込んだ。


「がっ!? がぼおおごぉおああ!!」


 酸素を求め、もがく男達。

 頭を覆う水球を取り外そうと手をかけるも、その手はただ水を弾くだけでなんの意味もない。


 次第に男達は力を失い、一人、また一人と倒れていく。

 ばしゃっと、倒れた拍子に水球がただの水へと変わり床に流れ落ちた。


 アサヒは部屋の奥にいる森人エルフの少女に目をやると、にこりと微笑む。

 その子を安心させるように。


「大丈夫。絶対助けるから。何も心配いらないよ」

「え……あ……」


 目を白黒させている少女を尻目に、アサヒは吹き飛ばした人攫いのかしらの方に近付いていった。


「くそがっ……よくもやりやがったな……」

「あれ、結構タフだね。割と強めにぶつけたんだけど」


 よろよろと立ち上がった男に、アサヒは再び右手を突き出した。

 念動力をかけ、動きを封じる。


「くそっ! なんなんだ、これ! なんの魔法だ!」

「残念。これは魔法じゃなくてPKサイコキネシスだよ」

「なんだそれ!? いいから放しやがれ!」


 じたばたと暴れるも、そんなことしても意味はない。

 随分とイキのいい奴だ。


「ちょっと聞きたいんだけど、星の守護者クースタス・ステルラって知ってる?」

「は? クー……? そんなもん知らねぇ!」

「知らないんだ。じゃあさっき言ってた依頼ってなんのこと? 誰からの依頼?」

「依頼? んなもん受けてねぇよ! いいから放しやがれ!」


 こいつ、分かりやすくとぼけちゃって。


 アサヒは念動力を強め、男の首をゆっくりと締め上げる。


「ぐっ……がっ……」

「本当に何も知らないの?」

「やっ……やめっ……」


 意識を失うギリギリまで締め上げ、そこでぱっと力を抜いて念動力を弱める。

 荒く呼吸を繰り返す男は、観念したように声を上げた。


「い、依頼は……人間の男から受けたんだ。王都の外で」

「その男ってのは?」

「し、知らねぇやつだ。顔はフードでよく見えなかったけど、魔物を連れてた。でけぇライオンみたいな」

「……魔物使いか」


 魔物使い。それは魔法の力で魔物を従わせる者。

 そいつが星の守護者クースタス・ステルラと繋がっている……または構成員の可能性は高い。


 しかしでけぇライオンってなんだろう。そんな魔物いたかな。

 というか、この世界にもライオンっているんだ。


 そんな益体やくたいもないことを考えながら、アサヒは目の前の男に目を向ける。


「それで、そいつは今どこ?」

「知らねぇ! 本当に知らねぇんだ! そいつがどこに行ったのかも何者なのかも何も知らねぇ! 本当だ!」

「うーん……」


 切羽詰まった様子を見るに、本当に知らなさそうだ。

 多分、依頼を受けたのも魔物で半ば脅されて……だろうなぁ。


「まぁ信じてあげるよ。あいつらがそう簡単に手掛かりを残すとも思えないし」


 アサヒはため息をつく。

 どうやって魔物使いを探そうか。それが問題だ。


「な、なぁ。ちゃんと話したんだ、ここは見逃してくれねぇか!」

「え? 嫌だけど。人攫いするような連中を見逃すわけないじゃん。あんたらはきちんと牢屋で反省しなよ」

「ふっ……ふざけんな! こんな、こんなことがあってたまるか!」

「んなこと言われても……」


 そう言ってアサヒが一瞬、男から目を離した時、


「くそがぁ! 放しやがれぇぇ!」


 一切身動きを取れないはずの男の掌から、一筋の赤い光がアサヒに向かって放出された。


 それは火属性の魔法の矢だ。

 魔力の塊が一本の矢となって、アサヒの胸を貫いた。


「はっ! 死にやがれ、くそガキが!」

「う、嘘……」


 少女の声がぽつりと零れ落ちる。

 絶望に染まる少女の顔。


 それは明らかに致命傷だった。

 アサヒの胸の真ん中から真っ赤な血が噴き出る。



 だが、アサヒは立っていた。

 笑みを浮かべて。


「あー……あんた無詠唱で魔法が使えるのか。これは予想外だったなぁ」

「なっ!? なんで……なんで生きてんだ、て……め……ぇ!」


 その言葉を遮るように、アサヒは念動力で男を締め上げる。

 男はそのまま、ぶらりと宙に浮いた。


「なんで? なんでってそりゃあ――」


 そして宙に浮いた身体を、アサヒは思い切り地面に叩き落とした。


 床の砕ける音が盛大に響き、男は昏倒する。


「不老不死、だからだよ」

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