第3話 魔王



「――んぅ……」


 私は、目を覚ました。


 ……えっ、目を覚ました?

 あんな寒い夜に身体が濡れたまま、外で地面に寝転がって眠っていたのに?


 何かに包まれているような感覚で、心地よいリズムで身体が揺れている。


 いや、包まれているというか、抱きしめられているような……。


「起きたか、寵姫よ」

「えっ……」


 目を開けると、私は上を向いていて。

 目の前には男性の顔があって、私はその人に抱きかかえられていた。


 男性にしては長い髪、背中あたりまで伸びている綺麗な銀髪。


 恐ろしいほどに整った顔立ちで、瞳の血のように鮮やかな赤色が印象的だ。


「ど、どなた、でしょうか……?」

「俺の名はレオニダ・シュタイナーだ。君の名は?」

「オ、オリビア・リッカルダです」

「オリビアか。とても美しい名だな」


 よくわからない男性に、横抱きをされたまま自己紹介をしたけど。


 一体どういうこと?

 なんで私はこの人に横抱きされて運ばれているの?


「あ、あの……」

「あまり動くな、オリビア。ホワイトウルフの上から落としてしまうぞ」

「ホワイトウルフ? あっ、狼の子……!」


 下を見ると、レオニダ様は白い狼の子に跨っていた。

 彼が跨っている狼の子は私のほうを見てきて、「くぅぅん」と鳴いた。


 どうやら心配をかけてしまっていたようだ。


「きゅぅ!」

「あっ、キツネちゃん……!」


 私の胸元に飛び込んできたキツネちゃん。

 可愛らしいけど、ちょっと待って。


 今、普通に私の隣を浮いてなかった?


「ホワイトウルフに妖狐にも好かれているとは。さすが寵愛の印を持つ者だな」

「えっ、寵愛の印って……この手の甲の印ですか?」

「ああ。それは魔の印とも言うが、寵愛の印とも言うのだ」


 初めて聞く名前だった。

 魔の印や呪印という呼び名以外にあったとは。


「魔獣や魔人族の寵愛を受けし者、という意味だ」

「魔獣や魔人族……それって、魔王国に住んでいる者達ってことですか?」

「ああ、その通りだ」


 よくわからないけど、この印のお陰で魔獣の狼やキツネちゃんと仲良くなれたのか。


 でも、この人はいったい誰なんだろう?

 おそらく魔人族の方だとは思うんだけど……。


 それに私はどこに連れていかれるのだろうか。


「あの、レオニダ様」

「オリビア、着いたぞ。君の家だ」


 私が質問をする前に、レオニダ様がそう言った。

 驚いて進んでいる方向を見ると、確かに私の家、リッカルダ辺境伯家の屋敷があった。


 なぜ私がリッカルダ辺境伯家の者だとわかったのだろうか?


「オリビアの名前はさっき直接聞く前から、妖狐から聞いていた」

「えっ、キツネちゃんと話せるのですか?」

「ああ、そういう能力を持っているからな」

「魔人族の方々は皆さん、魔獣と話せるのですか?」

「いや、俺だけだな」

「えっ、レオニダ様だけ?」


 魔人族の人達がどれほど人数がいるのかは知らないが、魔獣と話せるのはレオニダ様だけなの?


 それならこの方は、魔王国でどんな立ち位置にいる人なのだろうか。


「だから君をリッカルダ辺境伯家に連れてきたが……君は、この家に帰りたいか?」

「っ……」


 その質問で、私はいろんなことを思い出して恐怖で身体が震える。


 このまま家に帰ったら、どうなるのだろうか。


 良い顔はされないだろう、特に妹のイオラには。


 あの子は私が死んでほしいと思って、あの冷水をかけたのだから。


 それで今さらまた戻っても、次はどうやって殺そうとしてくるのか。


 考えるだけで身体が震えてくる。

 震えがレオニダ様に伝わってしまったのか、彼が私の身体を強く抱きしめてきた。


「大丈夫だ、オリビア。君があそこの家に帰りたくないということは、よくわかった」

「すみま、せん……」

「いい。魔獣から話は聞いていたし、君の姿を見ればわかることを聞いてしまった」


 レオニダ様はそう言って悲しそうな顔をした。

 なぜこの人は、初めて会った見ず知らずの私のためにそんな顔をしてくれるのだろうか。


「オリビアのあの家には帰さない。だから安心して眠ってくれ」

「……はい」


 なぜ私にそんなに優しくしてくれるのだろうか。


 私なんかに、なぜそんな優し気な眼差しを送ってくれるのだろうか。


 何もわからない。

 でも、その優しさと抱きしめらえているのが夢心地で。


「レオニダ、様……」


 私は彼の名前を呼んでから、心地よさに負けて目を瞑ってしまった。

 眠る前に見た光景は、レオニダ様は一瞬目を見開いてから口角を少し上げたところ。


「おやすみ、俺の寵姫。よい夢を」


 ――生まれて初めて、眠りの親愛の言葉を聞いた。

 その優しい言葉と眼差し、初めて会う男性の温かい腕の中で。


 私は眠りに落ちた――。



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