不老不死、星の守護者になる

八国祐樹

1章

1-1 始まりの出来事

 村が、燃えていた。

 わけも分からずこの世界にやって来た僕に、優しくしてくれた、親切にしてくれた、助けてくれた村が、燃えていた。


 魔物の仕業?

 盗賊に襲われた?

 それとも、他国の侵略?


 違う。

 どれも違う。


『我ら星の守護者クースタス・ステルラに手を出すとは……楽には死ねんぞ……』


 村を襲ったやつの一人が苦悶の表情を浮かべていた。


 その首根っこを掴んで、笑いかけている一人の少年。


 あぁ、これは、過去の記憶だ。

 あの日の、村が焼かれたあの日の記憶。


「――ろ」


 声が聞こえる。


「――きろ」


 誰の声だろう。


「起きろ! この馬鹿アサヒ!」


 突然、頭に衝撃と痛みが走った。


 気付けば燃え広がる村なんてなくて、目の前には一人の少女。


「おはようモニカ」

「おはようじゃねぇよ。人の店で勝手に寝てんじゃねぇ!」

「いやだって、モニカが中々帰ってこないから待ちくたびれちゃって」

「私のせいなのか? あ?」


 壁に寄りかかって眠りこけていた黒髪黒目の少年――アサヒは盛大に欠伸をする。


 モニカは何を言っても無駄だと思ったのか、それ以上は何も言わず部屋の奥にあるカウンターの椅子に腰かけた。


 ここは彼女の城だ。

 情報屋のモニカ。


 見た目は12、13歳ほどで、スラム街にいる子供とは思えないくらいに小綺麗な格好をしている。着ている服は汚れもほつれもない。


 ポニーテールに纏め上げた髪も皮脂でべたついていることもなく、手入れが行き届いていた。


 何よりも臭くない。

 素晴らしいことだ。


「……それで、なんの用だ?」

「また盗賊やら人攫いやらの情報が欲しいんだけど何かない?」

「お前、金は?」

「ない」


 モニカはにこりともせず、真顔のままアサヒを見つめた。


「今すぐここから出て行くか、蹴とばされながら出て行くか、どっちがいい?」

「いやそれ選択肢ないじゃん」


 カウンターの前に立ったアサヒは辟易へきえきとしながら肩を竦めた。


 金がない方が悪いのだが、こればっかりはどうしようもない。

 ないものはないのだ。

 あ、いや、全くないわけではないけど……。


「情報屋に情報をくれと言っておきながら、金がないとかほざく輩に選択肢なんかないんだよ!」

「いやいや、ちょっとはあるよ。ほら」


 アサヒは懐からじゃらじゃらと硬貨を投げ出す。


 銅貨が三枚、カウンターの上を転がった。

 全財産だった。


 ピキッと音でも聞こえてきそうなくらい、モニカの額にはっきりと青筋が浮き上がる。


「だぁかぁらぁ、そんな端金はしたがねで情報なんか売れるかってんだ!!」

「いやそこをなんとか頼むよ、モニカ。僕を助けると思って」

「てめぇ……なめてんのか?」


 モニカは相当お冠な様子。


「全然なめてなんかないよ。モニカのこと好きだし」

「なっ、なん……!?」

「妹みたいで」

「……やっぱここで殺っといた方がいいな」


 ぬらっと立ち上がったモニカに、アサヒは「まぁまぁ落ち着いて」と言いながら、をかけた。


「おいこら! 放せ馬鹿!」


 暴れようとするモニカ。

 だが、まるで何かに拘束されてるようにその身体はぴくりとも動かない。


 アサヒの念動力で、身体を掴んでいるからだ。


 そのままアサヒはモニカを無理矢理に座らせると、念動力を解いた。


「聞いて、モニカ」


 アサヒはじっと、真剣な眼差しでモニカの目を見る


 彼女は顔を赤らめて、思わず目を逸らした。


「盗賊のねぐらでも人攫いのアジトでも闇商人の居場所でもなんでもいいんだ。星の守護者クースタス・ステルラに繋がりそうな情報だったらなんでも」


 その言葉に、モニカはアサヒを一瞥する。


