第16話 ねちっこい変態の話聞く?

 俺とリンはアシュリカの脇に抱えられながら逃げていた。

 「あ…アシュリカさん!?」

 「五月蝿い舌噛むぞ!確かにお前は死んでるから噛んだ所であれかもしれないが!」

 「アシュリカ…あそこの影とかいいんじゃないかな?」


 リンが指差した方向は人気の無い路地裏。その指示に従いアシュリカはそこへ走る。そしてある程度進むと俺とリンを降ろした。

 「ハァハァ…まさかあの変態と遭遇するなんて…今日は厄日だ…」

 「あ…あの…あの人は一体何なんですか?リンを引き抜こうとしたり、俺に求婚したり」


 未だ生態が分からない。分かるのはギルドのマスターであり死体やゾンビにハァハァできる変態である事だけである。


 「…あの人のギルド…屍の館ネクロ・エデンにはマスターであるグラセルさんの趣味で、私みたいに死霊操術しりょうそうじゅつが使える人ばかりがいる」

 「へ?じゃあリンを引き抜きしようとしたのはゾンビを生み出せるから?」

 「嗚呼…リンはその筋の術に関して言うと優秀な部類だからな。それに加えて今回に関して言うと君の様なゾンビを生み出している。

 これからは本気で狙いにくるだろうな…」


 マジかよ…リン…あんな変態に狙われるのか…

 「うーんどうだろうね。多分私…ってよりソーマを狙うと思うよ」


 とリンがあっけらかんと答えた。え…。

 「な…何故?」

 「だってあの人が探してるのは多分ソーマみたいな大成功例のゾンビだもん」

 「いやいやいや!おかしいだろ!確かに俺はゾンビだけどね?探せば他にもいるんじゃねーの?俺みたいなの!」


 と熱弁を振るう俺の方を見てリンもアシュリカも渋い顔して考え込み始めた。

 「…いるの聞いた事ある?」

 「少なくとも私はないぞ」

 と人を地獄に叩き落とす様な会話を繰り広げているお二人さん。


 「ゾンビって基本意志持ってないし喋らない。話してもバァァア…とかぐばば…とかって言う」

 とやたら熱演でスンゲェ汚い声を出すリン。普段は可愛い声してんのに声帯どーなってんだこの子。


 「だったら簡単だろ?操作する事ができんなら自分に忠実なゾンビを作ればいいだろ?

 美女の死体をいう事聞かせていちゃつきでも何でもすりゃあいいじゃん」

 「いやいや…あのね?引き抜きを初めてされた時、あの人は言っていた…」





 -それは少し前。リンが引き抜きされた際の二人の会話。


 「フェルナンド嬢!頼む我がギルドに入ってくれ!」

 「ひ…い…いやです」

 「頼む!この通りだ!」

 「わ…わ…私はこのギルドがしゅ…好きなんです…。な…何で私なんでしゅか…」

 

 「…フェルナンド嬢私には夢がある」

 「ふえ?」

 「いつか…自身の意思を持つゾンビと出会い、そしてその子をマイハニーにしていちゃつきたい。

 その子に心から愛されてそして幸せな余生を送りたい。だからこそ…死霊操術しりょうそうじゅつを使える人々を集めて、そんなゾンビを生み出せる確率を上げたいんだ!

 だから頼む!私の運命を生み出す為に力を…っていない!?」


 回想終了



 ◇


 

 「って言ってた」

 途中で逃げてるやん。


 「要は花嫁探しというわけだな」

 うんうんと頷くアシュリカ。何だあの人。恋人はゾンビであれば性別年齢関係ないのか?

 誰か至急女性のゾンビを作ってくれ!


