第2話 魔の森と魔獣
屋敷を出た瞬間に感じる、皮膚を刺すような寒さ。
本当にこのままでは死んでしまう。
「はやく、森へ……」
私は身体を温めるためにも小走りで、屋敷から出て数十分の森へと向かう。
ここは辺境伯領と魔王国領の狭間の森だ。
いや、正確に言えば魔王国の領地に少し入っている。
魔王国は森の全てを領地としているから。
でもここには国の領地を区切るような壁などはないし、国の兵士などもいない。
普通の国境なら壁や兵士がいるはずなのだが、この魔の森には必要ない。
誰も近寄らないから。
近寄ったら死ぬと噂されている。
鼻が良い魔獣がすぐに人間の匂いを嗅ぎつけて、襲ってくる。
そういう噂が流れているが、実は少し違う。
それを、私は知っている。
「はぁ、はぁ……」
魔の森に着いて、私は躊躇わずに森の中へ入っていく。
整備されていない地面なので、これ以上走ったら転んで怪我をしてしまう。
私はゆっくりと歩きながら奥のほうへ進んでいくと、目の前にいきなり魔獣が現れた。
全身が真っ白な体毛で覆われた狼型の魔獣。
とても大きく、私なんか丸呑みできるような大きさだ。
そんな魔獣が三体、私を見つめて「グルルルゥ……」とうなり声を上げている。
普通の人だったら死を覚悟するような状況かもしれないが。
「久しぶりね、みんな」
一番先頭にいた魔獣の子に話しかけて頭を撫でる。
すると「くぅぅん……」と愛らしい鳴き声を上げてすり寄ってくれた。
うん、可愛いわね。
私の国で流れている噂は、魔獣が理性もなく本能のまま人を襲って喰らう、というものが多い。
でも実際は全く違う。
魔獣達は人間の言葉がわかるくらいの理性と知性がある。
いや、もしかしたら……私にだけなのかもしれない。
私が「魔の印」を持っているから。
でも私は彼らが誰かを襲ったことを見たことがないし、襲っているような感じもしない。
ちゃんと知性があるから……私の家族なんかよりも、よっぽどありそうだ。
「っ、ふふ……ありがとう」
私が凍えていることに気づいて、みんなが私に身体をくっつけてくれる。
白くて体毛がふわふわしていて気持ちよく、彼らの体温が伝わってくる。
でもさすがに濡れた服などのほうが冷たすぎるので、彼らに寄ってこられてもまだ寒すぎる。
「その、火を出せる子を、呼んでくれない?」
私が彼らに伝えると、軽く頭を縦に振って頷くような仕草を見せた。
そしてまた消えるように二体の狼の魔獣が消えて、一体だけが残った。
私は、別に意のままに魔獣を操ることはできない。
ただ彼らと意思疎通が取れて、お願いができるだけ。
それが「魔の印」の力なのかはわからないけど。
でも、魔獣と出会ってからずっと助けてもらってきた。
今も、ここで彼らに頼めば私の命は助かるかもしれないと思って来たのだ。
私が落ちている枝や葉などを集めていると、姿を消した狼の魔獣が一体戻ってきた。
その背には小さな魔獣が乗っていて、私のもとに跳ぶように飛んでくる。
「きゅぅぅ!」
「あなたも久しぶりね、キツネちゃん」
狐型の魔獣で、とても小さくて私の胸元にすっぽり入るような感じだ。
赤茶色っぽい毛色で、この子もふわふわしていて可愛い。
一見、普通の狐っぽいんだけど、この子はしっぽが三本ある。
とても可愛らしいが、しっかりとした魔獣だ。
「きゅぅ!?」
「あっ、ごめんなさい。私の服濡れてるから」
私に受け止められたキツネちゃんは、胸元が濡れていて冷たいことでビックリして声を上げた。
すぐに私から離れていってしまった、悲しい。
「キツネちゃん、この枝と葉っぱが集まったところに、火をつけてもらってもいい?」
「きゅぅ!」
キツネちゃんは返事をしてから、私の指示通りに火を口から吹くようにして付けてくれた。
この子のお陰で焚き火はできて少し温まるが……それでもまだ寒いわ。
「やっぱり服を脱いだほうがいいのかしら」
上着も下着もびしょ濡れだから、このままだと体温をずっと奪っていく。
「きゅぅ?」
「うん、私もわからないけど」