 星の守護者クースタス・ステルラに恨みを抱いているモニカにこれを言うのは、少し卑怯かもしれない。こう言えば、彼女は無視できないからだ。


 別にお金がないから嘘を付いてるわけじゃない。

 星の守護者クースタス・ステルラの情報が欲しいのは本当だ。


 あいつらは、この世界に来て途方に暮れていた僕に優しく親切にしてくれたあの村を、焼き滅ぼした相手なんだから。


「……ちっ。分かってて言ってるな、アサヒ」

「うん、ごめんね。でも、決めたでしょ? 星の守護者クースタス・ステルラに関しての協力は互いに惜しまないって」


 それが二人のルール。


 まだこの世界に来て一年ほどだけど、モニカとの付き合いはそこそこ長い。星の守護者クースタス・ステルラに関する情報提供は何度も受けてきた。


 無論、お金がない時も。


 モニカはしばらくこちらを見やると、諦めたように盛大にため息をついた。


「はぁぁ……分かったよ。戦えない私の代わりに、お前が戦う。私は情報を提供する。そういう約束だもんな」

「そういうこと。いやぁ話が早くて助かるよ」


 ちっ、とまたもや盛大に舌打ちをして、モニカはカウンターに頬杖をついた。


 もうちょっとこう、態度とかなんとかならんのかな。

 年若い女の子とは思えない。スラム育ちだから仕方ないのかもだけど。


「教えるのは別にいいけど、私だって生活があるんだ。次は多めに貰うからな」

「うん、それでいいよ」


 また魔物でも狩りに行ってお金稼がないとなぁ。


 そんなことを考えるアサヒ。

 危機感はあまりない。あまりというか、ない。


「スラム街の奥、昔は店だった建物に、最近見知らぬ男達が出入りしてるらしい。噂によると、森人エルフの女がそこに運ばれるのを見たって」

森人エルフ? そりゃまた珍しい」


 森人エルフの国は半鎖国状態で、外で活動することは殆どない。

 それでもその容姿の良さからたまに奴隷として人攫いに捕まってしまう人がいると聞いたことがある。


 今回もそういうことだろうか。


森人エルフなんて超レアもんを捕まえてるくらいだ。星の守護者クースタス・ステルラが裏で手を引いてる可能性はあると思う」

「確かに」


 星の守護者クースタス・ステルラはあらゆる悪事や犯罪、果てには国家間の戦争でさえコントロールしていると言われている。


 規模も目的も一切不明。

 だが、確実に存在している。それは確かだ。


『星の導きが……あらんことを……』


 かつて村を襲った一人が言った台詞セリフを、アサヒは思い出していた。


 星の導き。

 星の守護者。


 村を焼いて、戦争を手引きし、盗賊や人攫いを操る。

 それのどこが、星の守護者なのだろうか。


 ただの悪の組織じゃないか。


「……それじゃあ、早速行ってみるよ。その森人エルフの女の子っていうのも気になるし」

「またアサヒのお人好しが出たよ。……いい加減にしろって。人助けなんて」


 モニカは悪態をつく。

 復讐に臨むモニカにとって人助けは余計なこと、なのだろう。


 だが、アサヒにとってはそうではなかった。


「いいじゃん別に。ついでだし」

「ついでじゃなくても、お前は助けるだろ」

「あ、バレてた?」

「全く……ふざけた野郎だ……」


 アサヒがにこりと笑うと、モニカはわざとらしく嘆息した。

 言いたいことはあるが、今日はもう面倒になった、そんな感じだ。


 アサヒは踵を返して腐りかけの木製ドアに手をかけると、


「人に優しくするのに、理由なんかいらないんだよ。モニカ」


 ――あの村の人達は、そうやって僕のことを助けてくれたんだから。


 それだけ言い残して、店を後にしたのだった。

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