 「ていうか…アシュリカさん?何で俺たちこんなに縮こまんなきゃいけないんですか?流石に大丈夫じゃないんですか?」

 今現在俺とアシュリカさん、そしてリンは路地裏にザックラバンに置いてあった大きめの箱の中にいる。


 二人の美女に挟まれて密着するのは心臓に悪い。めっさいい香りの大渋滞。けれどアシュリカの鎧がめっさ痛い。

 なので少し体を動かしたら俺の腕が何やら柔らかい物にあたり、 

 「ひゃ…」

 とリンの声が聞こえた。


 見ると俺の腕がリンの胸に当たっていた。何かムニュッた。え…

 「ソーマの…H…」

 とリンが顔を赤らめながら胸を腕で覆う。


 「ち…ちちち違うんだ!そんなつもりは…」

 「せ…責任とってほしい…」

 「いや違くて!誤解だから!」

 「騒ぐな。全く…ソーマ。君は確かに思春期真っ只中だろう。だがそういうのはもう少し交際してから…」

 「だから誤解なんだってば!」


 とギャーギャー騒ぐ俺たち。するとそんな俺たちに近づく存在が…


 「アバァァア…」

 何かきったねぇ声が聞こえた。

 「リン。俺が悪かった…だから変な声出すのやめてくれ」

 「?私声出してないよ?」

 「え?」


 俺たちは恐る恐る木箱から顔を出した。すると

 丁度俺の目の前に…両目を包帯で覆われた女性の顔が見えた。髪の毛は綺麗なピンクブロンドでツインテール。顔も目は隠されていたが顔立ちが整ってんのは分かる。


 「え?ど…どちら様かな?あは…あははは…」

 フレンドリーに声をかけると女性はガクンと骨を折る勢いでイナバウアーみたいな体勢になりそして


 「ギャバァァァァァァ!」

 と喉がぶっ壊れる勢いのでかい声を出した。

 「うわ!五月蝿!」

 「こ…鼓膜が破れる」

 「く…グラセル様のゾンビか…」


 俺たちは三人揃ってその大声に耳を塞いだ。

 周りのガラスがそのゾンビの声でパリンと音を立てて割れていく。他の住民も観にくるがゾンビの姿を認識して慌てて逃げていく。


 するとそんな声に釣られて他のゾンビもワラワラと現れた。そして…


 「か…囲まれた」

 メイドゾンビが大声を止めるが俺たちの周りは退路を塞ぐ様に円状にゾンビが並んでいる。

 そして何処からかパチパチと拍手の音が聞こえた。


 「いやはや…ご苦労様。私の忠実なる天使達よ」

 そう言って登場したのはグラセル。グラセルがやってくるとゾンビ達は一斉に彼の進路を開けていく。…やだ…この登場の仕方ちょっとかっこいいかもしんない…。


 グラセルは大声を出してたゾンビの手を取りその手にキスをした。…何かゾワゾワする。

 

 「さてと…追いかけっこは終わりだよ。ねぇ…、ソーマたん?君には私のギルドに来てもらうよ?」

 「な…何で俺の名前を…」


 …つーか何だソーマたんってキッショ…。


 「ふふ…これぞ!私の愛の力!」

 絶対違う。ストーカーだこの人。きもっちわる…。するとアシュリカがハァとため息を吐き、俺の前に立った。そして…


 「いい加減にしてほしい。貴殿の言い分はわかった。それに死者しか愛せない貴殿にとってソーマは正に理想の存在だろう…」

 「そう!分かってくれたか!セレス嬢!」

 「…貴殿の理屈はな?だが…ソーマの意志はどうなる!」


 アシュリカはキッとグラセルを睨みつける。

 「貴殿が欲していたのは自身を心から愛してくれるゾンビのはずだ。だがこんなやり方…ソーマの意思を無視してるも同意。ならば自分のギルドにいるゾンビを愛でてばいい話だろ!

 即刻立ち去れ!例えマスタークラスでも容赦はせんぞ!」


 …あ…アシュリカさん…



 いや…アシュリカ様かっこいい♡


 「アシュリカさまぁ♡」

 「はうう…♡」

 アシュリカのそのかっこいい姿に俺もメロメロ。リンもメロメロ。二人揃って骨抜きである。どうしよう…変態の嫁にはなりたくないけど…アシュリカの嫁にならいいかな…

 

 じゃなくて!やべぇ今変な方向に目覚めそうだった…

 するとグラセルは青筋を浮かべた。

 「き…貴様!私を差し置いてカッコいい雰囲気を醸し出すな!ソーマたんの旦那様になるのは私だ!」

 「ほう?無理だな…。貴殿に渡すくらいならば

私がソーマを幸せにしてやる!」

 

 いや何でそうなんの!?


 俺が困惑してるとグラセルは更に目つきをキツくしてそして

 「セレス嬢!君に決闘を申し込む!」

 その言葉にアシュリカはピクリと動いた。


 「マスターが私的な目的で他ギルドもしくは自身のギルドの一般冒険者と決闘を行うのは禁止の筈だが?」

 「ふん…安心した前。君にはこの子で十分なのさ。おいで!」


 グラセルが合図を送ると何処からか地響きが聞こえる。…え?何この音…。

 リンやアシュリカもキョロキョロと辺りを見渡している。


 すると

 「グゴガァァァァ!」

 という声が聞こえた。すごく野太くてデカい声。そして登場したゾンビに俺は絶句した。


 そこにいたのは俺達や他のゾンビ、グラセルの倍はデカい体格の大男だった。


 男の顔は包帯でぐるぐるスッポリと覆われていて目の部分のみ穴が空いている。

 そして体は筋肉隆々であり、横幅も縦幅もかなりデカい。何もかもがデカい大男。

 体には鋼鉄の鎧が装着されている。


 「この子は私のゾンビのうちの一体である"サイモン"君だよ。安心した前。君に合わせて物理アタッカーを用意しているのだ。

 まぁこの子はうちのゾンビの中でもトップクラスの攻撃力を持つがな」

 マジかよ…こんなのとアシュリカを戦わせる気かよ…。


 しかしアシュリカの方を見るが彼女は…全く怯えてなんていなかった。


 ただ真っ直ぐに目の前にいるゾンビを見据えている。その鋭い瞳は美しい刃の如く輝いていた。

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