『身体交換可能社会』

ニボシん

身体交換可能社会

 20xx年、N国は画期的な技術開発に成功した。それは、手術を施すことで身体のパーツを自在に組み替えることができるようになるというものだった。例えば、もっとほっそりした腕が欲しいという女性がいるとする。その女性にその手術を施せば、女性は今持っている腕を簡単に外すことができる。外し方はとても簡単。右回りで2周、捻って引っ張るだけ。ロボットのパーツの組み替えみたいなものである。そして、最新の技術を施して作られた代替のほっそりした腕を新たに身体にくっつけ、左周りで2周捻る。すると、その腕はあっという間に自分の身体に馴染んでしまうのだ。


 この革新的技術は瞬く間に世界中に報道された。意外にも評価は、賛否両論であった。賛否両論といっても、技術に関しての批判はなかった。その技術は批判しようもないほど素晴らしいものであった。問題は倫理的観点であった。身体の自由な入れ替えは、倫理的に抵抗を示す国が大多数であり、この技術の導入は各国が様子を見ることとなった。


 一方でN国では、自国の技術力を大いに誇り、多少の慎重を期しつつも、導入を進めた。まずは治験アルバイトを100名募集し、人体実験を進めた。この技術はやはり素晴らしく、手術は全員問題なく成功した。治験を受けた人たちには各々こんな身体が欲しいとリクエストを送ってもらった。そうしてN国は各々が望む肉体を提供した。ボコボコに割れた腹筋を望んだ者もいれば、周囲50cm以上の筋骨隆々の腕を望んだ者もいる。大きなおっぱいを望んだ者もいるし、ほっそりとしたくびれを欲した者もいた。身体的特徴のリクエストに答えるのは比較的容易であったが、苦労したのは機能に関するリクエストであった。例えば、ギンギンに勃起できて、感度の良いペニスが欲しいという者もいた。こういったリクエストには、普通より時間はかかったものの、なんとか開発し、提供することができた。


 この治験は大成功であった。というのも、治験を受けた100名の診察を1年後に行ったのだが、誰1人何の支障もなかったからである。それどころか、ほとんどの人が治験を受けたことに大きく満足していて、さらにここを変えてみたいなどのリクエストをしてくるほどであったからだ。また、2人ほど元の身体に戻りたいというリクエストを受けたが、やり方を説明すると2人とも自らの手で簡単に元に戻ることができた。


 こうして、この技術を世間に対してローンチすることが決まった。この反響は凄まじく、瞬く間に世間に広がっていった。手術を受ける人は後が絶たなかった。またこの需要の爆発は莫大な利益になるということで、国を挙げてこの手術をできる病院も増やした。N国は搾り取れる税金はいくらでも搾りたいと考えていたので、この手術によって私腹をたんまり肥やせると思っていた。実際、それは容易に叶っていった。


 手術を受けた人が急速に増えるにつれて、トレンドのようなものも生まれ始めた。例えば女性なら当初、大きなおっぱいに細いくびれ、引き上がった尻が良いとされ、そういった体型のパーツが飛ぶように売れた。男性なら筋肉隆々な全身が流行った。そうすることで、気づくと街の過半数が似たような身体つきに変わっていった。初めのうちはその効果は素晴らしく、恋愛や性交渉が大いに盛んとなった。当然、その時代において魅力的な人物らが増えたからである。こうしてN国が慢性的に頭を悩ませていた出生率も数十年ぶりに上がり、少子高齢化問題も解決される兆しが見えた。


 こうする間に技術はさらに進歩を見せる。次第に自在に顔のパーツや、身体的機能、さらには性別まで、変えることが可能となった。この手術の急速な成長により、N国の社会は大きく変わっていった。N国の人々の価値観も変わっていき、入れ墨なんかも一時流行った。また身体のパーツにもハイブランドが登場し、それを身につけることが一種のステータスとなっていった。また異性の身体になりたい人、なってみたい人は自由に肉体を入れ替え、一層性交渉も盛んとなっていった。


 しかし一方で、N国は密かに焦りを感じていた。急速な技術の進歩と国民への圧倒的な広がりの速さに、法整備が追いつけなかったからである。N国の官僚たちがうかうかしている間に、悪知恵が働くものは安くて粗悪なものを大量生産して売り捌き、健康被害問題が顕在化し始めていた。慢性的にパーツが取れたり、上手く身体と繋がらなかったり、体調が悪くなったりと。しかしそれらを売るものを裁く法律などを制定するには早くとも半年ほどは掛かってしまう。それを進める間に、今度は身体ごと変えて詐欺を行う集団が横行し始めた。このような詐欺に対して対策するのにも、数ヶ月ほど掛かってしまう。N国は技術大国であったが、官僚たちが多くまとまりがない上、自己中心的なものたちが多いため決断にスピード感がなく、本質的な決定をなかなか下せない状況下にあった。官僚たちの一部はこの手術を規制してしまった方が良いのではないかと考えたが、事実この手術で莫大な利益を生み出してきた。だから止めることなどできなかった。


 しかしN国はなんとしても早い決断を下し、この状況を阻止すべきだった。国民の大多数が全身のパーツを入れ替えた結果、誰が誰であるか区別がつかなくなった。やがて国民は自分が何者であるかもわからなくなっていった。毎朝鏡を見る。そこには理想としていた自分がいる。もっとこうした方がいいなというところ、今はこのパーツが流行っているなというところを考慮し、時折自分の肉体をアップデートさせていった。すると、やがて自分自身が何者かわからなくなり、ついには精神異常者が増えていき、仕事どころではなくなり、N国の経済力はみるみる落ちていった。また国は国民に関して誰であるか把握することが困難になり、助け舟を出すこともできなくなっていった。こうしている間にN国は何をどうすべきかさっぱりわからなくなってしまった。またこうした異常事態のN国に関わり合いたいと思う国は皆無であった。隣国にある独裁国家、C国を除いては…

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『身体交換可能社会』 ニボシん @niboshin

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