でも今のままだと寒すぎるから、脱いだほうがいいわね。
ここにはこの子達、魔獣しかいないし。
私は上着を脱いでボロボロのドレスも脱いで、下着姿になる。
するとまたキツネちゃんが私の胸元に来たので抱きしめる。
狼の子も私が寄りかかって座りやすいように、私を囲むように身を屈めてくれる。
「きゅぅ……」
「ふふっ、心配してくれてるの?」
私はキツネちゃんの頭を撫でて、狼の子にも視線を合わせてお礼を言った。
ここまでやっても……まだ凍えるように寒い。
寒さで身体がずっと小刻みに震えている。
身体が震えているうちは、まだいい。
問題は、震えなくなるほど体力が失われた時だ。
その時は本当に――。
――でも、もういいのかもしれない。
『あなたがなんでまだ生きているのかわからないわ。私だったらとっくに自殺していると思うわ』
妹のイオラが言っていた言葉が、ボーっとしてきた頭の中でもう一度響く。
あの子の言う通り、自殺をしようと思ったことなんか数えきれないくらいある。
何も幸せがない人生だった。
呪印と呼ばれ続けた「魔の印」。
これのせいで家族に虐げられ、イオラに蔑まれてきた。
イオラが嘘で私を陥れて、私が本当のことを言っても誰も信じない。
私の味方は、誰もいない。
「この子達と会うのが、もっと早くだったらなぁ……」
魔の印のお陰なのか、魔獣の子達とは仲良くなれた。
でもこの子達と会って仲良くなれたのは、ここ一年くらいだった。
それまでは私は一人で生きてきて、この「魔の印」を恨んだことも何回もある。
この印さえなければ、普通に生きられたかもしれないと。
でも今は、こんな可愛くて愛らしい子達と仲良くなれてよかったと思っている。
私自身、魔獣を好きになれるとは思っていなかった。
自分でも知らないことを知れて、よかった。
――やばい、もう……意識が……。
座るのも辛くなってきて、地面に倒れるように横になった。
「きゅぅ!?」
「ごめんね、キツネちゃん……」
倒れてしまったので、胸に抱えていたキツネちゃんを放り出してしまった。
でもキツネちゃんはすぐに私のもとに来て心配してくれる。
本当に可愛らしくて好きだけど、もうどうしようもない。
周りにいる狼の子達も私を心配そうに見つめてくれている。
それは本当に嬉しいけど……私は疲れてしまった。
イオラに、なんで生きているのか、なぜ死なないのかを聞かれたけど。
――ただ死ぬのが怖いからだ。
私は死ぬ勇気もない、死にたくないから生きているだけ。
でも……このままだったら、本当に死ぬかも。
もう寒さも感じなくなってきて、頬に触れる地面の感覚もなくなってきた。
キツネちゃんと、狼の子達には申し訳ないことをしてしまった。
私を助けようとしてくれたのに。
あれ、そういえば……最初は三体いたけど、もう一体はどこに行ったんだろう。
キツネちゃんを探しに二体いなくなったと思っていたけど。
そんな考えをしていたが、もう眠くなってきた……。
「――ふむ、この者か。お前達が助けてくれと懇願してきたのは」
私が目を瞑ろうとした時、そんな声が上から聞こえた。
誰? 人の声?
「人族の女性だな。痩せ細っているから平民か? だがリッカルダ辺境伯領は平民でも比較的安定した生活を送っていると報告を受けていたが」
低い男性の声だけど、なぜここにいるのかしら?
ここは魔の森の少し奥に入った場所、人族なら誰も来ないはずなのに。
私の目の前までその男性は来たようで、男性の足が見える。
「これは酷いな。だが大丈夫だお前ら、俺なら助けられ――ん?」
でも、もう目も霞んできて……何も見えなくなった。
意識も遠くなってきた。
「この印は――よくやった、お前ら。よくぞ見つけてくれた」
なぜか喜んでいるような、男性の声が聞こえてくる。
でも、もう眠いからよくわからない。
「この女性は、俺の――ちょうき――」
男性の声も聞こえなくなって――。
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